第2話 チュートリアルの開
家に帰ったリュックは、すっかり食欲を失っていた。
少し前まで、あんなにも美味しかったビーフシチュー。
今は口に運ぶのも躊躇する。
「どうしたんだい?」と母親は息子の異変に気付いたようだ。
「なんでもないよ」とリュックは誤魔化すように食べて、「おいしいね」と言った。
誤魔化すように……母親も気づいているだろう。
リュックは、何か指摘されるよりも早く食事を終え、「今日は、もう休むね。流石に疲れが隠せないよ」と自室に向かった。
ベットで横になる。けれども眠気はやってこない。
あの時、自分に芽生えた感情……
「あんなにも黒い感情が自分にあったなんて……」
『優しさ? お前という弱者に施しを与えているだけだ』
『弱者から感謝される娯楽。お前は、その娯楽のために玩具にされているにすぎない』
『本心ではわかっているはずだ。お前は馬鹿にされているんだよ』
「いいや、違う。そんな事を僕は考えない! けど……」
グルグルと脳裏に回る言葉。それは意外にも自分の黒い部分から湧き出た言葉ではなく――――
『求めるかえ? アンタは力を、誰からも憐れられない力が欲しいなら、くれてやるさ。ほしけりゃ、また明日の夜に来な。ほっほっほっ……』
あの老婆が最後に投げかけた言葉だった。
「誰からも憐れられない力。僕にそんな力があったら、何か変わるかな?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
翌日の夜。 リュックは家を出た。
母親には、緊急の依頼があったと嘘をついた。
いつもの通り、その背中にはダンジョンに遠征する時の大荷物。
それは予感だった。 ダンジョン攻略に匹敵する覚悟と準備が必要だという確かな予感。
そして、リュックは昨日と同じ場所についた。
あの老婆は……いた。
昨日と同じように路地に立っていた。
まるで最初から来るのはお見通しだよと言わんばかりに目で笑っていた。
「おばあさん、本当に僕は強くなれますか?」
「もちろんなれるさ。でもね……」
「でも?」
「いいかい? 願いを叶えるには対価が必要だ。ひ弱なアンタが強くなるための対価ってなると、命賭けの試練さ」
「命賭けの試練……」
「そうさ。文字通りの命賭けの試練。 怖いなら、ここで止めて帰ったっていい。ほっほっほっ……」
「いえ、僕は冒険者です。命賭けなのは慣れています」
「よく言った。それでこそ男の子だ。……まぁ、すぐに後悔する事になるけどね」
「え?」と聞き返したリュック。しかし、そんなリュックに構わず、老婆は叫び始めた。
『呪うかえ? 自身の境遇を呪うかえ? 受け入れるが身の丈に合う幸せ。 それでも抗うかえ? 抗えば、汝に試練を与えん』
呪文? そう判断できたのは一瞬だけ。
すぐに意識はまどろみに。 認識できたのは老婆の背後に現れた扉。
光り輝く扉に誘われるようにリュックは――――
扉を開いた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「……きなよ。お~い!」と誰かの声が聞こえてきた。
そのまま、肩を揺らされリュックは目を覚ました。
「おぉ、ようやく起きたね」と爽やかな笑みを浮かべる少年が立っていた。
「……貴方は?」
「俺かい? 俺の名前はカイト。駆け出しの冒険者だ」
「えっと、僕の名前はリュックです。僕も冒険者をしています」
「へぇ、仲間だね」とカイト。それから、こう続けた。
「それで君は、ここがどこかわかる?」
「ここ?」とリュックは周囲を見渡す。
古いレンガレンガ仕立ての部屋。 リュックに見覚えはない。
「確か、お婆さんが願いを叶えてくれるって……それで対価に命を賭けろって……」
「なるほど、なるほど、君もそうか。君にも命を賭けても叶えたい夢があるんだね」
「夢?」とリュックは疑問符を浮かべた。
なぜなら、リュックが望んだのは夢を言うような明るい物ではなかったからだ。
しかし――――
「夢……確かにそうだ。僕にも叶えたい夢があるんだ」
みんなを見返したい。 誰からも憐みを受けたくない。
そんな黒い感情。
けど、けれども……強い冒険者になりたい。
それを夢と言わなければ、何が夢なんだい?
