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「うん、おいしい。アルコールの残り加減もちょうどいいですね」
「ですね。甘さも隠し味のラム酒もいい感じです。スパイスもほどよく効いていますし、フルーツの香りや味もうまく溶け込んでいて、上出来なんじゃないでしょうか」
ふたつとも途中で味見をしたし、出来上がりも確かめたけれど、クリスマスマーケットで飲んだグリューワインと近い味になってくれて、すみれと田屋はひとまず、ほっと胸をなで下ろす。初めて作ったにしては、とてもいい出来だと思う。
それに色味がとってもきれいで、鍋の中をずっと眺めていられるほどだ。
赤ワインの色に染まったフルーツはもちろん、これぞグリューワインといった感じですてきだし、白ワインのほうも、ワインにフルーツの色が少し溶け出していてほんのり色がついている。フルーツの色もほぼそのまま残っていて、それもきれいだった。
「見た目も華やかでいいですね。これはどっちも映えますね」
「ほんとです。炭酸割りにしたりゼリーにすれば、きっともっときれいでしょうね」
「ふふ。ですね」
そうして感想を言い合っていれば、そこに自分たちも味見してみたいとみんなが集まってきて、台所はまた一気に賑やかになる。
そんなみんなに笑いながら「どうぞ」と少しずつ飲んでもらうと、口々に「おいしい!」「これは温まるネ」「こんなにおいしいのが炭酸割りになったりゼリーになるなんて楽しみすぎるヨ!」と目をキラキラさせて言うものだから、すみれと田屋はがぜん、やる気が出てくるというものだった。
続けてホットで飲むぶん、炭酸割りにするぶん、ゼリーにするぶんと三つに分けて、その中のひとつを鍋に残したまま、先に水で戻しておいたゼラチンパウダーを入れて、再び火にかける。優しくかき混ぜつつゼラチンが溶けるのを待って火から下ろし、耐熱容器に注ぎ入れれば、粗熱を取って冷蔵庫で冷やすだけでグリューワインのゼリーの完成だ。
時計を見ると今は午後五時を少し過ぎたばかりだった。ゼリーが固まるまで三時間ほどかかるから、粗熱を取る時間も入れると食べごろは午後八時半ころだろうか。
パーティーは午後七時からを予定しているため、デザートに出すには、ちょうどいい頃合いかもしれない。料理やケーキの最後につるんとしたのど越しのいいゼリーは、おそらく、どんなにお腹がいっぱいでも、みんなぺろりと平らげるだろう。
なにしろ、田屋もみんなも本当によく食べる。それに、クリスマスと、付き合いはじめて二か月の記念と、今日はパーティーが重なっている。みんなが日中に頑張ってくれた、たちばな荘の中の飾りつけも本当にすてきで、その三つの効果で、もしかしたら今日はたちばな荘至上最高にごはんが進む日になるかもしれない。
嬉しい悲鳴とパーティーのわくわく感に胸を躍らせながら、すみれは先に取り分けておいた炭酸割りにするぶんのグリューワインを冷蔵庫の中に入れる。
中にも、さっきまでみんなが作っていた料理がところ狭しと入っていて、田屋と一緒にのぞいただけで、ふたりとも笑顔が咲きこぼれていく。すみれが作るものよりやや不格好で、野菜の切り方や盛り付けも、みんなのオリジナル仕様だ。けれど、みんなの愛情がこれでもかと込められている料理の数々は、それだけで胸が熱くなる。
みんなで手順を相談し合いながら作ったんだろうか。鍋やフライパン、調理器具はちゃんと見つけられただろうか。調味料の場所もわかったかな。火傷をしたり、包丁で切り傷を作ったりは? みんな大丈夫だったかな? ――冷蔵庫の中を眺めていると、そんなことばかりが次々と頭の中を巡って、すみれの目尻には涙がまた、じんわりと滲んでいく。
「すみれさん」
田屋はそんなすみれの肩をそっと抱き寄せ、すみれの頭を自分の肩にもたせ掛けると、ぽんぽんと優しく撫でる。そうすると、すみれはこらえきれずに涙が流れていって、それを人差し指で拭うと、泣き笑い顔を見せながらすんと鼻を鳴らす。
「へへ。こんなの、嬉しすぎますよね……」
「そうですね。すみれさんにとってたちばな荘のみんなは誇りですけど、みんなにとっても、すみれさんは誇りなんだと思います。どうしよう、こんなにもみんなの愛を見せられたら、僕じゃ太刀打ちできないかもしれません。負けちゃいそうです」
