第13話
「何があったのだ?」
だから呑気に座っている場合じゃないってば~。
「おかしいと思った。このお城、誰にも使われていない筈なのに、中がやけに綺麗なんですもの。塵や埃もそれほど落ちていないし、長年使われなかった筈の厨房ですら、食器や器具が綺麗に残っているし……。これってどういう意味だか、判る?」
「判らぬ」
「でしょうね。つまり、このお城の管理人さんが、定期的にお城の中を見回っていてくれているんです。きっと中のお掃除や、お手入れなんかをやってくださっているんだわ。だから今まで、無人だったにも拘らず綺麗な状態を維持できていたの」
「成程。私が眠っている間にも勤勉に働く下僕が居たと言う訳だな!褒めて遣わそう」
「感心している場合ですか!その人はこのお城が無人だと思っていて此処へ来るんです。それなのに貴方が住んでいると発覚したらどうなります!?きっと驚いて声を上げた上、尻餅ついて引っ繰り返っちゃうわ!」
「それは愉快だ。見てみたいぞ」
「も~っ、判ってないんだからあ。とにかくもうすぐ人が来ます。貴方姿消せるでしょ?私がいいと言うまで消えていてくださいまし。声も出しちゃ駄目よ?仏像かヘチマか何かになったつもりで、気配を消していてください」
「む……。此処は私の城だぞ!何故私がコソコソと隠れなければならんのだ」
「はーい文句言わなーい。とにかく絶対に姿を見せないでくださいね?絶対ですよ!」
伯爵はしぶしぶ立ち上がると、慣れた様子で姿を消しました。最後に小夜子を見つめる顔が、
「何故お前の命令に従わねばならんのだ」
とでも言いたげな表情でしたけど。
小夜子が睨んだ通り、やはりあの窓から見た人物はこのお城の管理人でした。
五十代半ばくらいでガタイのいいおじさんです。まずは庭先をざっと見て回り、小さなゴミや枯葉を拾ったり、蜘蛛の巣を掃ったりしているようでした。
まだ城内に侵入して来る様子はありません。小夜子は暫く、窓から外の様子を眺めています。
それから少しして庭の見回りが済んだのか、遂に男性は城内へ足を運ぼうとしていました。
さてこの男性、一体どこまで見回りをするのでしょう。沢山鍵を持っているという事は、恐らく一部屋一部屋入念に確認するかと思われます。
まずは何からすれば良いか考えましたが、とりあえず厨房のテーブルに乗っかっている南瓜と菜っ葉を片付けましょう。
無人の筈の古城にやたら鮮度のいいお野菜が並んでいては、それだけで不審です。
という事で、小夜子はまずテーブル上のお野菜を、厨房の戸棚の中に隠しました。いくら見回りと言っても、いちいち棚の中までは見ますまい。
さて次はどうしましょう。ああそうだ。昨夜伯爵に頼んだ、お洋服入りの鞄が置きっぱなしなのです。
小夜子は慌てて自分の部屋に(あたかも我が家のような言いざまですが、勝手に借りているだけです)向かい、鞄を取りに行きました。
足元からは微かに人が動く気配と足音が感じられます。管理人さんが一部屋ずつ見て回っているようです。
古城の一階と二階部分は、観光客用に開放されている部分です。問題はその上、伯爵と小夜子が居住区としている居館(パラス)です。
此処へ繋がる階段には大きく立ち入り禁止の看板がありましたし、部屋のドアはしっかりと鍵がかかっていた筈です。
ところが今は鍵が開いていますし(どういう訳か、伯爵はしっかりと合鍵を持っていたのです)当の小夜子もこの立ち入り禁止スペースに居るのです。
もしもばれたら管理人さんにこっぴどく叱られて、その上外に追い出されちゃうかもしれません。
とにかく今は下に降りた方がいいわね、と大きな旅行鞄を持ち、階段を下ります。こういう場合は、下手に隠れるより堂々と観光客のフリをしていた方がかえって怪しまれないものです。
それにしても、本当に伯爵は約束通り隠れていてくれるかしら?あのノー天気伯爵の事ですから、途中で気を抜いてうっかりばれちゃうんじゃないかと心配です。
そんな事を考えているうちに、管理人さんの足音が近付いてきます。一部屋一部屋、丁寧に内部を確認しているようです。
そういえば地下室の棺を壊してしまったままだったんだわ……。しかも扉の鍵まで開けっ放しだし、心配です。
その時、古城内を点検する管理人さんと小夜子が、ばったり廊下で鉢合わせしてしまいました。
