■第四話 みんなでおいしくいただきましょう 1
十二月も中旬に入ると、世間はクリスマスに向けてよりいっそう浮き立つ。
月が替わったばかりのころは、とうとう師走かとか、今年もいよいよ終わりだなと思ったものだったけれど、中旬ともなればクリスマスムード一色に様変わりした街の様子に心が弾むのだから、日本という国はイベント事が大好きなんだなと思う。
とはいえすみれも、どんな料理を作ろうかとか、ケーキは手作りにしようか、それとも予約したらいいだろうかと、クリスマスに向けて余念がない。
イルミネーションや巨大クリスマスツリーのお披露目イベント、ケーキの予約受け付けに奮闘するケーキ店の前のサンタや、おもちゃ屋、雑貨屋、生花店にクリスマスデートのスポット情報などなど、どこもかしこも華やかで街を歩くだけで楽しい。
それに今年は、田屋と過ごす初めてのクリスマスだ。プレゼントはなにがいいだろうと考えるだけでわくわくするし、自然と頬も持ち上がってしまう。
野草のシーズンが終わってしまったため、春になるまでフィールドワークはお預けなので寂しいと言えばそうだけれど、ほかにも楽しいことは探せば探すだけある。
すみれは冬の冷たくカラリとした空気も好きだし、夜の凛とした雰囲気も好きだ。空気が澄んでいるから月や星が鮮明に見えて光がダイレクトに伝わってくるし、芽吹きの春に向けて草木が静かに冬の寒さを乗り越えようとしているその静寂も、とても好きだ。
とりわけ今年は、秋の里山で収穫したカリンのシロップ漬けや干し柿もある。
どちらも出来上がりがすごくよくて、つい先日もたちばな荘に田屋を招いて、みんなで田屋が仕込んだものとすみれが仕込んだものを味見し合ったりもした。
冬の味覚といえば、果物はりんごやみかん、野菜は大根や白菜や春菊に、魚はタラやブリといった代表格を食卓に並べることが多かったけれど、今年はそこにふたつも華が加わるので、いつも以上に賑やかで味わい深い食卓になること間違いなしだ。
「すみれさん、みんなでパーティーをしたあと、ちょっと時間取れますか?」
「もちろん。私もそうできたらいいなって思っていたところだったんです」
田屋に聞かれて、すみれはすぐに首を縦に振った。
クリスマスまであと十日ほどとなった今日は、田屋のシフト休みの日だった。午前中の早い時間のうちに下宿の仕事を済ませたすみれは、たちばな荘まで迎えに来てくれた田屋と一緒にクリスマスマーケットの会場に足を運んでいる。
ひととおりブースを眺め終わったあと、温かい飲み物でも飲もうということになったすみれたちは、ちょうど近くにあったブースでホットドリンクを頼み、会場内に設けられたイートインスペースで休憩しつつクリスマスの予定を話し合っている最中だ。
「ふふ。楽しみですね」
「とっても。二十五日は仕事ですけど、イブはちょうどシフト休みなので、またこうしてクリスマスマーケットに来るのもいいですし、パーティーの準備に一日かけるのも楽しいでしょうね。なんでもお手伝いしますよ。二十五日は慌ただしくなっちゃうと思うので、せめてイブくらいは、僕のことはすみれさんの好きに使ってください」
「あはは。じゃあ、いつも以上に張り切っちゃおうかな」
「どんとこいですよ」
腕まくりの仕草をして気合いじゅうぶんに言う田屋に、すみれは思わず笑ってしまう。
でも、クリスマスデートに出かけるにしても、パーティーの準備に一日付き合ってもらうにしても、田屋と一緒に過ごせることに変わりはない。どちらも絶対に楽しいに決まっているし、せめてイブくらいはと田屋は言うけれど、当日だってきっと、仕事を終えたその足ですみれに会いに、みんなに会いにたちばな荘にやってきてくれるはずだ。
「それにしても、平日の昼間なのにずいぶん賑わってますね。もっとゆったりマーケットを見て回れるかと思っていたんですけど、この様子じゃ、欲しいものがあっても、もう一度見に行ったときには売り切れちゃっているかもしれませんね」
ホットドリンクを一口飲んで改めてマーケットの様子を見回した田屋が、驚いた様子でそう言う。すみれも田屋と同じように見回して、ちょっと苦笑しながら頷く。毎年、すごい賑わいだけれど、今年はいつにも増して人出もブースの数も多いようだ。
