第8話 手に入れた日常と別れの前兆

 「今日はお疲れ様! 俺はゴブリン退治の報告をしてくるよ。 この後は空いてるかい?」


 一党の頭リーダーの言葉はリュックに向けられたものだ。


 彼らは、依頼達成やダンジョン遠征などの仕事を終えた後に打ち上げを行う。


 それには、たびたびリュックも誘われているのだが……今日は少しだけ様子が違った。


 頭は、リュックの瞳を真っすぐに見つめている。


「必ず、今日は必ず来てほしい」と意思が込められていると鈍感なリュックでもわかった。


これには平素、「家で母が待っているので」と断っているリュックでも――――


「今日は……お邪魔させていただきます」と答えざる得なかった。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「今日も今日の無事を祝って!」


「「「乾杯!」」」


 場所は町の大通り付近にある酒場。 冒険者が依頼や遠征帰りに集まるような場所だ。


 冒険者は酒を飲む。


 それは魔物を相手に命がけの戦いを終え、極度の緊張した精神を緩めるためだ。


 緩めて、日常に帰る。 その儀式のようなもの。


 「おまたせしました」と給仕さんが料理を持ってくる。


 しかし、テーブルでは麦酒を3杯飲んだ戦士がうつ伏せで眠っている。


 「情けないわね。大きな体して3杯でダウンしちゃうなんてね」とエルフは笑う。


 なんだか、普段の真面目な彼女と違う印象。 まるで悪戯っ子のような感じがする。


 彼女は、戦士よりも度のキツイ酒を4~5杯を飲んでいた。


 「あっ、その肉料理は私の。 コイツは酔うのも早ければ、醒めるの早いので冷めても美味しい料理を」


 そう言いながら、豪快に肉にかぶりつく。 ……本当に普段の彼女とは印象が随分と違う。


 「ん? どうかしたの? リュックくん」


 「いえ、エルフさんでも肉料理を食べるんだな……って」


 「え? 食べないわよ」


 彼女は真顔だった。


 「だって、それ……」


 肉ですよね? って言うのが少し怖かったリュックだった。


 「エルフは菜食主義よ。でもそれは、食べれないわけじゃなくて、主義主張で食べないだけ。他に食べる物がないなら食べるしかないじゃない?」


 リュックは酔い潰れた戦士の前にサラダを中心とした料理が置かれているのを見ないふりをする事に決めた。


 リュックの前に並べられた料理はタルタルステーキ。


 みじん切りの野菜にひき肉を混ぜて、形を整えた物を焼いて作られた食べ物だ。


 注目するのは赤茄子トマトをベースにして作られたソース。


 それに付け合わせのポテト……馬鈴薯じゃがいもを切り、油で揚げた食べ物。


 馬鈴薯じゃがいも赤茄子トマト。 先日、リュックと母親との会話があった通り、両方とも西の新大陸の植物であり、貴重な物だ。


「えっと……これは、本当に僕が食べてもいいのですか?」


「うん、どうぞどうぞ」とリーダー


 リュックの料理を注文したのも彼だ。


 「正直に言うと、今回の食事は君への接待だよ」


 「せ、接待ですか? え? でも……」


 「前にも言ったけれども、正式にうちの冒険者一党パーティの一員にならないか?」  


 リュックは高まる心音が聞こえた気がした。


 憐れまれないどころか、むしろ頼られる存在。


 リュックが、こうなりたいと思っていた理想の冒険者像。


 そんな彼が導き出した答えは――――


 「もう少しだけ考えさせてください」


 答えの保留だった。


 理想の冒険者。その目標目前に――――だから、だからこそ躊躇する。

 

 みんなが望んでいるのは魔法使いとしてのリュック。


 でも、その魔法を手に入れたのは最近、あの塔の報酬。


 鍛錬の末、勉学の末、冒険の末に手に入れた力ではない。


 あまりにも希薄。 自信の裏づけになるには、あまりにも希薄。


 ある日、突然手に入れた力は、ある日、突然消滅してしまうのではないか?


 そんな不安な……不安定な力。


 馴染まない。 当たり前のように自分の力だと割り切れない。 


 みんなの期待を一心に受けて……それが消滅したらどうなる?


 恐怖。リュックは、それが怖かった。

 

 もしかしたら、時間と共に解決する問題かもしれない。


 当たり前のように自身の力として魔法を使うようになるかもしれない。


 しかし、それは、まだ先の話。


 断りを入れると、頭は――――


 「まぁまぁ、弱ったなぁ。そんな困った顔をさせるつもりはなかったんだけど……でも、まだ縁があると期待してもいいんだよね?」


 「はい、自分に冒険者として自信が持てたら……その時は僕からお願いします」


 「その時を楽しみにしているよ。さぁ料理が冷めてしまう前に食べよう」


 リュックは、タルタルステーキをフォークとナイフを入れる。


 ステーキを乗せた鉄板は熱を維持して、料理が冷えないようにしている。


 肉を切った瞬間、内部に閉じ込められた肉汁が音を立てて解放される。


 まずは肉単体を口に運ぶ。 肉の風味、うま味が肉汁と共に口内を支配。


 そして圧倒的な熱量が体を駆け抜けていく。


 リュックは、その美味しさに目を丸め「ふぅ~」と称賛のため息をつく。


 続けて、切り分けた肉をトマトソースに絡め、浸して口へ。


 トマトの酸味、僅かに遅れて甘味。


 それは武骨な肉に加えられた遊び心……つまり、弱点はない。


 続いて、いまだに湯気が立ち上るポテトに手を伸ばす。


 ジャガイモを油で揚げたシンプルな料理。


 炭水化物たる芋。芋に含まれるデンプンは、すなわちブドウ糖。


 ひとたび口にすれば枯渇していた活力が取り戻されていく。


 そして振りかけられた強烈な塩分。 その効果により、口の中を支配していたトマトソースの酸味と甘みを一度、リセット。


 これでも、もう一度ソースをたっぷり付けたタルタルステーキを口にすると、再び斬新な味が楽しめるって寸法よ。


 それをうまいと言わず、なんと言えばいいのだろうか?


 「美味しい。ただ、ただ美味しい!」


 リュックは、絶賛した。


 「おぉ、食べてるか! 小さい体に似合わない良い食べっぷりだ!俺も飲むぞ!」といつの間にか復活していた戦士が麦酒を煽るように飲み、そして意識を失った。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「遅くいなってしまった」


リュックは夜道を歩く。 少し危なげな千鳥足。


生来、酒を受けつけない体のため、酔って見えるのはアルコールではなく、その場の雰囲気に呑まれたためだろう。 

 

涼しい夜空が駆け抜けて、火照った体を冷やしてくれる。 それがたまらなく気持ちいい。


 「……こんな日が続けばいいのになぁ」


 誰に聞かせるわけでもなく呟く。


 それから「ファイア」と魔法を使い、掌に灯らせた炎を見つめる。


 この力が自分の物だとハッキリ言える日が訪れれば……そんな事を考えながら、路地の横に通る川に向けて魔法を発射させた。


 高い水柱を立て、それが夢ではなく現実の力だとわからせてくれる。


 力を手にしたことで、図らずとも払拭できない不安。


 「……それでも僕は……」


 それっきり、言葉が出ない。 そして、答えも出ない。


 そんな帰り道。 とぼとぼと歩みを進め、自宅が見えてきた。


 既に部屋を灯らせる火は落とされている。


 「ただいま」とドアを潜ったリュック。


 もう既に母親は寝ているだろうと静かに歩く。


 そこで違和感に気付く。 しかし、何がおかしいのか? その答えはわからない。


 不安。 それを払うために声を大きくする。


「かあさん!」


しかし、返事は返ってこなかった。


変わりに得た物は――――


床に倒れた母親の姿だった。


 


 

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