「あはは」
みんなにも田屋にも自分はどれだけ愛されているんだろうと思いながら、すみれはまた滲んできた涙をそっと拭って、もらった愛を返そうと強く強く思う。
「楽しみですね」
「そうですね。よーし、私もいっぱい食べなきゃ」
「僕だって負けませんよ」
そんなことを言いながら、田屋とふたり、冷蔵庫のドアを閉じる。
こんなにパーティーが待ち遠しく感じるのは初めてだった。
「スミレ、ミノル! 改めておめでとう! メリークリスマース!」
「メリークリスマス!」
やがて時計が午後七時を指すと、総勢十人でクリスマスパーティーがはじまった。
食卓テーブルに収まりきらないほど並んだ料理はどれも絶品で、よく食べる田屋やみんなだけでなく、すみれだっていくらでも食べられるほど、箸がよく進む。
すみれたちが作ったグリューワインも大好評で、特に炭酸割りは、見た目の華やかさとシュワシュワの軽い口当たりがみんなの食指をよく動かしているようだった。ワインの風味がよくしみ込んだフルーツもつまみつつ炭酸割りを口に含めば、ほどよく残ったアルコールも相まって、みんなあっという間に、ほろ酔い気分だ。
「スミレ、どう? おいしい?」
ローストビーフとシーフードパエリアをそれぞれ取り皿に取って食べていると、向かいの席から少し身を乗り出すようにしてマルちゃんが尋ねてきた。グリューワインや炭酸割りのアルコールが少しずつ回ってきたのだろう、顔はほんのり赤い。
「うん、とってもおいしいよ。こんなにたくさん、ありがとね」
「そっかあ。嬉しいなあ。ボクたちね、料理を作りながら話したんだヨ。これまでスミレのおいしいごはんが食べられるのが当たり前みたいに思ってたけど、自分たちで作ろうとすると、楽しいけどすごく大変なんだネって。だから、それを毎日やってくれるスミレにボクたちはうんと感謝しなきゃいけないネって、そういう話になってサ」
するとマルちゃんは、そんなことを言う。
感謝なんてそんな、とすみれが首を振ると、けれどマルちゃんは続ける。
「ボクは前に、スミレの花を使ったスイーツ作りを一緒にさせてもらったから、ちょっとはわかってるつもりだけど、材料の準備から片付けまで、本当に手間がかかるよネ。もちろん楽しかったし、そのときにスミレと話したことはボクの本心だヨ。けど、いくらそれがスミレの仕事でも、やっぱり愛がなきゃできないことだと思うんだよネ」
「マルちゃん……」
「だから、まだまだ少ないけど、今日の料理はこれまでスミレがボクたちにかけてくれた愛情のお返しの意味も入ってるんだ。これからもよろしくネって気持ちと、ありがとうって感謝の思いと、少しでも形になってくれてたらいいナって思ってるヨ」
「……少しどころか、特大だよ」
いつも人一倍、底抜けに明るく陽気で、たちばな荘のみんなのムードメーカー的な役割になっているマルちゃんのしっとりとした語り口に、いつの間にか田屋やほかのみんなも耳を傾けているようだった。食卓が静まって小さくこぼしたすみれの声もよくとおり、それを聞いたマルちゃんやほかのみんな、田屋の顔にも優しい笑顔が広がる。
「ありがとね、スミレ。ボクたち、スミレが大好きだよ」
そんな中、さらに言葉を重ねられれば、涙がいくらあっても足りないくらいだ。
「もう、何回泣かせるの……。私もに決まってるよ。みんな大好き」
本当に本当に、みんな大好きだ。
何度目かもわからないまま、また涙腺を緩くしながら、すみれはみんなの顔を見回して泣き笑い顔を見せる。そうするとみんなの目にも光るものが見えて、すみれは心からたちばな荘を継いでよかったと思ったし、下宿の顔ぶれがみんなでよかったと思った。
これまでみんなに対して、自分がかけた愛情が一方通行に感じたり、曲がりなりにも同じだけ返してほしいだなんて思ったことはなかった。すみれがしたいからしてきたことばかりで、手間をかけるのだって、できるだけおいしいものを食べてもらいたい、快適に過ごしてもらいたいという気持ちが自然とそうさせていたにすぎない。
