第10話 色盲の王子 ミノタウロス

 リュック、カイト、ダッカ―ド。


 前回と同じ面々は、この3人のみ。


 「あと、2人はワシらを警戒してるのか、近寄っても来ないわ」


 ダッカ―ドは、残りの2人を指さした。


 1人は鋭い眼光の男だった。 


 魔物の毛皮を身に着けている。猟師風の男……ではあるが、猟師にしては弓矢などの飛び道具は装備していない。


 もう1人は妙齢の女性だった。


 こちらはわかりやすい。 黒いローブに尖がり帽子……なんと手には箒を持っている。


 絶対に魔法使いだ。


 2人は四方を観察しながら、こちらを窺うような視線を向けてくる。


 やがて……老婆が現れた。


 「皆様方、全員お揃いのようで何よりです」


 「あっ、はい。あの……」とリュックは、願いのお礼と挨拶を言いかけたが直ぐに止めた。


 老婆に対して「……」と誰も答えない。それどころか、殺意のような感情が見て取れる。


 凍てつくような寒気。それがリュックの口を鈍らせた。


 しかし、当の本人である老婆はどこ吹く風。むしろ、それが心地良さそうにすら見えてくる。


  「それじゃ遊戯ゲームを始めるよ! 新たな遊戯デスゲームは迷路だよ」

 

 そう宣言した老婆の姿は虚ろになり、やがて完全に消えた。


 リュックたちは警戒心を強めた。 


 前回は、老婆の宣言と同時に巨大なオーガが出現して攻撃をしてきたのだ。


 しかし、暫く待ても魔物が現れる様子はなかった。


 そして、前回と同じく――――


 

『進め 進め 白い糸の上 


 内はよいよい 外には行くな


 色盲の王子がやってくるぞ 


 話を合わせて、出口を開けろ』 



 頭の内側から老婆の歌声が聞こえてきた。


白い糸ライン? ……つまり、これの事か」とカイトを地面を指さした。


「この白線を進むってことだよな」とリュックはカイトを視線を交わせてから踏み出そうと――――


「いや、待てよ。お前ら、正気か?」


止められた。声の主は猟師風の男だった。


「そんなに無防備に進む奴がいるかよ。 わかっているのか? 何かミスをしたら死ぬんだぞ?」


 「うっ……」と言い淀むリュック。


 「では、お主はどうするべきだと? 何か考えがあって発現じゃろ?」


 「……白線、本当に安全地帯なのか」


 「馬鹿な、それを疑ってしまえば、何も始まらんではないか」


 「なら、誰が先頭を歩く? 誰が最初に歩く? 俺の予想では……出口とやらまで長距離を歩くことになる。それも妨害付きでだ。本当にお前が先頭でよかったのか?」


 指を刺されたリュックは、無言で後ろに下がることしかできなかった。


「それじゃ、誰が先頭に行くべきだと思っている? あんたか?」とカイト。


「まさか、この遊戯で一番有利な位置は最後尾だ。 基本的に罠ってのは先頭を狙う物が多い」


「なるほど……先頭から危険度を増すわけか」


「まぁ、そう単純な話じゃないだろうが……」


そう言うと猟師風の男は、まるで散歩のように白線を歩いた。


「なにッ!?」


「だから、俺は先に進んで一人旅を満喫させてもらうぜ。 他者に背中を任せられるほどお人よしじゃないもんでな!」


猟師風の男は白線を走った。


「アイツ、最初から先頭を1人で進むためにッ!」


「けど、なんのために?」とリュック。 その声が届いたのか、男は振り返り、


「悪いな。最初の歌で魔物を利用した遊戯だとわかっているんだ。それも固有名詞の魔物だ。だったら……」


男は手に握っていた石ころを投げた。 リュックたちの近くに落下する。


その場所は白線の外側だった。


黒い影が盛り上がってくる。 魔物が出現する前兆だ。


「白線をはみ出せば魔物が出現する。その間は、俺の付近に魔物は出てこないはず」


男は高笑いをした。そういう風に誤解していたのだ。


リュックたちは最初の階層で、予想外な事態では2匹目の魔物が召喚されることを経験していたが……どうやら、男が過去に挑んだ階層では、そういった出来事がなかったのだろう。


先行逃げ切りで距離を取っていく男の事は、さておき……


影が具現化して現れた魔物の正体はミノタウロスだった。

 

牛頭人身。牛の頭に人の体をもった怪物だ。


起源としては、


神聖な牛を神へ献上することを王が拒んだために、王の息子を怪物に変えてしまったという伝説がある。


色盲……色を認識できないというのは牛の特徴。


だから――――


 『色盲の王子ミノタウロス


ミノタウロスは姿を現した。それと同時に――――


「消えた?」


「後ろだ! リュック!」


カイトの絶叫。その瞬間、振り返るリュック。


いつの間にかリュックの背後に移動していたミノタウロスは既に攻撃のモーション。


両手に構え、振りかざしたのは巨大な斧……戦斧バトルアックス


その初弾を躱せたのは、どのような幸運だろうか?


リュックは背に爆風の如き衝撃を受けて地面を転がる。


(立ち上がる……いや、来る。追い打ちが……反応、間に合わない。速度、距離……無理? けど……)


リュックは立ち上がると同時に背後から追撃に来るミノタウロスに対して、手をかざし魔法による反撃を……


「……いない?」


しかし、背後にいるはずのミノタウロスは消えていた。


「大丈夫か? リュック」


「あぁ、けど……僕が転がっている間、ミノタウロスはどうなったんだ? カイト?」


「わからない。 最初の攻撃を繰り出した直後に消えた」


「私ならわかるよ」と声がした。


女性の声だ。 あの魔法使いの女性だ。


「私は召喚呪文の専門家みたいなものだからね。この階層の仕掛けみたいなのは、ある程度わかるんだよ」


「本当か? それじゃ、この階層の仕掛けは?」とカイト。


だが、女性は「そんなに簡単に教えると思う?」と拒否。それから、こう続ける。


「教える条件があるわ。この白線を進むなら私の順番は最後尾」


「最後尾? あの猟師風の男が有利と言ったから?」


「そうよ。あの人の名前は、ジンライっていってね。前の層では同じ試練だったのよね」


不思議と、猟師風の男……ジンライは信頼しているような口調だった。


「あの人も最初は真っすぐな男だったのだけど、裏切りやしっぽ切りとかあってね……御覧の通りの人間不信になっちゃったのよね」


この時、リュックは考えていた。


女性は魔法使い。召喚が専門と言うが……


魔法を攻撃で使える人間を最後尾に置くメリットとデメリット……いや、裏切らないと信用できるか? それとも、信頼ができないかの問題だ。


それを差し引きしても……


「教えてください」とリュックは言う。


続けて、「いいですか?」とカイトとダッカ―ドに確認する。


2人は頷いた。


この階層の仕掛けを知る事、それ以上の最優先事項はないと判断したのだ。


「そう……あのミノタウロスは、白線以外の場所を踏んだ時のみ出現するのよ」


一度、女性は荷物から取り出したキセルに火をつけてから続ける。


「踏んだっていても、ジンライがやったみたいに物を落としたりしてもアウトね。 物だった場合は一番近くにいる人物の背後に出現して攻撃してくるわ」


「背後から……」とリュックは、先ほど受けた攻撃を思い出した。


「そう、それに白線からはみ出した時、すぐに白線を踏み直さないと連続して攻撃してくるわ。それにアレが攻撃を仕掛ける時は、必ず対象の背後に出現してからの攻撃になるわ」


「……本当に白線が安全地帯だったのか」とリュックはつぶやいた。


  

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