第4話 チュートリアルの会

 「GOOOOGAGAGAAAAAAAAAREE」


 オーガは人間の耳では認識できない異音を口から出した。


 不思議と意思は伝わってくる。


 それは怒りだ。 純粋な怒り。 殺すという殺意ですらない。


 彼ら魔物に殺意など存在しない。怒りのまま暴力を人間に振るい結果として死ぬだけ。 そいう価値観の生物……だから、魔物と言われる。


 そんな純度の高い怒りをその身に受けた少女――――


「ひぃ」と小さな悲鳴を漏らし、駆け出していた。


 僥倖だ。


 魔物に襲われる恐怖で体が動かなくなる者が多い。


 逃げるための行動がとれるだけ少女は、レネは強い心を持っているのかもしれない。


「この私が、こんな役を買って出たのですよ。失敗はありえませんわ!」


 オーガは巨体。その巨体に似合わない瞬足を持ってレネに接近していく。


 だが、そのタイミング。


「わかっている。失敗はしない!」とカイトの宣言。


それが合図になった。 カイトとユノが床に置かれた鎖の端を引っ張る。反対側はリュックが1人で持っている。


 弛みが消え、真っすぐに伸びた鎖はオーガの進行方向に。


「ちょっと、オーガの足を引っかけて転倒させる作戦。いや無理でしょ。あの巨体の突進を3人で止めるどころか、みんな吹っ飛ばされちゃうわよ!」


 悲鳴のような声でスラッシャは言う。


 しかし、ダッカ―ドの意見は違った。


「いや、あの巨体だからこそ、あの速さだからこそ、僅かにバランスを崩しても立ちなおせるものではないぞ……それに加えて」


「それに加えて?」


「あのリュックという少年。背負っている荷物の重量が凄そうじゃ」


「凄そうってアンタ、そんな適当な!」


「まぁ、見ておれ。結果はこの後すぐじゃ!」


ダッカ―ドの言葉通り、突進するオーガの足が鎖にひっかかり転倒。


しかし、その鎖を握っていた3人も無事ではすまない。


腕が引っこ抜かれるような感覚。さらには浮遊感。


吹き飛ばされ宙を舞う。 宙を舞えば、当然ながら重力に従って……


地面に叩きつけられた。


体がバラバラになるような衝撃。


カイトは、どうなったのか顔を上げようとするだけで痛みが走る。


(動け! 今、ここで動ないと死ぬんだぞ!) 

 

体の痛みを無視して無理やり動こうとする。まずは状況確認……


だが、カイトよりも早く動いている者がいた。


リュックだ。


オーガは、その巨体だからこそ、立ち上がるまで時間が必要だった。


その間にリュックが走る。 


手には鎖。狙いはオーガの捕縛。


起き上がろうとしていたオーガが動きを止めた。


なぜか立ちあがれない。 気が付けば足がグルグル巻きにされている。


それだけでは終わらない。 オーガは自身の腕から金属音が聞こえた。


手錠。 それが手錠だと気がついた瞬間、激怒した。


自身の体の周りをちょこまかと走る少年。 虫を叩き潰すような腕を上げて――――


「――――させない!」


叫んだカイトがオーガの背中に飛び乗り、首輪をつける。


そのまま首輪についた鎖を持ち、オーガの体から飛び降りる。


カイトが飛び降りた勢いでオーガはバランスを崩して倒れた。


その隙に――― ガシャンと手錠でオーガの両手が拘束。


完全拘束完了


奥行きの見えない広い空間に


「GOOOOGAGAGAAAAAAAAAREEAAAAAAATUEEEEE」


と怒りの咆哮が虚しく響いた。



・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 捕縛され、暴れても暴れて動きを封じられたオーガ。


「ちょっと、本当に倒すなんてアンタたち、やるじゃない!」とレネ。


遅れてユノもついてきた。


「御2人とも、凄いです!」

 

 そんな絶賛にリュックもカイトは照れるように笑った。


「これで、遊戯ゲーム攻略クリアしたって事になるよね」とリュック。


しかし、カイトは


「どうだろうな。こいつを完全に殺すまでいかないと終わらないかもしれない」


「完全に殺すって、どうやって?」


「……あの歌だ」


「あの歌って、老婆が歌った、たしか……」



 逃げなされ 逃げなされ 鬼から逃げなされ


 燃やしなされ 燃やしなされ 戦うならば燃やしなされ


 さすれば、現れる あるはずのものが ないものが見えてくる



 「……って感じだったな。ってみんな、どうしたの?」


 みんな驚いている感じなっている。その理由がわからずリュックは困惑するが……


「貴方、凄い上手なのね」


レネの言葉に「え?」と反応したが……


「歌よ。歌に決まっているじゃない。あなた、名前はリュックでしたね」


「あっはい、リュックです」


「……私の事をレネと呼んでもよくてよ」


「え?ええっ?」


「私の事をレネと呼んでもよくてよ」


なぜか、繰り返された。


「私の事を……」


「ちょっと、レネ」とユノが止めに入る。しかし……


「あら、何かしらユノさん。私は同世代と異性と交流を結び文献を広めようと勉めているだけですよ」


 レネは笑顔だ。しかし、ピキピキと異音が聞こえてくるほどに笑みの表情から怒りが隠しきれていない。


 「嘘です。レネは気に入った男性をお近づきになりたいだけ……」


 「なんで言うの! すぐ言う! もー も― そうやってユノのバカ!」


 なぜか、レネは幼児退行したかのような口調になった。

 

 だが、リュックは理由がわからず困惑するだけ……


 リュックは男女の機微に疎い男だった。


 「あらやだ。もう始まっていたのね。 吊り橋効果によるボーイ・ミーツ・ガールってやつが!」


 なぞのドヤ顔で近づいてくるスラッシャ。


「何をいっとるんじゃ」と突っ込みを入れるのはダッカ―ドだった。


「みんな集まったのなら遊びはここまでいいでしょう」


そう言ったのはカイトだ。


「そろそろ、真面目に遊戯を終わらせる事を考えましょう」


「終わりって言っても、肝心のオーガが戦闘不能なら、ここで終わりでしょ?あとは出口を探すだけ。楽勝よね」


 「いえ、俺はそう考えていません。本当に不死身の魔物を拘束して終わりだったら、再び老婆が現れるなり、何らかのアクションがあるはずです」


 「では、このオーガを殺せば終わるのじゃな?」と懐疑的なダッカ―ド


 「いえ、殺して終わりなのかはわかりません。重要なのは用意されたシナリオ通りに進む事です」


 「……じゃとしたら、今は状態は拮抗状態。あの老婆が、まだ何か仕掛けてくる可能性があるということかじゃな」


 「ちょっと待ってよ。あの老婆の言う通りにオーガを倒すなら、炎属性の攻撃じゃないとダメってことよね? でも、私の属性魔法じゃ大した効果じゃなかったわよ」


 「確か、歌詞は『燃やしなされ 燃やしなされ 戦うならば燃やしなされ』だったな」とカイトはリュックに確かめる。


 リュックは「うん」を頷き


 「それから、こう『さすれば、現れる あるはずのものが ないものが見えてくる』」と歌い上げる。


 それをカイトは


 「つまり、重要なのは燃やした後だ。コイツを燃やした時に変化が表れているはず、それに俺たちが気づいていないだけだ」


 「それ、少しおかしいと思うことがあるのよね」とスレッシャ。


 「これが本当に遊戯ゲームで、正しい方法じゃないと倒せないって言うならバランスが悪いと思うのよ」


 「バランス……とは?」とカイト


 「私1人だけ炎属性の魔法が使えないのなら、私がリタイヤしたら、この魔物は倒せないって事でしょ? それって、なんだか遊戯ゲームの公平性? ってのに欠けてると思うのよね」


 「それは簡単な事だろ。この中に、他にも炎系の攻撃手段を有している人間がいる。だが、それを切り札として隠している」


 ざわ……  ざわ……


誰かが言った


「でも、それってどうして切り札なんて、隠してるのか?」


「へっ」と小ばかにしたようにカイトは笑い


「この遊戯の勝者の願いが叶うのなら……何でも願いが叶えれるうような儀式的な意味合いがあるとしたら……誰もが皆、平等に願いと叶えれるような物。そんな物はない」


断定口調だった。 


「願いを叶えれるのは、少数……あるいは1人くらい。魔術に詳しい人間なら、そう思うだろうよ」


「それじゃ……ここにいる誰かは、他の人を蹴落とすために……願いを叶えるために、人を殺そうとしているって事」とリュックは勇気を出して口にした。


しかし――――


「さぁな。ここまでは俺の憶測だ。 単純に魔法を使うのに他者に見せられない制約があるのかもしれないし……そもそも、ポンポンと魔法を使って戦うなんて発想自体、俺たち冒険者の物だ。もっとも……」


 そういってカイトはレネとユノに視線を移す。


「冒険者ではなく、魔法を使ってないのはお前たち2人だけだがな」



レネは一瞬、動揺するも


「ふ、ふん。面白いわね。問題は、本当に貴方が炎属性の攻撃を使えないのか疑わしいって所だけどね」


と言い返した。


「そうだな。俺が炎属性の攻撃を使えないか証明する方法がないからな」


 意外と素直に意見を引っ込んだカイトだった。


「スラッシャさん。貴方が使える魔法の残り回数は?」 


「あと2回って所ね。私の魔法は体力と同じで休憩して睡眠を十分にとって回復するタイプだから、短時間での魔力回復は無理よ」


「だったら俺の剣に魔法をかけてください」


「貴方の剣に魔法を? それどういうこと?」


「俺の魔法は魔法浸透率が極端に高い特別品なんです」


付加エンチャント特化武器……初めて見たわ。これ一本で小さい城が建てれる品じゃない」


 スレッシャは、カイトの剣に炎を叩きこんだ。


 剣は炎上。


 そのまま刃に炎が留まっている。


 「貴方も炎属性の攻撃が使えるようになったなら、さっきまでの言い合いは何だったのよ」

  

 「俺が自分の切り札を晒したら、俺を信用するしかないでしょ?」


 カイトはニヤリと笑う。 


 ――――その直後だった。


緊急事態エマージェンシー 緊急事態エマージェンシー プログラムオーガ再起動します』


 天井から、けたたましい音サイレンと共に人の声。


それから――――


どこからわからない。 ただ、気が付けばリュックたちの正面に2匹目のオーガが立っていた。


  

 




  

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