そこには、これが自分の仕事だからとか、そうじゃないとかは関係なく、ただただ、すみれ自身が手間を惜しまない性分であることと、そもそも〝たちばな荘〟そのものの雰囲気や空気感が、ほんわかしていて温かい空間だったことが大きいように思う。
そうしてごく自然にかけてきた愛情が、まさか何倍にもなって返ってくることがあるなんて想像もしていなかった。しかもこんなにたくさんの料理と温かな言葉までもらえるだなんて、まさに管理人冥利に尽きることではないだろうか。
「よかったですね、すみれさん」
「はい、本当に」
田屋にふんわり笑って言われて、すみれもしみじみ言って笑顔を返す。
今日の出来事はきっと、すみれの中で一生の思い出になるだろう。改めてみんなと田屋の顔を見回して、すみれはさっと涙を拭うとにっこり笑った。
「今日は本当に本当に、どうもありがとう。みんな、大大大好き!」
*
「それにしても、すみれさんの〝大大大好き〟は効果絶大でしたね。あんなに幸せそうなみんなの顔が見られるなんて、今日はなんていい日なんだろうって思います。こんなにすてきなクリスマスも初めてでしたし、大切な思い出になりました」
「もう。恥ずかしいからやめてくださいよ。でも、私もです。今日は特別なクリスマスになりました。今日のこと全部、きっと一生忘れないと思います」
それからしばらくして、いったん、大盛り上がりのうちにパーティーが終わると、すみれと田屋は約束していたとおり、離れにあるすみれの自室でふたりきりの時間を過ごすことにした。食事の後片付けをみんなが買って出てくれて、その間の時間だ。
最初はすみれたちが今日のお礼に片付けをするつもりでいたけれど、気を利かせてくれたのだろう、みんなが「ちょっとの時間だけど、ふたりで休んできて」と離れに行かせてくれて、その厚意に「ありがとう。じゃあ、よろしくね」と甘えることにしたすみれたちは、ローテーブルを挟んで向かい合い、今日のことを振り返っていた。
ケーキとグリューワインのゼリーは、もう少しお腹に余裕ができてから、また食卓テーブルに集まって食べることになっている。プレゼント交換もそのときにやろうという話になっていて、楽しい楽しいパーティーはまだまだ続く予定だ。
田屋が言ったとおり、すみれの〝大大大好き〟を聞いたあとのみんなは、いつにも増して盛り上がって、隣同士でハグし合う人もいれば、涙ぐむ人、やった! とバンザイする人もいるなど、食卓テーブルが一気に沸いた。中でもムードメーカーのマルちゃんの喜び様は群を抜いていて、立ち上がるやいなや、その場で踊り出した。
それにはすみれも田屋も、ほかのみんなも大爆笑で、涙もどこかへ吹き飛ぶというものだった。そのおかげでテーブルがさらに盛り上がったのは言うまでもなく、踊り終わったマルちゃんのかしこまったお辞儀に、みんなで盛大な拍手を送った。
「プレゼント交換も何年ぶりでしょう。誰のプレゼントが当たるか今から楽しみです」
居間に置いてあるプレゼントの山を思い出したのだろう、田屋が嬉しそうに言う。
大きいものから小さいものまで、きれいにラッピングされたプレゼントの数は全部で十個だ。たちばな荘のみんなの八個と、すみれと田屋がそれぞれ用意したもので、そのすべてには、すでに番号が書いたカードが取り付けられている。
その横には箱もある。中にも番号が書かれたカードが入っていて、今年はそこから順番にカードを引き、出た番号のプレゼントがもらえるという、くじ引き方式だ。
「ふふ。私も今からわくわくしてます」
去年は確か、みんなでクリスマスソングを歌いながら、それぞれが用意したプレゼントを時計回りに回し、一曲歌い終わったときに手に持っていたプレゼントが自分のものになる、というプレゼント交換の仕方だった。すみれが当たったのは、もこもこのあったかスリッパだ。朝の冷え込みが厳しいときなど、今年の冬も大活躍してくれている。
さて、今年はどんなプレゼントが当たるかな、と思いながら、すみれは、田屋へ用意したプレゼントを渡すのは今にしようかなと立ち上がる。押し入れからクリスマス仕様にラッピングされた大きめ箱を取り出すと、田屋の向かいに戻ってテーブルに置く。
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