異世界デスゲーム お荷物リュックと魔導の塔
チョーカー
チュートリアルの階
第1話 チュートリアルの回
「……あんた、変わっているね」
そういうのは銀髪の冒険者、白銀のシルバーを呼ばれる男だ。
この辺境の地では最強とも言われている。
60歳を越える現役冒険者。経験から裏付けされた実力は、数々の功績をあげている。
「あのリュックくんの事を俺から聞くのに、この報酬量だ。 何が目的だい? 事と次第によっちゃ……俺は依頼者でも牙を向けるぜ?」
剣呑なシルバーの言葉。それを向けられた相手は女性だった。
年端もいかない少女。それが派手に着飾っていて……嫌味にならないように馴染んでいる。
「必要経費ですよ」
「なんだって?」
「これから、各地で試練が……とある儀式が執り行われます。それに彼も……リュックくんも参加資格を得られたそうです。そのために彼の情報を少々の高額でも……」
「……気に入らねぇ」とシルバーは吐き捨てるように言った。
「はい?」
「要するにカルト教団の儀式に善良なる少年を生贄にするって話だろ? そいつは見過ごすわけにはいかねぇな」
シルバーは剣を抜くと、白刃を少女に向けた。
「辺境最強の白銀が、最弱とも言える冒険家を気に掛けること自体が異常ではないでしょうか? それも彼をかばって依頼人に剣を向けるとなると……」
くすくすと愉快そう少女は笑った。
「いいか? 俺がアイツのために動こうってのは単純にアイツが良い奴だからだ。 この周辺の冒険者は皆、奴に借りがあるんだよ!」
「ほう!最強が最弱に受けた借り? それは興味深い話です。ぜひ、お聞かせください」
「簡単な事さ。アイツは、お袋さんが焼いたチェリーパイをみんなにわけてくれるんだ」
「……はい? なんですか、それ? 気持ち悪い」
「へっ、冥土の土産にゃ過ぎた話だったか?」
シルバーは抜刀した剣を少女に向けて振り下ろした。
――――翌日の早朝。 町の橋に死体が発見される。
その死体は白銀のシルバーだった。
信じられぬほど無残な死体。 巨大な魔物にでも襲われたように腹部は抉られ、頭部はなかった。
切断された頭部は、見せしめのように近くの橋の真ん中に置かれていた。
一体、だれがなんのために? ――――いや、誰が白銀のシルバーを殺せる?
彼の死は辺境に衝撃を与えた。暫くの間、大きな不安がばら撒かれたが……
それも時間の経過と共に忘れ去られていった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「うおぁぁぁ! 出口だ!」
叫んだのは重厚な鎧を装備した男だった。
場所はダンジョンの入り口。 そこから生還を果たした
「ちょっと、他の冒険者がいたら恥ずかしいじゃない」
遅れてダンジョンから顔を出したのはエルフの女性だ。
杖と
たぶん後衛……魔法使いなのだろう。
次に顔を出したのは、
「こらこら、ダンジョンの出口だからって前衛が先行しすぎ。後衛も急いで追いかけていかない」
戦士とエルフは子犬のようにシュンを頭を下げた。
「さぁ走らず、急ごう。今夜は宴だ」と2人の肩を叩いた青年。
落ち込んでいた2人は花が開いたかのような笑みを見せた。
それから遅れて――――
「ふぅ」とため息と共に現れたのは少年だ。
少年は、小柄な体に不愛想な巨大なリュックを背負っている。
名前はリュック。 荷物持ちとして生まれたような名前。
種族は
それもそのはず、彼は人間とハーフリングとの混血児だ。
彼は冒険者でありながら、力も、素早さも、器用さもない。まして魔力なんて憧れの存在。
それでも彼は冒険者として生きるために
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「ほい、今回の報酬だ」
そう言って
「これは多すぎます!」とリュックは慌てた。
金貨2枚もあれば1か月は暮らしていける賃金だ。
「僕は皆さんの後ろに隠れて付いていくだけで、何も役に立てませんでした」
「何を言っているんだ? ダンジョンに5日間も潜れる食糧や薬にテントまで4人分持って、帰りは採取した素材を運んでくれたじゃないか。君は十分に戦力だったよ」
「……いえ、そんな」とリュックは、はにかんだような笑顔を見せた。
「それでは失礼します。 またダンジョンに潜るときはお願いします」
「うん、それじゃ、また頼むよ」
タッタッタ……と足音を鳴らして、リュックは帰っていた。
それを見たエルフは――――
「荷物が軽くなったとは言え、あんな大荷物でよく駆け足で帰れるわね。 どうなってのかしら? 彼のスタミナは?」
「あぁ、彼は自分が思っているように力も体力がないわけではないのだけど……」
「モンスターとの戦いじゃ、発揮されないのよね。……もしかして呪いかしら?」
「呪いだとしたら、誰かが忠告したり、解呪しているはずだけどね」
2人は「う~ん」と頭を捻らせながらリュックを見送った。
「ただいま」とリュックは家に入る。
「あら、おかえり」と中年増の女性が顔を出した。
リュックよりも、さらに一回り小さい女性。ハーフリングの彼女はリュックの母親だった。
「かあさん、病気なんだから、そんなにウロウロしてたらダメだよ」
「なに言ってんだい。お前だっていつ帰ってくるわからないし、自分の事くらい自分でやらなきゃだろ?」
「お金は十分にあるでしょ? 手伝ってくれる人を雇えばいいじゃないか」
「おやおや、どこの世界に息子が命がけで働いたお金を自分勝手に使う母親がいるんだっての」
「かあさん……」とあきれ気味のリュック。そんな息子の様子を母親は見て見ぬふり。
「さあさあ、その大荷物を置いて、早くお風呂で身を清めておいで。食事はできてるよ」
荷物の整理を終わらせ、お風呂を後にすると、母親の言う通りテーブルには料理が並んでいた。
メイン料理は、シチューのように見えるが……
「赤い」とリュックはつぶやいた。
初めて見る料理だ。味の想像が難しい。
「いただきます」とリュックは恐ろ恐ろと口にする。
その味は――――
ゴロリとした牛肉の塊がトロリと柔らかく煮込まれている。
その柔らかさは、歯で挟んだ瞬間に崩れていき、牛肉に染み込んでいたスープが口内へ広がっていく。
口に広がる甘み。その直後に追いかけてくる酸味。
旨い。 「ふぅ~」と脱力するように息を吐く。
冒険の緊張で張りつめていた物が弛緩していくような優しい味だった。
……しかし、問題は食材だ。
「かあさん、これ……」
「珍しい味のビーフシチューでしょ? 西の新大陸で見つかった
「いくらかかったんだよ!」
「この子は、ばかだね。さっきも言ったようにアンタから貰った金は私のためじゃなくてアンタのために使わせてもらうよ」
「いやいや、そのお金はかあさんが病気だから……」
「それじゃ、アンタは私のために無理して働いてるのかい?」
「いや、その……そういうわけじゃ……あっ! ミルク切れてない。買ってくるよ!」
「ちょっと、あんた! 困ったときにそうやって誤魔化すのはやめなさい!」
そんな母親の声を背にして、リュックは駆け出した。
「まったく、かあさんは病気のはずなのに元気過ぎるよ」
ミルクを買った後、トボトボと人通りの少ない路地を歩いている時だった。
「お前さん、お前さん、お前さんがリュックかい?」
声の主は老婆だった。
「はい。そうですが、あなたは?」
「わたしゃ、魔女みたいな者だよ。あんたの願いを叶えにきたんだよ」
ほっほっほっ……と怪しげな笑い声をあげる老婆。
「魔女? 願いを叶えに?」
「アンタの願いはなんだい?」
「……僕の願い」
頭に過るのは……非力な僕に憐みの表情を見せる人たち。
いけない。僕は何を考えているんだ?
みんな、心からの優しさを……
(優しさ? お前という弱者に施しを与えているだけだ。弱者から感謝される娯楽。お前は、その娯楽のために玩具にされているにすぎない)
「みんなを悪く言うな! みんな、みんな善意で……」
(いいや違うね。本心ではわかっているはずだ。お前は馬鹿にされているんだよ)
「誰だ! そんなことを言うな! お前は誰なんだよ!」
「わからないかえ? 今の声は、心の内側から零れ落ちた物じゃよ」
はッと気づけば、目の前に老婆が立っていた。
「そんな……僕はみんなから……いや、みんなの事をそんな風に……」
「おやおや、矜持の強い子だね。他者から受けた憐憫を許せないみたいだね」
「そんなはずはないです。あれは、何かの間違いです」
「ほっほっほっ……落ち込む事なんかないさ。誰だって
「僕、もう帰ります。 かあさんが待っているので」
トボトボと帰途につくリュックに老婆は大声で上げる。
「求めるかえ? アンタは力を、誰からも憐れられない力が欲しいなら、くれてやるさ。ほしけりゃ、また明日の夜に来な。ほっほっほっ……」
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