第4話
古城のふもとには小さな街があります。
其処にはちょっとした宿があり、古くからの街並みには殆ど手が加えられておりません。ヨーロッパの素朴な小田舎を体感できる場所となっております。
要するにこれと言って遊ぶところも無いクソ田舎なのですが、美しい街並みはそれだけで目を楽しませてくれますし、どうせこんなところに足を運ぶ観光客は「古いものがそのまま残っている伝統的なところって素敵」なんて気取って言いやがるので、これ以上の開拓は望まなくてもどうにかなるのでしょう。
そんな街の小さな宿で、小夜子はずっと昼間の出来事を考えていました。
少し硬めの、お世辞にもいい寝心地は提供してくれないようなベッドに横たわり、ゆらゆらと揺れる天井の明かりを見詰めます。
(あの男性は一体何者だったんだろう。何故あんな地下の暗がりに一人で居たの?それにあの部屋には鍵がかかっていて、私が入るまで誰も居なかった筈なのに……)
一度気になるととことん気になってしょうがないタイプです。こうなるともう、疑念の迷宮から抜け出せません。
(よく見えなかったけど、色白で素敵なおじ様だったわ。大分年上だったけど、容姿端麗であればお年を召した殿方も嫌いじゃないわ。お召し物も、まるで数世紀前の紳士のように上等な物だったし。なんというか……只者ではない感じ)
あの男性に随分な無礼な口を叩かれたにも拘らず、何故か小夜子の頭の中は、あの妙な男性の事でいっぱいです。
昔から奇妙なものに惹かれるタチです。古城の閉ざされた地下室に一人佇む紳士のような初老の男性。なかなか巡り合えない珍奇なシチュエーションです。
(明日もあのお城へ行けば、あの方に会えるかしら?)
愛用のツゲの櫛で髪をとかした後、余程宿泊客を安眠させたくないであろう寝心地の悪いベッドに入り、瞼を閉じます。
(兎に角明日も行ってみましょう。何か面白いものが見付かるかもしれない)
翌朝小夜子は昨日よりずっと気合の入った目覚めを感じました。無愛想なベッドのせいで背中が痛いのも気になりません。
髪を整え、とびきりお気に入りの黒いワンピースに身を包み、軽い朝食を済ませた後宿を出ます。
ヨーロッパのクラシカルな街並みにゴスロリ少女は良く似合うのですが、現地の人から見れば偉く浮世離れした奇天烈な装備でしかありません。
すれ違う人は皆じろじろと怪訝な視線を向けます。
それがいい視線なのか悪い視線なのかは判断に苦しみますが、少なくとも『変な格好をした異国の少女』相手に、わざわざ喧嘩をふっかける猛者は居ないようです。
もしかすると現地の人々は、ちんどん屋でも見るような気持ちで小夜子を眺めていたのかもしれません。
最も今の小夜子にとって、そんな現地人の視線など気に留める対象ではなかったようです。
好奇の目を潜り抜け、足早に昨日の古城へ向かいます。
一度足を運んだ場所ですから、昨日よりずっとスムーズに古城へ辿り着けます。お気に入りのストラップ・シューズで歩いても、昨日程足の疲れを感じません。
寂れた古城には相変わらず他の観光客の姿はなく、貸し切り気分で捜索できます。
さて、この広い古城、どこからガサ入れしましょう。犯人はまず現場に戻ると言いますから、やはり昨日彼と出会った、あの地下室へ行くのが宜しいでしょう。(何時からあの男性が犯人になったのだ……)
昨日より晴れやかな朝の太陽に照らされて、じめじめとした地下への階段も、心なしか明るく感じます。逸る気持ちを抑えて階段を下る状況は、まるで宝探しのようです。
しかし、例の地下室へ辿り着いても、お宝は見付かりませんでした。地下室はもぬけの殻。誰も居やしません。
「あのー」
声をかけても返事ナシ。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
しいんとした地下室に、小夜子の声のみが響き渡ります。
「昨日こちらにいらした、ちょっと小粋で素敵なロマンスグレーのおじ様はいらっしゃいませんかー?」
お世辞を交えて呼んでも、勿論誰も出てきません。
「居なくなっちゃったのかしら……」
落胆した様子で、更に埃っぽい地下室の奥へと侵入します。そして昨日、あの男性が佇んでいた棺桶の前まで足を運びます。
「あっ!」
ある一点を除いては、昨日と同じように放置されている棺桶を見て、声をあげます。
「やっぱり開いている……」
昨日部屋に入った時には確かに閉じていた棺桶の蓋が、しっかりと開いているのです。
「見間違いじゃなかったんだわ。やっぱりあの時、棺桶の蓋は開いていたのよ。でも、一体誰が開けたの?」
棺桶の周りには朽ちた縄と、香草、そして大蒜の欠片。どれも昨日、小夜子がすっ転んだ拍子に散らばったままの状態です。
「確かにこれを壊してしまったのは私よ。でも棺桶の蓋は開けていない。私それ以上触ってないもの。だとすると……」
考えられるのはあの男性だけです。だって昨日、小夜子以外でこの部屋に居たのは、あの男性ただ一人だったのですから。
「やっぱり謎の男だわ。見てらっしゃい、今日は絶対に彼を見付けて、彼が何者なのかを発いてやるから」
一体何を見せてくれるのかイマイチわかりませんが、ますます謎が深まる男性の秘密を、どうにか探りたくてたまらないようです。
よっしゃ。と小さく気合を入れた後、地上へ続く階段を小走りで駆け上がります。
それから幾つもの部屋を回ったでしょうか。
大小様々な部屋をしらみ潰しに覗いて行きましたが、残念な事にどの部屋にもあの男性の姿はありません。
残すところは城の最上階、厳重な扉で閉ざされた最後の部屋のみです。
扉へ手を伸ばしたその時です。
「また君かね」
背後から低い声で語りかけます。声の主は小夜子が散々探し求めた、あの男性でした。
「キャッ」
「素っ頓狂な声を出すのではない」
「御免なさい。あんまり気配を感じなかったのもですから……無言で背後にお立ちになるなんて、私がデューク東郷だったら撃ち殺している頃でしたわよ?」
「また訳の分からない事を……娘、何故此処へ来た?」
「何故って…観光ですわ」
「観光?」
「ええ、私日本から旅行に参りましたの。こちらのお城は観光客に開放されていながらも、余り混雑していない穴場スポットだとお聞きしていまして……でも今日此処へ来たのは観光だけでは御座いません。貴方に会いに来たのです」
「私に会いにだと?」
「あっ、急に変な事を言ってしまって御免なさいね。その、私昨日貴方とお会いしてから、どうも貴方の事が気がかりだったのです。どうして昨日あんな地下室にお一人で居らっしゃったのか。それに昨日、貴方は此処が自分の城だとおっしゃいましたでしょう?それについても詳しくお伺いしたくて……貴方はこのお城の関係者さんですか?」
息つく間もなく喋り続ける小夜子を見て、男性は少し困惑したような表情を見せつつも、口を開きました。
「娘よ。私も君に聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「君は東洋の生まれと言っていたが、どのようにして此処まで来た?奴隷船にでも乗せられて売られたのか?」
「おじ様は痴呆でいらっしゃいますのでしょうか?」
「なんだと」
「言ったでしょう、観光で来たのだと。奴隷船だなんて失礼しちゃうわ」
「いつ誰が許可をした?此処は私の城だ。この城へ入れるのは私と私が見初めた人間だけだ。それなのに観光だと?笑わせるな。東洋の娘、此処がどれ程人間に忌み嫌われている場所か判っていないようだな」
男性はまるで脅すような口振りです。
「娘……君はわざわざ、私に会いに此処まで来たと言ったな?」
「はい、その通りです。でも自惚れないでくださいましね。確かに貴方とお会いする為に今日も此処まで足を運びましたが、半分は昨日回りきれなかった観光をする為ですから」
軽く憎まれ口を叩く小夜子を後目に、男性は言います。
「まだ観光などと腑抜けた話をするのか!いいか娘。これが最後の忠告だ。帰れ、そして二度と此処へは来るのではない」
非常に高圧的な対応に小夜子は思わずカチンと来ました。だっていくらマイナーとは言え、一般公開されている土地に観光客が来て何が悪いのですか。
そもそもこの男性、あたかもこの城が自分の所有物みたいに語っていますけど何者なのか素性すら判りません。
そんな謎だらけの男性に来るなと言われても大人しく引き下がれないでしょう。
「言わせて頂きますけど、貴方に私の行動をとやかく言う権利は御座いません。私は私の意志で行きたいところへ行くのです。それの何がいけないと?私はこの城を見たくて、わざわざお金を貯めて日本から来たのです。貴方に帰れと言われても、帰りません。それも私の意志で決めますから」
食い下がる小夜子に男性は更に気を悪くしたようです。しかしそこは紳士なのか、先程のように高圧的な態度は取らず、むしろ落ち着いた物言いで小夜子に語りかけました。
「そこまで言うなら仕方がない。帰りたくないのなら此処に居たまえ。しかし一つ話をさせて貰おう。私の部屋に来ないかね?」
小夜子は暫く口をポカンと開けていましたが、悪い人ではなさそうなのでこの誘いに乗る事にしました。
万が一何かされそうになったら大声を上げて逃げるようにと、それだけは胸に刻んでおきましたが。
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