013.下腿三頭筋には定評があります
フィルモア王国と縁のある魔族の国 エルスネア王国の王太子 サーシャ殿下と対面した。
魔族というからさぞかし血色悪いとか、五人ぐらい人を殺してそうな顔とかを想像していたんだけど、普通。
人と違うなと思うのは、耳が尖ってる事と、身体の大きさ。獣王も大きいと思ったけど、サーシャ殿下も大きい。
それともあれかしら。王族とかになると魔力がうんぬんとかそう言うので大きいのかしら?
あぁ、あとは目が真っ赤な事ぐらい?
「我の目が珍しいか? 娘」
「はい、初めて見る色だったもので」
お辞儀をする。
「大変失礼致しました、殿下」
「良い。座れ」
「はい」
殿下の正面に座る。うちの腹黒王太子も座る。
眉間に皺が寄ってるわね。まだ怒ってるのかしら?
サーシャ殿下はそんなのお構いなしに話し始める。
聞けばこの二人、幼馴染みらしいのよね。
「そなたの提示した獣王と騎士団長の勝負は、面白そうだからな、公平性と言う名目で我ら魔族が仕切る事にした」
面白そう、って言っちゃったから公平性もへったくれもなさそうだけど。
魔族は獣人に悪感情なんかは抱いていたりしないのかしら?
「遠く離れた場所で起きた、過去の魔族と獣人の諍いの事なら我らとは無関係だ。安心せよ」
魔族は心が読めるのかしらね? イメージとしてはあり得そうだけど。
「勝負は三回戦。一回戦目は弓による勝負だ。共を付けずに、弓で制限時間内にどれだけ獲物を獲ってこれるかを競う事になる」
なるほど。
「二回戦目は闘技場で剣による戦いを行なってもらう。模擬刀ではない。三回戦目は闘技場で己の肉体のみで戦う」
剣で戦うなら三回戦目の方が白熱しそうだけど、二回戦目に持ってくるって事は、サーシャ殿下も獣王が勝つと思っているのよね。二回戦まで勝ち進んだ獣王が、三回戦目に相手国の面子を考えて手を抜く事を考えると、二回戦目に剣での戦いを持ってきて真剣に争わせた方が観客としては面白いって事よね、きっと。
「模擬刀でも良いのではありませんか?」
獣王はどうでも良いけど、レオ様が傷付くのは嫌なのよ。自分の為に戦って欲しいとか言っておきながら矛盾してるけど。
「模擬刀では、あの二人は開始早々に破壊する」
あー……そっちの心配なのね?
「命を狙うような真似をした場合は反則と見做し、即刻勝負は終了となる。それ以外にも危険と見做す行為は禁止だ。獣人は魔物と戦う事が多いからな、攻撃が直接的過ぎるのでな」
目潰しとかそういう事かしらね? 見た事ないけど、魔物相手になら遠慮はいらなさそうよね、確かに。
今回はそうじゃないから、重要だわ。
「獣王を決定する為の戦いは、どんな形で行われるのですか?」
「ルールなしだが、手段を選ばない行動を取った場合は、勝利こそ得ても恥ずべき事とされるし、臣下は命を聞かぬと聞く」
じゃあ、卑怯な手を使わずに戦う事にはそれなりに慣れてる、って事よね。残念。レオ様に少しでも有利になったら良いのに。
「何を考えてる?」
ずっと黙っていたお兄様。やっと口を開いたと思えば、まだそこを引きずってるの?
「申し上げたままです」
「だが……!」
「お兄様、誤解なさってませんか?」
「誤解?」
怪訝な顔で聞き返してくる。
「お兄様は流石と申しますか、生粋の王族ですから、仕方ないのかも知れませんが」
「何が言いたい?」
「私はレオ様の妻以外になる気はありません」
あの場では言えなかったけどね。さすがに。
「どう言う事だ?」
頭がついて来ないって事ではなくて、そもそもその発想がないから思い付かないのよね、きっと。
隣に座ってるサーシャ殿下はにやにや笑ってる。こっちは分かってるっぽいわね。
「レオニードが負けた場合は、自分の世界に帰ると言っているのだ」
「はぁ?!」
あ、やっぱり頭の片隅にもなかったのね?
「何を驚く?」
サーシャ殿下は優雅に紅茶を飲む。私も飲む。咽喉が乾いてたから美味しいわ。
「この娘はこちらの世界の人間じゃない。ここに残ると決めたのはレオニードと婚姻を結ぶ為だ。バシュラに惚れた訳ではない。番だなんだと入れ上げているのは獣王だけであろう」
いや、だがしかし、とモゴモゴと口ごもる殿下に、サーシャ殿下が止めを刺す。
「おまえの国の為に犠牲になる義務はこの娘にはない」
決定打を食らった殿下は背もたれに寄りかかって放心している。多分、王太子として出来る事をアレコレ考えてくれたんでしょうね。ごめんなさいね?
「聖女ならば結界を張った報酬があるだろうがな、この娘は聖女でもないのだ。義務も権利も無い。むしろそなたの仕事を手伝っていたのだから、そなたはその分の報酬は払わねばならんな? 言ってしまえば聖女にも義務はないがな。
そなたの国の貴族がこの娘に対してとやかく言える権利は無い。誰もがなろうとしなかった騎士団長の妻になろうとしてくれた他の世界から来た人物を、国益の為に売り渡すような非人道的な国、とレッテルを貼られそうになったのを、勝負を持ち掛けて回避してくれた事に感謝すべきではないか?」
そこまでは全く思い付いてなかったけど、意外に人道的な視点がこの世界にもあるのね?
「バシュラに関して言えば、番だからな、獣人は受け入れるだろうし、他の国も獣人の番狂いがまた始まったか程度のものだろうがな。あのバシュラが、という意外性に驚きはあるだろうが、獣人の本能には逆らえないのだと思うぐらいか」
呆然としていたうちの腹黒王太子は、ハッと我に返ったように話し始めた。
「レオニードが勝てば良いが、どう考えても分が悪いだろう。帰るにしてもどうやって帰ると言うんだ」
「そなた、意外に馬鹿なのだな」と、サーシャ殿下が呆れた顔で言う。
「その為に我がいるのだろう」
その一言で何かを察した殿下は、目を大きく見開いた。
「だが、もし関与がバシュラに知られればただでは済まないぞ?」
まぁな、と鷹揚にサーシャ殿下は頷く。
「元より魔族と獣人は相性が悪い。そもそも、番探しだなんだと我が国に出入りする
魔族も本能的なのかと思っていたんだけど、違うのかしらね?
私の疑問に気付いたのか、サーシャ殿下は私を見て言った。やっぱり心が読めるのかしら?
「本能の意味合いが異なる。我らの言う本能とは、より強き者を求める事を言う。臭いだか何だか分からんものに思考を支配されるような愚挙はせぬ」
これは、本当に相性が悪そうね。
かたや匂いで運命感じてしまう獣人と、強さこそ全ての魔族。同じ強さと言っても似て非なるものなんだわ。
人族は聖女に結界を張ってもらう。獣人は侵入してきた魔物を実力で排除する。魔族は確か王が結界を張ったり、獣人と同じように迎え撃ったりと、国によって方針が違うってこの国の事を教えてくれた先生が言ってたわね。
「我ら魔族からすれば獣人共の番騒動にひと泡吹かせる事が出来るし、罪は我らが被る。そなたの国は面目を保てようし、我はそなたに借りが作れる」
うちの王太子、腹黒だと思ってたけど、その上を行く強者がいたわ。さすが魔族。潔いぐらいに腹黒いわね。
王太子はサーシャ殿下をじっと見つめていたかと思うと、目を閉じてため息を吐いた。
「後で文句を言っても聞かんぞ?」
「言わぬ」
「だろうな」
仲良さそう、この二人。
サーシャ殿下は私を見て笑った。
「娘、獣王が勝った際には、我がそなたを匿おう。獣王が探している間にそなたを元の世界に戻せば良い。それで構わんな?」
「ご厚意に感謝申し上げます」
王太子やレオ様に迷惑をかけずにどうやって
最後までレオ様を応援するわ、勿論ね。
信じる気持ちはあるの。でもそれとこれは別よ。
リスク管理は社会人として当然だもの。
そう、レオ様が獣王に勝つのがベストよね。
でもその可能性は低い。そうなると私は好きでもない男の嫁にならなくちゃいけない訳よ。意味不明よね。そんなのなりたい訳ないでしょ。王だからなによ。イケメンなのは認めるけど、好きじゃないんだから、どうしようもないわ。目の前に好きな男がいるって言うのに。何で好きでもない男の物にならなきゃいけないのよ。
筋肉は必須だけど、誰でも良い訳じゃないの。返す返すも重要なポイントよ。
確かに獣王はマッチョではあったけど、私の理想とする筋肉のつきかたじゃないし、私はレオ様が好きだし、レオ様の嫁になりたいのよ。
大体、いくら私が番だろうが何だろうが、既に妃が沢山いるような男なんてまっぴらごめんよ。
私だけとか言われたってね、王なんだし、額面通りになんて受け取れる筈もないわ。
顔を真っ赤にさせて、私に自分の言葉で愛の言葉を告げてくれたレオ様が良いのよ。
本能だか運命だか匂いだのなんてクソくらえよ。
私が求めてるのは、そんなよく分からない感覚じゃない。運命に憧れる気持ちはあるわよ?
でもね、運命は自分の手で掴み取るものよ。
私が望むのはレオ様の嫁! それ以上でもそれ以下でもないの。
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