「少し救われた気がした」
「ん? 何がだい?」
「いや、こっちの話だよ」
そう言うとリュックは立ち上がった。
そこで違和感。
「あれ? 僕のリュックは?」
「ん? それは君自身の事? それとも背負っていた大荷物の事かい?」
「もちろん、荷物のことだよ。 あれには、いろいろ大切な物が入っているんだ!」
「大丈夫、落ち着いて。君がリュックを背にエビぞり状態で寝ていたから、俺が外しておいたんだよ」
カイトが指さす方向には見間違うことのない大切なリュックが置いてあった。
「あった! よかったぁ!」
「そのリュック、よっほど大切な物なんだね」
「うん、冒険者になった日にかあさんがくれた思い出の品なんだ」
「……そっか。いい母親なんだね」
絶えず笑顔だったカイトの表情に初めて影が差す。
母親と仲が悪いのだろうか? リュックは、なんとなく察して
「……うん」と答えるだけしかできなかった。
「さて、ここが俺たちの願いを叶えてくれる試練の場っていうなら、本番は外へ続く扉の向こう側だろうね。 そろそろ、どんな試練が待ち受けているのか見物にいこうじゃないか」
そう言うと、扉に手をかけるカイト。
「あっ、待ってよ!」とリュックは荷物を背負うとカイトを追いかけて扉の先へ進んだ。
扉の向こう側。
広い空間だった。 部屋と同じレンガ作りの空間。
壁の端は遥か向こう側に辛うじて見えている。
「おっ、最後の2人が部屋から出てきたか」
「あらやだ、爽やかなイケメンと可愛い男の子の組み合わせ。超燃えるわ!」
最初の声は、老兵のような印象の男。 肩に片手斧を担いでいる。
二番目の声は、褐色の大男。なぜか上半身は裸だ。
さらに女性が2人いる。
1人は聖職者の女性……と言うよりは少女だ。
もう1人は、よくわからない。 たぶん、貴族。聖職者と同じくらいの年齢。
長い金髪が印象的な少女で、着ている服装も高そうだ。
「俺はカイト。こっちはリュックで共に冒険者。あなた達は?」
警戒心を強めたのか、カイトは少し攻撃的な態度に変わった。
しかし、明らかに不満そうな顔を見せたのは貴族(らしき)の少女だけだった。
老兵と大男は愉快そうに、聖職者はオドオドした感じ。
最初に口火と切ったのは老兵。
「ワシはダッカ―ド。お前らと同じ冒険者じゃ……ランクはA」
「A級だって、なんでこんな場所にA級冒険者が……」とリュックは驚いた。
そんなリュックを一瞥するだけでダッカ―ドは「……」と無反応だった。
次に大男。
「私の名前はスラッシャよ。あいにく冒険者じゃなくて
リュックとカイトは首を横に振った。
「あらやだ、恥ずかしい。私の知名度もまだまだね」
聖職者の少女は―――
「えっと……ユノと言います。 こちらはレネ様です」
「レネ様?」と思わずリュックは聞き返した。
レネ本人はキッと怖い顔を見せた。 どうやら話しかけるな……という意思表示らしい。
「レネ様は、プルト地方の貴族でして私の雇い主です」
聖職者を雇う貴族? なんのために?
そんな疑問をリュックは持ったが、それを聞くことはできなかった。
なぜなら――――
「ほっほっほっ……みなさま、揃われましたね」
現れたのは老婆だ。 リュックを、この場所に連れてきた老婆。
「ここはどこなの? こんな場所に私を誘拐して、どういうつもり」とレネは強めの口調。
「はて? 誘拐とは何の事だかねぇ」
「とぼけないでよ!」と彼女は怒鳴るが、老婆は笑っている。
誰も2人のやり取りに割って入らず、様子を窺う。
「そもそも、皆様を案内したのは、各々の願いを叶えるため。それは承諾されたはずですがね」
「聞いてないわよ。こんな不潔な場所で下々の者たちと一緒だなんて……それに貴女、私に何かあった時に責任は取れるの?」
「責任? 責任とは、おかしなことを。ほっほっほ……」
「何がおかしいのよ! 笑って誤魔化さないで!」
「今から始まる遊戯に失敗したら死ぬよ。アンタ」
「……え?」とレネは呆けた。
それは老婆の言葉が原因ではなく、老婆の背後に出現した巨大な影を見たからだ。
「それじゃ
そう宣言した老婆の姿は虚ろになり、やがて完全に消えた。
残されたの6人の男女。それから、巨大な影。
巨大な影の招待は――――
オーガだ。
ただのオーガじゃない。 通常の2倍……いや3倍近くある巨体のオーガだ。
手錠、首輪、足枷がつけられ、動きを封じられている。
しかし、小さななうめき声は徐々に大きく、声だけで人を殺そうとしているかのように巨大な咆哮で威嚇をしていく。
老婆相手に威圧的だったレネは、「ひぃ……」と小さな悲鳴と共にその場に座り込み動けず、彼女を庇うように聖職者のユノが前に出た。
「お嬢ちゃんたちは、後方に下がっていろ」と老兵ダッカ―ドが一歩前に。
「即興パーティだが、ワシら冒険者の出番じゃろ? 魔法を使えるのは?」
リュックとカイトは首を横に振る。
「一応、魔法は使えるわ。私は冒険者じゃないけどね」
そう言ったのは大男のスラッシャ。
「魔法も使える闘技者。興味深いのう」とダッカ―ドはニヤリと笑った。
それからリュックとカイトの方を向くと――――
「自信があるなら加われ、自信がないならお嬢ちゃんを守れ」
それだけの指示。
戦いは始める。 みんなが、そう覚悟した時だった。
どこからともなく――――いや、頭の内側から老婆の声が聞こえてきた。
『逃げなされ 逃げなされ 鬼から逃げなされ
燃やしなされ 燃やしなされ 戦うならば燃やしなされ
さすれば、現れる あるはずのものが ないものが見えてくる』
まるで歌い上げるような老婆の声が響くと――――
ガチャ、ガチャと金属音。
オーガを拘束していた手錠、首輪、足枷の全てが落ちた。
拘束が解かれたオーガがギロリとリュックたちを見る。
その目はエサを見る目だった。
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