「いつもだとそれほどでもないんですけどね。年々、ブースの数は増えていますけど、混み合うのはやっぱり夜や週末ですし。今年の人出が多いのは、たぶん雑誌で取り上げられたからじゃないでしょうか。たちばな荘のみんなが教えてくれたんですよ。私が毎年行っているクリスマスマーケットが雑誌で紹介されているよ、って」
「へえ、雑誌ですか。こりゃまた、すごい」
「ですね。どんどん有名になっていって、私も嬉しいです」
今言ったように、このマーケットは毎年、すみれの御用達のようなものだ。
十二月に入ると間もなくして開かれ、ドリンク、フードメニューの豊富さはもちろんのこと、花や野菜や果物、ハンドメイド雑貨にアクセサリー、手作りお菓子もたくさんの種類が売られている。クリスマスリースやオーナメント作りを体験できるブースの出店もあって、週末など親子で体験している姿が見られて、とても微笑ましい。
マーケットではすみれは、主に花と野菜、それと果物を購入していた。冬の花の定番であるポインセチアやシクラメンは生花の少ない冬を華やかに彩ってくれるし、野菜も採れたて新鮮の冬野菜たちをリーズナブルな価格で買うことができる。中にはスーパーには並んでいないような珍しい野菜や果物もあって、衝動的に手に取ることも少なくない。
どのブースもクリスマス仕様に飾りつけてあるので、ちょっと店先を覗いただけでもとにかく楽しい。あれもこれも欲しくなるから、あんまり長居はしないようにしているけれど、たちばな荘に飾っているクリスマスツリーに下げたオーナメントやスノードームは、どうしても欲しくなって以前、このマーケットで買ったものだったりする。
お菓子やハンドメイド作品も〝クリスマス〟そのものだ。フード、ドリンクもそのとおりで、マシュマロやスノーマンがかわいらしくトッピングされたホットココアやホットチョコレートを飲むと、体が温まるのと同時に、クリスマスを満喫しているなと思う。
田屋と休憩がてらに飲んでいるのも、すみれはホットレモネード、田屋はホットコーヒーで、どちらもそれぞれミニケーキとアイシングクッキーがセットで付いているものだった。ケーキやクッキーはクリスマス仕様がとてもかわいらしく、すみれはにこにこ笑ってスマホのカメラで記念に残しつつ、田屋と分けっこをしておいしくいただいた。
「実は僕、クリスマスマーケット自体が初めてなんですよ。クリスマス近くになるといろんなところでイベントをやっているのは知っていましたけど、これまで通り過ぎてきた中にも、きっとこういうマーケットがあったんでしょうね。なんだかもったいないことをしたなあ。こんなに楽しいところなら、もっと早く足を運んでいればよかったです」
「今からでも遅くないですよ。飲み終わったら、もう一周しましょうか」
本気で悔しそうな顔をする田屋に、すみれは笑って提案する。すぐににっこり笑って「はい!」と言ってくれた田屋を見るに、どうやらとても気に入ったようだ。
すみれも嬉しくなって、笑顔になりっぱなしだ。自分のお気に入りを相手も気に入ってくれるのは、純粋に大きな喜びだ。その相手が田屋なら、もっと大きな喜びになる。
昨日、田屋から『明日シフト休みなんですけど、デートに行きませんか?』と誘ってもらったのだけれど、それならと思いついたのが、今日のクリスマスマーケットだった。
映画やショッピングも楽しいけれど、せっかく近くで期間限定のすてきなイベントが開催されているのだから、行かない手はない。すみれが毎年、楽しみに足を運んでいるイベントだということもあって『行きたいところがあるんですけど』とクリスマスマーケットのことを話すと、田屋も『いいですね! ぜひ行ってみたいです!』と二つ返事で乗ってくれて、今日のクリスマスマーケットデートになっているというわけだ。
「さて。小腹も満たされたことですし、もう一周しましょう!」
「あははっ。そうしましょう!」
席を立つと、すみれたちはさっそく会場内へ足を向かわせた。
にっこり笑って差し出してきた田屋の手にすみれも自分の手を重ねると、さらにもう一段階、笑みを深くした田屋がくいと自分のほうにすみれを寄せて、ふたりの間はぴったりとくっつく。微笑み合うと、十二月の寒さなんて少しも感じなかった。
ホットドリンクで体が温まったのもあるけれど、当たり前に田屋と手をつないだり、体を寄せ合って歩いていること自体が、すみれの体温を上昇させていく。
