第11話 最初の犠牲者


 「それじゃ、約束通りに私は最後尾へ」


 魔女は、リュックたちを先行させるために後ろへ下がった。


 それから、思い出したかのように自己紹介を始めた。


 「そうそう、私の名前はマチダ。 人は私の事を魔女のマチダと呼ぶわ。以後お見知りおきを」


 ここで、今までの出来事を整理してみよう。


 今回の遊戯は、出口を目指して白線である安全地帯を進むだけ。


 しかし、白線を踏み出した瞬間に、背後に現れたミノタウロスによって攻撃を受けてしまう。


 もう一度、白線を踏み直せば、そこでミノタウロスの攻撃は終わり姿を消す。


 逆に言えば、踏み直すまでミノタウロスの攻撃は継続する。(その場合は1撃毎に瞬間移動のような動きで背後に回って攻撃をしてくるようだ)


白線からはみ出したのが人間以外の物だった場合。 自動的に、物の近くにいた人物が攻撃の対象になる。

 


 現在、進む順番としては、ジンライ、リュックたち、マチダとなっている。


 リュックたちに攻撃を仕掛けて先行していったジンライは、既に米粒のような大きさに見えるほど距離が離れている。


 この遊戯の目的は出口にたどり着くことであり、その順番は関係ないはずだ。


 マチダ談では、彼は裏切りなどがあり人間不信になったための説明しているが……


 果たして、本当だろうか? まだリュックたちの知らないルールのような物が存在――――


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「それじゃワシが先頭で行くぞ」と老兵が先陣をきった。


次にリュック、 カイトの順番。


これは、先行しているジンライが、こちらに向けて攻撃を仕掛けてきた場合、ダッカ―ドが前衛を務めるため。


魔法を得て、後衛となったリュックが2番手なのは、背後のマチダの動きを警戒してだ。


 その場合、カイトが前衛となり、リュックが後衛という形になる。


 それだけではなく、食料や救急箱、その他のアイテムを運んでいるリュックを真ん中に配置することでダッカ―ドとカイトに滞りなく、補給を行えるようする目的もある。


 リュックは白線の上に乗る。 


 小柄な彼にとって、十分な横幅。 しかし、命を預けるには酷く心もとない。


 一歩、一歩、踏みしめるように進む。 


 なに、道を踏み外しても必ず死ぬわけではない。限りなく、命が奪われやすい状態になるだけだ。


 しかし――――


 「本当に、こんな難易度でいいのか?」


 リュックの言葉を代弁するように背後のカイトが口を開いた。


 「うん」とリュックは頷く。 リュックの願いは死者蘇生……完全なソレではなく、3つに分割する事で塔攻略の難易度を下げているわけだが……


 それにしても難易度は低い。


 難易度で言えば前回のオーガの方が難しいのでは?


 前回、リュックは戦闘能力らしい力を有していなかった。


 最前線で戦闘を行ったわけではないが、不老不死の巨大オーガと戦いながら、その攻略法を探らなければならなかつた。


 それに比べてどうだろう? 確かにミノタウロスのバックアタックは驚異的。


 しかし、その攻撃は、一定の条件のもとに行われる。


 いつ背後から襲い掛かってくる化け物を相手にするわけではないのだ。

 

 そう、なると……


「罠が仕掛けられている」


そう判断したリュックは先行する老兵を見る。


熟練の戦士たる彼は、しっかりとした足腰でペースを維持しながらも罠の有無を確認しているかのような動作を繰り返し行っている。


 だが――――


 遥か前方に水たまりがあった。


 水たまり? いや、正確には血だまりだった。


 紅の生命力が失われ、いまだ黒く……ヘドロは連想させる。


 僅かに浮かうのは肉片。 肉の破片で肉片ってすごい言葉だ。


 白い固体は砕けた骨の一部だろうか? ぷかぷかと浮かんでいる。


 それが、ジンライと言われた人物の成れの果てだとわかるのは、彼が着ていた衣服の切れ端が分散されていたからだ。


 ここにいるリュック、カイト、ダッカ―ドは冒険者だ。……マチダはわからないが。


 「人の死に慣れている」と彼ら冒険者は口にする。


 それは職業上、自分や仲間の死から目を逸らす事のできない覚悟。……あるいは諦め。


 しかし、ここまで破損の激しい……原型を留めていない遺体は初めてかもしれない。


少なくとも、リュックは胃から口内へ激しい酸味がせり上がってこようとするのを押さえなければならなった。


・・・


・・・・・


・・・・・・・・・


 これは道中にマチダさんから聞いた話だ。


 ジンライ 職業は盗賊。 


 要するに犯罪者だ。 だが、彼は自分の事を義賊を称している。


 彼が自我を有した頃には、すでに1人だった。


 ただ、ゴミ箱で捨てられ、そこが家となった。 両親もなく、家族も、理解者も、友もない。 


 そんな彼が生き抜くために盗みを行うのは当然……いや、しかし、子供が生き抜くには手を差し伸べてくれた人々もいただろう。


 そんな差し伸べられた手を、彼は払いのけ、見て見ぬ振りをして……


 けれども、けれども、彼は義賊になろうと決意した。


 それは、気づかぬふりをしてきた差し伸べされた手に対する返答のなのかもしれない。


 渡りに船。 そんな彼に、この塔の存在はどれくれい魅力的なのだろうか?


 彼の願いは金。 誰もが、幸せに暮らせる金銭。


 つまりは、最大多数の最大幸福。 義賊たる彼は手に入れた金をばら撒こうとしていたのだ。


 極貧の幼少期を暮らした彼が幸福の物差しに金銭を使うことを誰が否定できようか?


 事実、彼は塔を攻略することで大量の金銭を得た。 しかし、彼がこの塔で経験したものは、裏切り。


 さらにその後、大金を得て塔を出た彼を待ち受けていた物もまた……裏切り。


 彼が得た金に狂う者が現れた。 信じていた者たちからの裏切り。


 そんな彼が、再びこの塔に挑み、願おうとした思いは……



 人類から金銭の抹消


 

 金が原因で不幸となり、金が原因で裏切られる。


 ならば、この世から富と言われる物が消滅すればいい。


 単純だが、彼にはそれしか知らない。 そうとしか考えられない。


 だって、誰も彼に知を与えてくれなかったのだから……


 それがジンライという男の行動原理であり、それがジンライという男の一生だった。


 しかし――――


 彼、義賊ジンライの人生は、ここで幕を閉じた。


 

さようならジンライ。 心よりのご冥福をお祈りいたします。


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