【閑話】舞台を整えよう<王太子の幼馴染視点>

 フィルモア王国の王太子であるアンドリューは、珍しく眉間に皺を寄せている。苛々とした様子で、指でカツカツと机を叩いている。頭の中を整理したい際にこの仕草をする。

 日頃、飄々としているこの男が、これ程あからさまに態度に出す事も珍しい。正直に、面白い。


「王太子としての立場は煩わしいか?」


 ちらりと非難するような視線だけ寄越すと、また考えごとを始める。魔族の王太子である我をそっちのけで。無礼な態度ではあるが、幼馴染と言う間柄がそれを許そうと言う気にさせる。

 魔族は寿命こそ長いが繁殖力が弱い。ようやく生まれた後継者の身を案じた父王が、幼い我を隣国のフィルモアに預けたのが二十五年程前。

 王族として相応しいだけの魔力を発現した後、自国に戻ったが、それからもアンドリューとの交流は続いている。


「何を考えてリサが勝負などと言い出したのかが分からん」


 人族の結界を生成する聖女の召喚に巻き込まれただけの女を、酔狂にもアンドリューは義妹として王室に迎えた。

 従兄であり騎士団長であるレオニードの伴侶にすべく。

 無能嫌いのこの男が気に入るだけの才を持つ女なのだろうと言う事は、その扱いを見ていれば分かる。


「異世界人だから余計に思考が図りにくい、か?」


 いや、とアンドリューは短く否定すると、唸るような声を出す。


「アレは愚かではない。あのままでは獣王の思い通り事が進むのを忌避しての発言だろう事は分かるが、いくらレオニードが強いとは言っても、実力で王の座を勝ち取ったバシュラに敵う訳がないのだ」


「ほぅ……」


 なるほどな、と思った。

 何をもってそんな愚挙に及んだのかが分かった。


「……面白そうだ」


 嫌そうな顔を向けてくるアンドリューに、笑いかける。

 そなたには分かるまい。いつも勝ち続けてきたアンドリューにも、バシュラにも、リサという女の気持ちは。


「我が間に入ろう。勝負は三本。二本取った方が勝ちだ。審判は我ら魔族が行う。これなら公平だろう。

獣王も不正は出来ぬし、レオニードも出来ぬ」


「……何を考えてる?」


「魔族が余興に飢えている事は知っているだろう。ただの暇潰しだ」


 眉間に皺を寄せながら、アンドリューはため息を吐く。


「そのリサとやらは獣王の番で間違いないのか?」


バシュラにしか分からない。だが、バシュラが嘘を吐く理由が無い。例えリサが番ではなかったとしても、レオニードは姫を娶る気は無いからな。リサが優秀だとしても、わざわざレオニードから奪う必要はない。異世界人でこちらの世界では後ろ盾などないのだから」


 例えアンドリューが後ろ盾になったとしても、レオニードの妻とする為の養子縁組である事は明白であり、王女として嫁いだとしても、フィルモアには利があっても、バシュラには無い。


「バシュラとは思えない程に、溶けた顔をしていた。あの獣王が」


 誰にも跪いた事のなかった獣王が、求婚する為にリサに跪き、溶けるような甘い顔、声でリサから離れようとしなかったと言う。

 バシュラの視線はずっとリサにだけ向けられていたと。

 話し合いの為に集まった際にも、リサに触れようとして、それを止めた侍女に対して不快そうな態度を隠さなかったのだと言う。


「番のようだな」


 アンドリューが頷く。


「まぁ、何にせよリサが望み、レオニードも受けると決めたのだから、そなたも覚悟を決めよ」


「……人ごとだと思って言いたい放題だな」


「実際、人ごとだからな」


 楽しくなりそうだ。

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