たちばな荘のみんなには、冷やかし半分で『もう付き合って一か月以上になるのに、まだふたりは〝さん〟付けで呼び合ってるの?』とか『敬語もなかなか取れないね。それもスミレとミノルらしいけど』なんて茶化されたりもするものの、ふたりともすっかり〝さん〟付けにも敬語にも慣れてしまっていて、どちらもなかなか抜けない。
でも、この姿を見たら、きっとみんな〝なんだ、しっかり仲良しなんじゃん〟と拍子抜けするだろう。呼び方や話し方は付き合う前とそれほど変わらないように見えていても、少しずつ、けれど確実にすみれと田屋の仲は深まっている。
「すみれさん、すみれさん、そこの雑貨店を見てみてもいいですか?」
「もちろんです。行ってみましょう」
相変わらず、なかなか砕けた口調にはならないけれど、しっかりつないだ手も、ぴったりくっついた体も離れたりしない。それがなによりの証拠だ。
それからすみれたちは、心ゆくまでマーケットを楽しんだ。
午後になって徐々に日が傾き、体感でも風の冷たさでも寒さを感じるようになってようやく、ずいぶん長居していることに気づいたくらいで、そのころにはすみれも田屋もブースを見て回って気に入ったもののほとんどを無事に買うことができていた。
最終的に会場内を五周はしただろうか。
すみれはいつもどおり花や野菜、果物を中心に、手作りのクッキーやビスケットを買ったし、田屋はハンドメイド作品やクリスマス雑貨のブースを熱心に見て回り、気に入ったものの中から吟味して吟味して、卓上のミニツリーと、それより一回り小さいクリスマスモチーフのスノーマンを二体、自分の部屋にお迎えすることに決めたようだった。
「本当はキャンドルホルダーやランプがあれば、もっとクリスマスらしくなるんでしょうけど、それは来年ですかね。今年はひとまず、これくらいにします」
「ふふ。ちょっとずつ集めましょう。来年もあるんですから」
田屋があんまり名残惜しそうに言うものだから、かわいいなとすみれは思わず笑ってしまう。でも、いろんなブースを見て回っているうちにたくさん欲しくなる気持ちは、すみれだってじゅうぶん覚えがあるから、そんなに大きな声では笑えない。
それに、すみれが買ったものは少なく見積もっても田屋の二倍はある。もちろん、たちばな荘のみんなと食べるためだったり、そもそも野菜や花はどうしても雑貨より大きく重量感もあるために多く見えるけれど、それでも、ふたりとも満足するまで買い物を楽しんだとはいえ、量を見ればどちらがより満喫度が高いか、わかるというものだ。
「貸してください。たちばな荘まで持ちますよ」
「ありがとうございます。じゃあ、これと、これを」
「お任せください」
「ふふっ。よろしくお願いします」
そうしてすみれたちは、クリスマスマーケットの会場をあとにした。
たちばな荘に戻ると先に帰っていた数人に荷物の多さを驚かれたりもしたけれど、田屋も晩ごはんを食べていくと聞いて、すぐに手放しで喜んでくれた。
田屋が休みの日やその前日にたちばな荘にごはんを食べに来るようになって、一か月以上が過ぎた。みんなもすっかり田屋と食べるごはんがサイクルのひとつになっていて、田屋が料理を振る舞ってくれるときなど、本当に楽しそうだ。
すみれが作る料理と田屋が作る料理とでは、それぞれに個性が出る。食べておいしいのはもちろんだけれど、アレンジや使う食材に調味料など、勉強になることがたくさんあって、すみれも田屋と一緒に台所に立って料理をするのがすごく楽しい。
「さて。今日はどんな晩ごはんにしましょう?」
「うーん、立派な大根が買えたので、大根尽くしとか?」
「いいですね! さっそく準備に取りかかりますか」
「そうしましょう!」
晩ごはんのメニューを相談し合いながら、田屋とふたりで台所に立つ。
この日の晩ごはんは、大根の葉と白ごまの混ぜごはんに、ほろほろに煮込んだ大根と手羽先の甘辛煮、水菜と大根のシャキシャキサラダ、小松菜と大根と油揚げの味噌汁に、焦げ目が食欲をかき立てる大根ステーキと、まさに大根尽くしだった。
どれもとびきりの出来栄えとおいしさで、みんなのおかわりの手が止まらなかったのは言うまでもない。
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