014.最長筋の準備はお済みですか?
レオ様と獣王が、私の花婿の座を巡って勝負する事が公になった。
本来であれば婚約者のいる女性を奪う事は忌避される事。それを私が異世界人だからという理由で強引に奪おうというのだから、自分の行いを正当なものとする為に、私が望んだ勝負を一も二もなく獣王は受け入れた。
正式な日付、勝負内容、公平な審判を下すという名目で魔族が間に入る事も同時に知らされた。
獣人達はこぞって不平不満を口にした。それはもう遠慮なく魔族を罵った。
曰く、番は運命なのだからそれを邪魔するなと。さすが番至上主義な獣人よね。主張が簡潔。
それに同調したのが、獣王の持つ利権の恩恵を望むフィルモア王国の一部の貴族達。もっともらしい言葉に始まって、あれこれと理屈を付けて私が獣王に嫁ぐ事を望んだ。
それも、サーシャ殿下が異世界の人間を自国の利権に巻き込もうとする恥知らずなどはおらぬと思うが、と皮肉たっぷりに言ったから黙らざるを得なかったけど。
あの隠す気皆無な腹黒さは、むしろ潔いわね。
魔族との関係性が悪化する方が、フィルモア王国としては国益を損なうらしく。貴族達はお口チャックよろしく、とっても大人しくなりました。
それは、サーシャ殿下に言われたからだけでなく、公開された勝負内容が明らかに獣王にとって有利だった所為もある。
王家はアロウラス家の顔を立てる為に勝負と言う形を取ったのではないかと言う者もいた。都合良く解釈するものねぇ。幸せな頭ね。
「まったく、何という恥知らずなのでしょうか……!」
あれからアイリスはぷんすかぷんすかしている。
元が可愛らしいので、怒っていると表現するより、膨れているように見える。ぷんすかしてる、の方がぴったりって言うか。
「あんまり怒ると美容に悪いわよ」
「当事者のリサ様が怒らないので私が怒っているのです!」
とまぁ、私まで怒られている訳だけど。
王太子も、サーシャ殿下も私の為に動いてくれるだろうと思う。
でも、そう上手くいかないのが人生ってものよね。
最悪のパターンを想定して、替え玉になりそうな子でも見つけておこうかしら?
あ、でも匂いで分かるんだった。
窓の外を見る。
レオ様が部下を相手に訓練している姿が見えた。
あの夜会の翌日から、婚約者という立場が保留にされて、近付く事すら出来なくなった。
遠く離れても分かる筋肉の盛り上がりに、やはり私にはレオ様しかいないと確信する。
獣王も筋肉はあるのよ。美しい顔でもあるのよ。
でも違うのよ。
「レオ様の筋肉じゃなきゃ嫌なのよ!」
「……そこは、筋肉だけじゃない、とおっしゃるべきかと思います……」
アイリスが呆れたような顔で私を見るので、笑顔を返す。
視線をレオ様に戻す。
勢いとヤケもあって、勝負して下さいなんて言ってしまって、後悔もあるにはある。
ようやく手に入れられそうになった幸せを、訳の分からん奴に引っ掻き回されて奪われるなんて。
悲劇のヒロインになりたいとかじゃなきゃ、喜ばないわよ、こんな状況。
あの時の私が思い付けたのが、筋肉同士のぶつかり合い、っていうのがまた情けないって言うか。己の煩悩と俗物さを嫌という程感じた瞬間だったけど、サーシャ殿下には褒められたから、最悪な手段ではなさそう。
……と思いたい。
レオ様が怪我をしたらどうしようって。騎士団長だから怪我には慣れてるとは思う。でも、痛い思いなんかさせたくない。
あの完璧な筋肉は鑑賞だけでなく、機能美も備えているとは思うけど。
もっと、良い案を思い付けたなら良かったのに。
「大丈夫ですよ、リサ様」
アイリスが優しく微笑んでくれて、少し気持ちが和らぐ。
「アロウラス様は人間離れしておりますから」
……褒めてるのよね?
*****
私の思いなんてお構いなしに時間は着実に経過して、朝は来るし夜にもなるし、普通におなかも空くし眠くもなる。
とことん私と言う人間は丈夫に出来てるなと感じる。
今日はレオ様と獣王の初戦が行われる日。弓を使った勝負で、どちらがより多く、より大きい獲物を仕留められるかを競う。
狩りだから夜明けと共に始めるらしく、私が目覚めた時には二人とも既に出発していた。
私に出来る事は待つだけ。
「リサさんを巡ってイケメンと野獣が勝負とか!」
暇を持て余しながら待っていた私の元に聖女ちゃんことアユミちゃんがやって来た。暇なのかしら? それとも行き詰まってるのかしらね?
そう尋ねると、口を少しだけ尖らせる。
野獣ってレオ様の事よね、きっと。ツッコミ待ちだろうからここはあえて大人気なくスルーよ。まったく、誰が野獣だって言うのよ。あの完璧な筋肉の持ち主を捕まえてケダモノだなんて、失礼にも程があるわ。
「違いますよ、勝敗の行方が気になって集中出来ないから来たんです」
「やる気が出ないって事ね?」
「言い方!」
実際私も何をやっていても集中出来なかったから、アユミちゃんが来てくれたのはありがたかった。
「リサさんは愛の力を信じてます?」
「……JKだし、やっぱり頭の中が楽観的なのかしらね?」
「本音漏れ過ぎ!」
あったら良いなとは思うけど、そんなの話の中にしか存在しないって事を理解するぐらいには、大人なのよね。
「自分で勝負して欲しいって言ってしまったけど、レオ様が怪我をしないで欲しいわ」
それが今の私が思う事。
「はぁ、愛を知る女って奴?」
アユミちゃんが変なツッコミを入れるから思わず笑ってしまう。
「若いわねぇ、ホントに」
私が言うのも何だけど、全部恋愛に直結するのがJKらしいっていうか。
それからはアユミちゃんの話を聞いていた。
結界は、最後の最後が上手くいかなくて煮詰まっているらしい。まぁ、今はまだ前の聖女が張った結界があるから焦る事もないんじゃないかしらね?
急いては事を仕損じる、じゃないけど、焦って失敗するのが一番良くないし、その為の猶予期間を持って王太子は聖女を召喚してるんだから。
「そうなんですけど」
アユミちゃんは真っ直ぐな性格だと思う。
腹黒王太子にアレコレ言われて凹んだりするぐらいだし。
強かというか、ずるい子ならもっと上手くやるんだろうに。そんな事も思い付かないし、考えようともしないで、こうして一生懸命に、自分とは関係の無い人間を守る為の結界を張る努力をしてる。
義務なんて無いのにね。
「アユミちゃんなら必ず出来るわよ」
私がそう言うと、アユミちゃんはそうですか? と、少し照れた様子で答える。
「それに、早く結界張って、団長と獣王の戦いを見学したいんですよ」
「結界関係なく観れるでしょう?」
「そうですけど、終わらせちゃって、リサさんと一緒に応援したいんです」
イケメン獣王を間近で見たい! と鼻息荒く本音を口にするアユミちゃんに、苦笑する。
「リサ様、そろそろお支度を」
フィルモア王国は今、お祭り騒ぎだ。
レオ様と獣王の勝負を魔族がお祭り騒ぎにしてしまったのよね。
二回戦目、三回戦目が行われるのは王都の外れにある闘技場。
闘技場周辺も、メインストリートも、とにかくあちこちが飾られているし、勝負を見物する為に周辺諸国から暇を持て余した王侯貴族達が訪れてるって言うんだから嫌になるわね、人事だからって楽しみ過ぎよ。
でもこれはわざとなんだって分かってる。
サーシャ殿下は諸国から人をフィルモア王国に入れて、獣人達が強引に事を進めようとするのを防止しようとしてるのだと思う。
アイリスが教えてくれたけど、獣人と魔族って、ホント合わないみたいね。争いが起きてフィルモア王国の人達に被害が及ばないといいけど……。
今回の勝負を肯定的に受け入れている獣人もいれば、そんなものは必要無い。今すぐ番(私)を連れて帰るべきだ、と言う者もいるんですって。
私の意思とか、完全無視よねぇ。正直に言うと腹が立つわね。
肝心の獣王の方はと言うと、レオ様と同じ扱いで私に近付く事は許されていないけど、毎日毎日贈り物をしてくる。レオ様からは来ないけど、そんなのは全然構わない。