「ぎゃあああっ!?」
と、声をあげたのは管理人さんです。管理人さんは驚いて声を上げた上、尻餅ついて引っ繰り返りました。これには小夜子も苦笑い。
「あの、大丈夫ですか?」
小夜子は恐る恐る声を掛けます。管理人さんは慌てて起き上がると、少し不満そうな顔でこう言いました。
「何だ君は!そんな変な格好をしてこんなところに一人で……。何をやっている?」
あらやだ。なんだか判らないけど、怒られちゃいました。
「何って観光ですけど?それと変な格好だなんて失礼しちゃうわね。素敵な格好と言って頂戴」
管理人さんは尻餅ついたお尻を手で払いながら、ブツクサと言い捨てます。
「ああ吃驚した。まったく、観光客なら観光客らしくもう少し普通の格好をしたらどうなんだ」
コイツ、勝手に驚いた癖に……。
「御免遊ばせ。でもここは辺鄙ですけど一応観光地ですし、観光客が来る事くらい承知の上でしょ?」
管理人さんが面倒臭そうな口調で答えます。
「確かに観光地と言えば観光地だけどね、今時こんなクソ田舎でその上マイナーな古びた城なんて見に来る客、殆ど居ないよ。そもそも此処に残っているものなんて、胡散臭いバンパイア伝説くらいだからね。大抵の観光客はもっと派手で有名なところへ行きたがるよ。ブラン城とかね」
流石管理人だけあって、この辺りの事情には詳しそうです。折角なので、もう少しお話を伺ってみましょうか。
「確かに私が此処に来てからまだ誰にも出会っていませんわ。本当に人が来ないんですのね」
本当はバンパイア伯爵にはお会いしたのですけど。と、心の中でほくそ笑みました。
「一応観光名所としてオープンにしているけど、わざわざ見に来る客なんてひと月にほんの数人だよ。でもこうやって城は維持しなきゃいけないからね、時々掃除なんかをしにここまで来ているんだ」
このおじさん、もとい管理人さん、初めは無愛想でしたけど意外と気さくにお話ししてくれるようです。
「道理で中が綺麗に掃除されていると思いましたわ。でも二階以上のお部屋には行けないようでしたけど」
小夜子はしらを切ってこんな話を持ちかけます。
「ここの管理人に伝わる代々の教えでね。二階より上の部屋には色々と当時の物や貴重品が残っているんだ。だから極力人を入れないようにしているんだよ。一応大事なものだから」
うふ。そこ入っちゃいました。なんて思いながらも、あくまでしらばっくれて質問を続けます。
「ねえ、このお城ってバンパイアが住んでいたんでしょう?本当にそうなんですか?」
「まさか!大方変わり者の金持ちが人目を忍んで暮らしていたに違いないよ。最後の持ち主は独り身の男性だったらしいけどね、当時ブームだったバンパイア狩りに遭って死んじまって、それからはずっと空き家だよ。殺された最後の持ち主も、バンパイアのレッテルを張られた可哀相な一般人だって言われているけどね」
それ、本物のバンパイアです。その上今も生きています。
「噂じゃ城の地下にバンパイアの亡骸を納めた棺があるって話だけどね」
「えっ!?」
小夜子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまいました。
「その棺は絶対に開けてはいけないし、絶対に開かないように出来ていると聞いたよ。実は私も一度だけ地下室へ入った事があるんだけどね、何とも言えず不気味な雰囲気が漂っていて、それからはずっと地下室を閉めっぱなしにしているんだ。もちろん鍵もかけっぱなしさ」
「……その棺の中は確認したの……?」
「していないよ。と言うより出来ない。本当にこの棺はどうやっても開かないんだよ。まあ棺を開けるなんて罰当たりだし、そのままずっと地下室で眠らせようと思っているよ」
そう言い終えると、管理人は掃除の続きを始めました。
「さて、そろそろ仕事を再開しなくちゃ。お嬢さん、まだ観光の途中だろう?つまらないところだけど楽しんでいってね。あと三階と地下室には入らないようにね」
管理人はそのまま三階へと続く階段を上り始めました。その先には伯爵の部屋があります。
ああどうか、あのアンポンタンな伯爵がうっかり姿を現しませんように!
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