第3話 チュートリアルの怪

 老婆の歌。


 『逃げなされ 逃げなされ 鬼から逃げなされ


 燃やしなされ 燃やしなされ 戦うならば燃やしなされ


 さすれば、現れる あるはずのものが ないものが見えてくる』



 その歌が合図になったのか、手錠などの鎖が地面に落ち、オーガの拘束が解かれた。


 オーガとは凶悪で残忍な魔物モンスター


 人型であり、棍棒ような鈍器を振り下ろして攻撃する知性はある。


 弱くはないが、決して人間が立ち向けって勝てない魔物ではない。


 目前のオーガが規格外の巨大さとはいえ――――


 そのオーガが動いた。


 威嚇するような咆哮。それと共に素手を振り落とした。


 狙われたのは最前線に立っていた老兵ダッカ―ド。


 ダッカ―ドが立っていた床のレンガは砕け弾ける。


 「その程度の攻撃速度、そうそう当たるもんじゃない」


 ダッカ―ドは避けていた。 前に飛び出して避けていたのだ。


 そのまま駆け出しているダッカ―ドは武器の斧を構え、狙いはオーガの足。


 一瞬で間合いを詰めると、斧を振る。


 まるで巨木に挑む木こりが如く一撃。


 鮮血が舞い上がり、深くオーガの足に切り込んだ斧。


 オーガの口からは雄たけび。 先ほどまで威圧的な咆哮ではなく、激痛を訴えるような声。


 「今じゃ!」


 「あいさ!私の出番よね!」と飛翔した影。


 闘技者スラッシャだった。 


 その跳躍力は、規格外。オーガの頭部まで一瞬で飛び上がる。


 しかし、真に注目すべきは、その両手。


 その両手には炎が灯っている。


 「食らいなさい! ファイア!」


 すさまじい爆音と共にオーガの頭部が燃え上がり、苦しみから逃れるように暴れ狂った。


 「無駄よ。無駄無駄。お顔が燃えてら、周辺の酸素がなくなるわけよ…… どんなに強くても酸素がなくて呼吸ができなくて死ぬだけよ」


 スラッシャの言葉通り、のた打ち回っていたオーガは動きを止め地面に倒れた。


 ダッカ―ドは倒れたオーガに近づき、


 「まぁ、どんなにデカい魔物でも、こんなもんじゃろ」


 手に持った斧は、オーガの頭部へ振り下ろした。


 それを離れた場所で見ていたリュックは、


 「……凄い。あれがA級の冒険者」と憧憬の言葉を口にした。


 しかし――――


 「おかしい」と隣のカイトが呟いた。


 「おかしいって? 何が?」


 「A級冒険者に絶対王者……明らかに強すぎる」


 「強いと何か問題が?」


 「これはアイツ等にしてみてら遊びのはずだ。こちら側が強すぎると遊びとして成立しない」


 「え?」とリュックは、カイトが何を言っているのか理解できなかった。


 「――――つまり、これで終わるほど簡単な遊戯じゃないはずだ。俺は、そう思っている」


 そしてカイトの予言通り――――



 「ちょっと、まだコイツ動くわよ!」


 スラッシャの叫び声の通り、オーガは立ち上がった。


 顔は焼かれ、周囲には強烈な匂いと煙。


 その煙がおかしい。 顔だけならともかく、ダッカ―ドに切られた足にも煙が上がっている。


 「回復しているだと……いや、蘇生だな。間違いなく死んでいたはずだ」


 「それって、殺しても生き返るって事!」


 リュックの言葉に頷き肯定するカイト。


 「考えるんだ。あれは、正しい倒し方を行わないと死なない。これは、そういう遊戯なんだ」


 「――――ッ!?」と戦慄したのはリュックだけではなく、話を聞いていた貴族レネも聖職者ユノも同じだった。


 「貴方たちも冒険者なのでしょ? 今、ここで雇います。私たちを守りなさい」


 レネが命令口調で言う。しかし、その足が震えているのは隠しきれていなかった。   


 「もちろん、報酬は破格なものを用意します。私が払える限りの報酬を約束しますわ」


 「払える限りって……」


 貴族であるはずのレネ。その彼女が払えるだけの報酬なんて想像もできない金額になる。


 リュックとカイトは動揺した。しかし、その動揺をレネは勘違いしたらしい。


 「まだ足りませんか? ならば、私のできる限りこと……なんでもします」


 「レネ!」とお目付け役のユノが大きな声を出した。


 「滅多な事を言ってはなりません!」


 「でも、ここで生き抜かなければ、私たちの……いえ、私の願いが」


 「それでも、僕らが御2人を守れるなんて保障もありませんよ」とリュック。

 

 彼は、二人のやり取りを尻目にオーガと戦っている両者を見る。


 「ちょっと、もう3回は殺してるはずよ」


 「安心しろ。まだ、4回目も5回目も試してないさ」と老兵は笑う。


 「冗談じゃないわ。ここだけの話、私は魔法で肉体強化してるの。あと、3発も魔法を発射すると、魔力が尽きて、ただの小娘になっちゃうのよ」


 「それは見ものじゃな。おっと泣き言は後々。老兵は次代の若人に道を示さないと情けなかろう!」


 「ちょっと、私はまだヤングよ!」


 軽口を叩きながらも2人は即興とは思えぬコンビネーションでオーガを圧倒している。


 しかし、オーガは不死身。


 相手にしているダッカ―ドとスラッシャにも額に汗が涌き、呼吸が乱れている。

 

「大体、何も最初の歌は炎系の攻撃が弱点って事じゃないの!」


 スレッシャの泣き言が聞こえてくる。


 それに反応したのはカイトだった。


 「そうだ。あの歌が無意味であるはずはない。……だとしたら、炎で何かと燃やす? でも、燃えるような物は見当たらない。何かの例え、比喩だとしても……」


 ぶつぶつと呟き始める。 けれども、そんなカイトにリュックは、こう話しかける。


 「ねぇ、倒し方がわからないなら……無理に倒さなくてもいいんじゃないか?」


 「……お前、何を言ってるんだ」


 柔和な彼が初めて見せて怒りのような感情。


 「いや、だって……」と一瞬言い淀むリュックだったが……


 「倒さなくても無効化できる方法なら最初からあったじゃないか」


 カイトは不意を突かれたような表情を見せた。


 「ちょっと貴方、もう少しわかりやすく説明しなさい」とレネ。


 「そうですよ。オーガを無効化する方法って何ですか?」とユノ。


 「あれだよ」とリュックは指さした。


 その先には銀色に輝く金属の塊。


 「最初にオーガが現れた時に拘束していた鎖だよ」


 

 ・・・

 

 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「ダッカ―ドのおじさま」とスラッシャ。


「なんじゃい? まだ、魔力が枯渇するまで残り2発の猶予があるじゃろ?」   


ダッカ―ドはオーガが繰り出す怒涛の攻撃を捌きながらも、余裕が感じさせるよな返答だった。 


「そうじゃないわよ」と指さす。


「メンズ&レディーたちが何か企んでいるみたいよ。あらやだ! あの鎖は」


「ふん。どうやら、あの鎖でオーガを拘束しようって考えのようじゃな。おもしろい」


 よそ見をしたダッカ―ドにオーガは襲い掛かってくる。 それを軽く躱すと同時にカウンターを放った。


 「ちょっと、面白がってないで止めなくてもいいの? 若い子に危ない目にあってほしくないから、あの子たちから距離を取って、派手に攻撃してるのでしょ?」


 「かっかっか……じゃが、ワシらだけじゃ倒せないのも、また事実よのう」


 「……」と無言のスラッシャ。 どこか、自身の力不足を感じてるように見える。


 「そう沈むな。若者が自ら成長しようとしておるんじゃ。道を示すばかりが愛情ではないぞ」


「あらやだ。それじゃ私は若くないみたいじゃない」


「むっ、これは失礼仕しつれいつかまつた」 


 老兵は笑いながらも、オーガの拳を避け、「おまけじゃわい」と斧で切りつけた。


 鮮血。しかし、無意味。


 白い煙が立ち上り再生を開始する。


「じゃが、何か罠を仕掛けるにしても、魔物をおびき寄せる囮が必要ではないか?」


「それは、あの子がやるみたいね。あら、一番嫌がりそうな子なのに意外ね」


スラッシャの視線の先。


立っていたのは、リュックでもカイトでもなく、ましてユノでもなかった。


レネが離れた場所から挑発を開始する。


「やい! 馬鹿鬼! いつまで遊んでいるの? 高貴たる私の前に跪くのを忘れておいでじゃないかしら? きっと、知性をお母さんのお腹に忘れて生まれてきたちゃったのね、かわいそう」


「……」とダッカ―ド。


「……」とスラッシャ。


「怒らせようとしてるのかしら? でも言葉は……」


「通じておらぬようじゃが、どうやら馬鹿にされていると知性はあるみたいじゃぞ」


 ダッカ―ドの言葉通り、オーガは2人への攻撃を止めた。


 怒りの咆哮を1つ。 そのままレネに向けて走り始める。


  

  

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