第12話 リュックの落とし物の正体

 せめて何かを持って帰りたい。


 ジンライの家族へ。 彼に家族がいるか、どうかはわからない。


 しかし、友人や知人はいるだろう……たぶん。 むしろ、義賊として生きてきたのだいない方がおかしい。


 「ジンライさんは死にました」


 彼らは、そう言われて納得はできない。

 

 死の整理。


 彼の死を受け入れるには遺品が必要だ。 そう、それは必要なのだ。


 しかし、リュックは伸ばした手を引っ込めた。


 白線を越えれば攻撃が始まる。

 

 さらに考えるべき事が今あるのだ。 どうしてジンライは死んだ。


 この階層を攻略するには、白線を真っすぐ進むだけ。


 それだけのはず……しかし、見渡してもない。 


 ジンライが攻撃を受けた理由。 白線を踏み外した理由。


 「罠だ」と老兵の声。 ダッカ―ドが険しい顔を見せた。


  罠。 確かにそれを警戒するのは必然。


 「行こう」とカイト。


 「この場所に留まる事が安全とは限らない」


 その意見を受けて一行は前に進む。 彼らにできることは、ジンライの遺体に頭を下げる事だけだった。


 無残な死。 それを前にして圧力プレッシャーが高まっていく。


 疲労。 想像以上に体力の消費が激しい。


 そんな時だった。


 「リュック!」と叫び声。 背後からカイトが叫び、リュックを地面に引き倒すように服を掴んだ。


 「何を!」と叫び返すリュック。 しかし、仰向けに倒れ込んだ彼は見た。


  上空から振り下ろされるミノタウロスの戦斧。


 一体なぜ? タイミング的に、リュックが倒されるよりも早くミノタウロスが出現していたことになる。


 迫る戦斧。 その前にカイトが何かを飛ばした。


 投擲


 どこに隠していたのか3つのナイフがミノタウロスに飛来していく。


 そのうち1つがミノタウロスの目に突き刺さる。


 結果、振り降ろされた戦斧はリュックから外れた。


 「BUOOOOOOOLOOOOOOOOOOOOO!?」


 ミノタウロスが発する痛みの咆哮。


 そう、ミノタウロスは1度の攻撃を終えたのにも関わらず、姿を消さない。


 既にリュックは立ち上がり、白線を踏み直しているにも関わらず……だ。


 なぜだ? そう考えるよりも早くリュックは魔法を発動。


 「ファイア」


 3発の炎はミノタウロスを怯ませるには十分な威力。

 

 だが、ミノタウロスは消滅しない。 


 カイトが飛ぶ出す。 飛び出したのは白線の上から。


 ミノタウロスが消滅しないのならば、自身が白線を越えて問題ない。そういう考えだろう。


 カイトは抜刀と同時に剣を振るう。 1振り、2振り、3振り……とミノタウロスの体に飛び乗り、ダメージを切り刻んでいく。


 さらにダッカ―ド。彼も、白線を越えて攻撃に加わる。


 手斧を武器にミノタウロスに足回りに狙いを定め、駆け抜けてくる。


 しかし……ミノタウロスの狙いは、あくまでリュックだ。


 ダッカ―ドやカイトの猛攻も歯牙にも欠けず、ミノタウロスは無理やり戦斧をリュックへ。


 リュックも魔法の速射で応戦するが、ミノタウロスは止まらない。


 だから――――


 「ファイアEX」


 リュックは切り札を使った。


 出現したのは炎の球体。 巨大な巨大な球体は天に上り、ミノタウロスを押しつぶするように落下する。


 その手から戦斧が離れる。 両手で球体を支える。


 だが、熱気は強烈。 肉が焼ける匂いが周辺に漂っていく。


 「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!?」


 その咆哮は断末魔だった。


 そのまま、片膝をついたかと思うと前のめりに倒れて動きを止めた。


 「……倒せた」と呟くリュック。 だが……


 「まだだ! さらにもう一匹!」


 リュックの背後に新たなミノタウロスが出現した。


 振り返ると反射的に魔法を放とうとする。だが、既に遅い。


 そのタイミングで魔法は届かない。


 目前に迫った戦斧。 目前に迫った死。


 もはや逃げ場はない。 ……そのはずだった。


 しかし……ミノタウロスは吹き飛んだ。


 おそらくは風属性の魔法。一体、誰が……と言っても1人しかいない。


 最後尾を見ればマチダが手を振っている。


 ミノタウロスを吹き飛ばした魔力は、その場に留まっている。


 まるで檻のように敵を封じ込めている。


 「その魔法の効果は10秒足らずよ。早くミノタウロスがあなたを狙う理由を見つけなさい」


 (理由? 僕を襲い続ける理由? 何かを落とした? 僕自身が気づかない何かを?)


 猛牛の怪物を見上げるのを止め、視線を床へ。


 見えない何かを見つけ出すために視線を滑らせる。


 戦闘能力を有していないリュックは、いつも皆から離れ、安全な場所から戦いを見ることしかできなかった。


 それが結果として彼自身も気づかぬ武器となった。


 ――――その武器は視力と観察眼。 だから捉える。


後方の床に落ちている僅かな汚れ……いや、よくよく見ればソレがシミだとわかるだろう?


 いつできたのか? それはわからない。 だが、そのシミは何かわかる。



 リュックはそのシミに狙いを定め―――― 


 「ファイア!」


 と正確無比の精度でシミに当てる。


 もしも、魔法も白線を越えた物として攻撃対象になるなら、もう一波乱あっただろが、先ほど魔法によってミノタウロスを捕縛したマチダが攻撃対象になっていないことで確認済みだ。


 そしてリュックを攻撃対象としていた原因。リュックの落とし物の正体は一滴の汗だった。


  



  

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