アイリスは獣王に対して、このような事ばかり考えているなんて、勝負を馬鹿にしているのでしょうか、と怒るんだけど、レオ様の事は花の一つも送って来ない朴念仁と言ってて矛盾が激しい。
景品としてそれなりに着飾らされた私は、一緒にいたアユミちゃんと共に闘技場に向かう。
闘技場にレオ様と獣王が狩りの獲物を持って来る事になっている。
「リサさんって、本当美人ですよね」
着飾った私を見てアユミちゃんが言う。うっとりした顔で。
「人間は顔じゃないって言いますけど、そんな事ないと思いますよ。獣王じゃなくたって一目惚れしますよ」
アイリスがうんうん、と頷く。
「レオ様の筋肉以外に用はないわ」
「リサさん、そこはレオ様以外に用はない、って言いましょうよ」
アイリスもアユミちゃんも、こうなるまではレオ様と私の事をやんわりと否定するような事を言っていたのにね。
もっとも、二人とも心から反対してなかったけど。
「馬鹿ね、健全な精神は健全な肉体に宿るのよ? 私の中で筋肉は絶対に外せないものだけど、心も大事なの」
「それだと獣王も健全な精神じゃ?」
「滾ってきた気持ちを発散させる為に走っちゃうレオ様と、強い子孫を残す為に何人もの妃を嫁にしている獣王のどっちが健全かなんて、言わずもがなでしょう」
獣王には妃が沢山いる。
もし私が獣王の元に嫁いだなら、彼女達はどうなるんだろう? 番だから仕方ないと頭では理解しても、心まで受け入れられるものなのかしら。
獣人の国は世襲ではない。でも獣王がやろうとしてる事は、己の血を分けた子供に王位を継いでもらいたいからだと思うのよね。父王がそうしたように。……あの獣王の見た目だと、そうじゃなくて女性側がどんどん押し寄せた可能性も無くはないけど。
「あー、それ、分かります。そういうものだって言われても理解出来ませんよね。番がとか言う癖に、ハーレムありなの?って思ったもん」
獣人が強さを求めるのは本能だろう。番を求めるのも本能。彼らはひたすらに本能のままに生きている。
だから強い獣王に獣人の女性が惹かれているのだとしら無理もない。
そこに矛盾はないの。
そう言うものだと分かっても、受け入れられるかどうかは別の話よねぇ。
到着した闘技場で、景品に用意された席に座る。
サーシャ殿下とうちの王太子も私より少し後に入って来た。ご機嫌な様子のサーシャ殿下とは反対に、王太子は笑顔こそ浮かべているものの、明らかに不快そうだ。
知らない人が見れば、キレイな笑顔にしか見えないのが凄いと思うわ。内心の気持ちを押さえ込んで笑う。
王侯貴族も楽じゃないわね。
闘技場の観客席は人で埋め尽くされていた。
娯楽が多いとは言えない世界で、隣国の王とこの国の騎士団長の戦い。しかもそれが一人の女を巡って、なんて、他人事ならそれなりに楽しいだろうと思う。
「うっわ……」
ここまでとは思ってなかったのだろう、アユミちゃんは闘技場内の雰囲気に呑まれて、言葉を失っていた。
三十分程して、銅羅のような物が打ち鳴らされ、レオ様と獣王が闘技場に入って来た。観客達の歓声に、闘技場が包まれる。
獲物を載せた荷車もやって来て、二人の後ろに獲物を置いていく。狩りの結果だろうものが山になっていく。
どちらの山もそれ程変わらない。
ホッとする。
司会を務める魔族が、この勝負の説明をしてる。
私の意識はレオ様に向かってて、司会の言葉は耳に入っては右から左に抜けていく。
怪我はしてないかしら。
あの染みは獲物のものなのかしら。それともレオ様の血? 距離が遠くてよく見えない。それでも、少しでも見ていたくて、レオ様を見る。
レオ様は顔こそ俯いていないけど、厳しい表情をしていた。その様子に不安になってくる。
司会の魔族がカウントするたびに、二人の後ろにあった獲物が、私に見えるようになのか、前に置かれて、積み上げられていく。
レオ様の方が数が多くて、テンションが上がってくる。
いやいや、獲物の大きさとか、難しさも考慮に入れるって言ってたし、と、はやる気持ちを抑えようとしていたとき、荷車が入って来て、獣王の後ろに獲物を落としていった。レオ様には追加はなかった。
一度上がった気持ちはどん底まで突き落とされて、司会のカウントする声も耳には入って来なかった。
結果は獣王の勝ちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます