6
これでふたりきりになる約束も無事に達成できたし、あとはデザートを食べたり、プレゼント交換をするだけだ。今夜はなんだかやけに離れがたい気持ちだけれど、田屋とは会いたいときにいつでも会える。改めてふたりきりにさせてくれたみんなに感謝しながら、襖の前で待ってくれていたマルちゃんと三人で母屋に続く廊下を歩いた。
「見て、スミレ、ミノル! 勝手に出しちゃったケド、ゼリーも食べごろだヨ!」
「うん! よかったあ、きれいに出来てる。おいしそう」
「僕の思いつきでしたけど、どうやら成功みたいで、ほっとしました」
「さすが料理上手のふたりダネ!」
「あはは。ありがとう」
その母屋では、テーブルのセッティングが、がらりと変わっていた。
食卓テーブルの上にはパティスリーのケーキと、冷蔵庫で固まるのを待っていたグリューワインのゼリーが置かれ、端のほうにプレゼント交換の準備も整っていた。
料理上手と褒められれば、すみれも田屋もなんだか鼻が高い。田屋が言ったとおり、マーケット会場での思いつきだったために、出来栄えが気になるところではあったものの、みんなの顔も、すみれや田屋の顔も、出来上がったゼリーにぱっと輝く。
そうして盛大に褒めそやしてくれるみんなの輪に加わると、パーティーは再開した。
まずはプレゼント交換をしようということになり、くじ引きの順番をじゃんけんで決めた結果、すみれは四番目、田屋は七番目に引くことになった。誰かが音源を用意してくれたのだろう、賑やかなクリスマスソングが流れる中、みんなでサンタ帽やトナカイのカチューシャを付けて、わいわい、がやがやとくじを引いていく。
クッキー缶や、マフラーと手袋のセット、バスボールと入浴剤の詰め合わせが引き当てられ、次はすみれの番だ。箱からカードを引き、その番号と同じカードが付いたプレゼントの包みを開けると、中にはふわふわもこもこのブランケットが入っていた。
有名な雑貨ブランドのもので、さすがの手触りだ。誰が当ててもいいように選んだのだろう、オフホワイト一色のシンプルなそれは、去年もらったスリッパと同様に、これからが本番となる寒い冬を足元から温かく包み込んでくれることだろう。
「いいなあ。すごくあったかそうですね」
「ふふ。大判みたいですし、ふたりで使っても、じゅうぶんそうですよ」
「いいんですか!」
「もちろんです」
田屋に見せると羨ましそうに言われて、すみれは思わず笑ってしまう。
この中では一番の年上になる田屋は、自然とみんなのお兄さん的な立ち位置になることが多く、普段は、もともとの落ち着いた雰囲気もあって、なにかと頼られている。けれど、こういうときも、野草を見つけたときやフィールドワークのときのように一気に少年の顔に戻るらしい。ふたりで使おうと提案したときの顔の輝きぶりが、本当にかわいい。
ふたりで大事に使わせてもらおうと思いながら、すみれは、ふんわりとブランケットを抱きしめる。どうやら今年もすてきなプレゼントをもらったようだ。
プレゼント交換用にたくさんの中から商品を選ぶのは、予算もある中、毎回けっこう頭を悩ませる。できるだけ誰かと被るのも避けたいし、誰が引き当てるかもわからないので、手に取る商品は自然と〝誰にあげてもいいもの〟に絞られていく。
そして、みんなの手にプレゼントが行き渡るまでは、誰がどのプレゼントを選んだのかを秘密にしておくのが毎年のことだ。田屋の様子からも、田屋が選んだものではないことはわかったので、きっとたちばな荘のみんなのうちの誰かだろう。
稀に自分が選んだプレゼントを自分で引き当ててしまうこともあるけれど、そんなときは、ほかの誰かが交換してくれる。去年は確かうまくシャッフルされたはずだ。今年はどうだろうと思いつつ、さらに順番は回り、田屋の番になる。
「おお、これは……」
そうして田屋が引き当てたのは、ネイビーのニット帽だった。ツバ付きがおしゃれなキャスケットタイプで、さっそく被ってみた田屋にその色はよく似合う。
「とてもいいものをもらいました。もうだいぶ寒いので、通勤用に欲しいなと思っていたところだったんですよ。嬉しいなあ。これからうんと重宝しそうです」
「よかったですね。すごく似合ってますよ」
「ありがとうございます」
へへ、と嬉しそうに笑って帽子に手を添える田屋は、先ほどすみれがブランケットを引き当てたときと同じ、少年の顔そのものだ。こんな顔を間近で何回も向けられては、すみれも、なんてかわいいんだろうと笑顔になるしかない。
きっと、すみれが感じている以上に田屋はこのパーティーを楽しんでいるのだろう。田屋の表情や話す言葉からそれがとてもよく伝わって、すみれはますます笑顔になる。今日はなんていい日なんだろう。本当に〝楽しい〟がいっぱいだ。
「わあ、カレンダーだ! すごい、これ回転するヨ! おしゃれ!」
そうこうしていると、最後のくじを引いたマルちゃんが嬉しそうな声を上げた。
回転って? と気になってすみれも見てみると、日付、曜日、月を手動で合わせられる、いわゆる〝万年カレンダー〟がマルちゃんの手にちょこんと乗っていた。
左から月、日付の十の位、一の位、それに曜日の順でひとつひとつ分かれていて、どうやら、それぞれを車輪のように回転させて日付を合わせる仕組みのようだ。
卓上のコンパクトサイズながら、柔らかなクリーム色の回転部分と濃いブラウンの木製の台座もよく合っていて、置く場所を選ばないデザインをしている。
日付の数字や曜日、月に使われているフォントもシンプルながら温かみがあって、すみれも自分の部屋にひとつ欲しいくらいだ。そうしたら毎日、日付や曜日を合わせる楽しみが増えるだろう。
「よし、オーケー。これでみんな、ひととおりプレゼントが行き渡ったネ。どう? 自分が用意したプレゼントが当たっちゃった人はいない?」
マルちゃんがみんなを見回して確認を取ると、誰も手を上げる人はいなかった。代わりに手元のプレゼントを胸の前に持ち上げたり、頭の上に掲げたりしながら、満面の笑みで〝大丈夫だよ〟と応える。どうやら今年のプレゼント交換もうまくシャッフルできたらしい。すぐに誰がどのプレゼントを選んだか教え合いはじめたみんなの顔は楽しそうだ。
ちなみに、すみれが選んだのはフルーツティーのセットだった。桃をメインにウーロン茶と合わせたピーチウーロンや、シナモンとアップルをメインにアッサムティーと合わせたアップルシナモンなど、全部で四つのフレーバーが楽しめる。茶葉とドライフルーツがそれぞれセットになっていて、戻ったフルーツも食べられるということだ。
田屋はなにを選んだのか聞くと、なんと万年カレンダーだという。どうりでマルちゃんがラッピングを解いたときに特にこれといった反応がなかったわけだけれど、それにしても、どうやらすみれは、こういうシンプルかつ温かみのある雑貨に目がないようだ。
「私も欲しいです! どこで見つけたんですか?」
「じゃあ今度、一緒に行きましょう。北欧雑貨を扱っているショップで見つけたんですけど、ほかにもすみれさんが好きそうな雑貨がたくさんありましたよ」
「なるほど、北欧雑貨! ぜひ!」
「ははっ。了解です」
勢い込んで尋ねると、すぐに田屋が笑って約束してくれた。
これまで特別、北欧雑貨を集めたりはしていなかったけれど、これを機に夢中になりそうだ。どんな雑貨が置いてあるんだろうと胸をワクワクさせながら、すみれは、まだまだ選んだプレゼントを教え合っているみんなの賑やかな声に耳を傾ける。隣では田屋もそんな光景に目を細めていて、すみれと目が合うと、にっこり微笑んでくれた。
「これはしばらく盛り上がったままでしょうね」
そう言って緩く唇に弧を描く田屋に、すみれもくすりと笑う。
「毎年、こんな感じなんですか?」
「そうですね。でも、今年の盛り上がりは過去一番かもしれません」
毎年プレゼント交換はすごく盛り上がるけれど、今年は例年以上だ。それは、それだけみんながこのパーティーを楽しんでいる、なによりの証明だろう。
みんなを見ていると、楽しい、嬉しい、幸せ、大好き――たくさんの感情があふれそうなほど、たちばな荘全体を包み込んでいるのがよくわかる。その中にすみれ自身がいること、田屋の姿も当たり前にあることが、すみれをとびっきりの笑顔にさせてくれる。
「次はケーキとゼリーだ! まだまだパーティーは続くヨーっ!」
そうして、プレゼント交換でひとしきり盛り上がったあとは、お待ちかねのケーキとゼリーでデザートとなったわけだけれど、パティスリーのケーキはもちろんのこと、初めてながら、グリューワインのゼリーもかなり上出来だった。
赤、白のワインの色がとてもきれいだったし、容器の底に沈んだフルーツも華やかさをプラスしてくれて、食べる直前に皿にひっくり返したときのみんなの「おお……」というどよめきは、すみれと田屋をちょっとだけ得意げな気持ちにさせてくれた。
ちゅるんと喉をとおっていく感覚もまた心地よく、さっきあれだけ食べたのに、あっという間に皿の上から消えてしまう。
夏にはよく、サイダーやオレンジジュースなどを使って、おやつにゼリーを作ったりもしているけれど、これもそのメニューのひとつに加えてもいいかもしれない。
できるだけアルコールを飛ばしてワインの風味だけを残してもいいだろうし、今回のように晩ごはんのデザートに出すなら、中に入れるフルーツを夏が旬のものに変えて同じ作り方をすればいい。スパイスも、もっと工夫してみたい。
そこにミントやホイップクリームを添えれば、ぐっと夏らしいゼリーになること間違いなしだ。それに夏は野草の季節でもある。田屋に教えてもらいながら野草や野花で目でも楽しめるように飾りつけたら、すてきな一品になるだろう。
「もしかしてすみれさん、夏にもいいかも、なんて思ってます?」
「え、なんでわかったんですか?」
「そんな顔をしてましたよ。当たりですか?」
「……当たりです」
田屋にぴたりと言い当てられ、それを聞いていたみんなに「やっぱりスミレだなー」と茶化される一幕もありつつ、いよいよパーティーは終盤に差しかかっていく。
やがて食卓テーブルの上が空になった食器だけになると、みんな満足げな表情を浮かべながら「楽しかったナー!」「スペシャルなパーティーだったネ!」などと口々に言い合い、楽しい楽しいクリスマスパーティーはそこでお開きとなった。
食器の片付けは今度は任せてもらうことにして、すみれは、交換したプレゼントを持って自室に戻っていくみんなの姿を見送る。残ってくれた田屋とさっと食器の片づけを終えると、明日シフトが入っている田屋を送るため、一緒にたちばな荘の外に出た。
外の空気は頬を刺すようで、今にも雪が降りはじめそうなほど、冷え込んでいる。
「今日はすごく楽しかったです。みんなが作ってくれた料理も、たくさんの〝おめでとう〟も、すみれさんのや、交換したプレゼントも、全部全部、僕の宝物になりました」
ほうほうと白い息を吐きながら、田屋がにっこり笑って言う。
「私もです。今日のことは、きっと一生の思い出になると思います」
すみれも笑い返して、けれど急に離れがたくなって、とっさに田屋のコートの裾をきゅっとつまむ。せっかくのクリスマスだ、本当はもっと一緒にいたい。せめてもう少しだけでもと、その気持ちが体を勝手に動かしてしまった結果だった。
とはいえ、田屋は明日、仕事がある。これ以上引き留めてしまっては、それはすみれのわがままだろう。ぱっとコートから手を離すと、すみれは努めて明るく笑う。
「……じゃあ、ま――」
「今夜は僕だけのすみれさんになってもらうわけにはいきませんか?」
すると〝また〟と言いかけたすみれの声を遮って、田屋が真剣な声色で言った。
「今日はどうしても、このまますみれさんと別れたくないんです。……大事に大事にします。僕だけに言ってくれる〝おやすみ〟と〝おはよう〟が聞きたいです」
そして、え――、と思う瞬間さえなく、さらに真剣みを増した声色と眼差しで畳みかけられてしまい、すみれの顔には、またたく間に熱が集まっていった。
「……いい、ですか?」
そんなふうに聞かれたら、すみれはもう、気持ちのままに頷くしかない。
「ちょっとだけ待っていてください。みんなに書き置きと、あと、準備をしてきます」
そう言うが早いか、すみれは急いでたちばな荘の中に戻り、田屋のところに行ってくることを伝えるメモを走り書き、ぱたぱたと出かける用意をはじめる。もっと一緒にいたいと思いつつも、予定どおり、明日仕事がある田屋をいつものようにそこまで送るつもりでいたから、厚手のロングカーディガンを一枚、羽織っただけの格好だった。
ややして、しっかり着込んで準備も整え出てきたすみれを見ると、田屋は、まるで壊れものを扱うような手つきですみれの肩を抱き、行きましょうと優しく促す。
田屋の部屋への道を手をつないで歩きはじめて少しすると、吐く息は先ほどよりさらに白くなり、空からはとうとう、はらり、はらりと白い雪が降りはじめた。
「どうりで……」
そう言った田屋は、つないでいないほうの手を空に向けて嬉しそうに微笑む。
「わあ、初雪。予報では降るまではいかないみたいでしたけど、冷え込みは厳しいようでした。もしかしたら明日の朝はうっすら雪が積もっているかもしれませんね」
「だといいなあ。じゃあ、起きたら一緒に確かめましょうか」
「はい」
そんな話をしながら、部屋までの道を寄り添って歩く。
「ホワイトクリスマスになるでしょうか」
「ふふ。そうなったら、すごくすてきですよね」
「ですね」
――それは、明日の朝、ふたりでカーテンを開けてからのお楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます