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ほどなくして、田屋は「着きましたよ」と足を止めた。
砂利道をさらに行くと、それまでとは少し違って民家の庭のようにほんの少しだけ開けた場所があった。その周りはこれまで目にしてきた里山らしい風景にすぐに戻り、そこに沿うようにして栗の木、少し離れたところに葉が落ちかけた高い木がある。
ちょうど、山のほうにぺこんと凹んだような感じだ。すみれが思わず「立派な木ですね」と感嘆のため息をもらすと、田屋も木を見上げて「そうですね」とつぶやいた。
高い木には黄色い実がいくつも付いているので、落葉しかけた木がカリンの木で間違いなさそうだ。栗の木は下にイガがたくさん落ちているためにすぐにわかったけれど、すみれはカリンの実は見たことがあっても、木はこれまで目にしたことはなかった。
樹齢にもよるとは思うけれど、栗の木に比べて幹や枝が細く、全体的にひょろりとした印象だ。そこに果実がたわわに実っていて、見事という言葉がよく似合う。甘い香りさえしてきそうで、すぐにでも手を伸ばしてしまいそうなほど、美しい黄色だった。
「ほんのひと昔前まで、ここにはもっと人がたくさんが住んでいたそうです。この場所も元は家が建っていたとかで、栗やカリンは当時住んでいた人が植えたのかもしれません。あっちに行くとイチジクや柿の木もあるんですけど、それもここみたいに、ちょっとした庭のような凹みに沿って生えているんですよ。昔は食べ物に困らないようにって自分の家の庭に実をつける木――果樹ですね。そういうのを植えたりもしたっていいますから、僕たちが今こうしておすそわけしてもらえるのは、その人たちのおかげかもしれませんね」
「そうなんですね……」
「自生の果樹って、野山ではなかなか見かけないんですよ。あっても、たいていが人が持ち込んだようなあとがあって、その周囲の植物はほかとはちょっと顔も違います」
「なんとなくわかる気がします。自然に戻りつつある、みたいな」
「そうですね」
田屋が〝あっち〟と言って指さしたほうに目を向けて、すみれはここと同じようにして生えているというイチジクや柿の木を想像する。昔は家があったということだから、当時は庭に果樹を植えるのは当たり前の考えだったのかもしれないし、確かに人が持ち込まないと、まるで〝そこに植えた〟ようにして育つことはなかったかもしれない。
「……ちょっと寂しいですね」
最初は山の裾野に沿うようにして昔ながらの田園や畑が広がる風景に感動したものだったけれど、実際に歩いてみないとわからないこともあるんだなと、すみれは思う。
なにがいいとか、なにが悪いとか、そういうことではなくて、時代とともに人々の生活が変わっていったように、この里山にも時代とともに変わっていったものがあるんだろうと思う。仕方がないの一言では片づけられないものもあるけれど、それもまた時代なのかもしれない。
とかく今のすみれにできることは、この里山の風景を目に焼き付けておくことや、こうやってフィールドワークに訪れること、ここで採った食材を使って料理を作り、おいしく食べ、感謝すること。――それを繰り返すこと、くらいだろうか。
「ですね。けど、もしここに人が住んでいなかったら、そもそも栗やカリンの木はなかったかもしれませんから。寂しいですけど、今はありがたくいただきましょう」
「そうですね。私もそれがいいと思います」
努めて明るく言ってくれた田屋に頷いて、すみれは笑顔を添える。
田屋の言うとおりだ。栗やカリンの木があるのは、ここに人が住んでいた証のようなものだろう。イチジクや柿だって、誰かが植えようとしなければ、今のすみれたちが手を伸ばせばすぐに届くような場所には立っていなかったかもしれない。
「すみれさん! 見てください、立派な栗です!」
「私だって負けませんよ。――あ、ほら。田屋さんの栗とどっちが大きいですかね」
「そりゃあ僕ですよ」
「えー、私もなかなかですよ」
ふたりで、まるで子どもの競争みたいに大きな栗を探したり。
「……届きますか、すみれさん」
「はい、なんとか――わあ、カリンのいい香り……。生で食べると渋くて酸っぱいなんてうそみたいですね。すぐにでもかぶりつきたいくらい、おいしそうな香りです」
「これは黄色いですし表面が少しベタベタしているので完熟してますけど、まだ緑色が残っているのは、すみれさんが言ったことにプラスして、とにかく固いんです。鳥もつつかないくらいですから、どんなに歯が丈夫でも、僕は生では食べたくないかもです」
「あはは。そうなんですね。じゃあやっぱり王道のシロップ漬けですかね」
「それがいいと思います。できるまで一か月くらいかかりますけど、その頃には固かった実も柔らかくなって、シロップと一緒に食べられるようになっていますから」
「はい」
田屋にカリンの実が付いた枝を引き寄せてもらって、採るのを手伝ってもらったり。
そうして収穫の過程も楽しみながら、すみれたちはそれぞれがちょうどいいと思う量になるまで、栗やカリンの実をありがたくいただいた。
もちろんイチジクや柿も同じだ。
田屋に連れられて行くと、そこも栗やカリンの木があった場所と同じで、山のほうにぺこんと凹んだ庭のような輪郭に沿って木が立っていた。枝に濃いオレンジ色がこぼれ落ちそうなほどたわわに実っているのが柿で、柿の木と比べて背が低く横に枝が伸び、葉の隙間から黒っぽい色のしずくのような形の実がぶら下がっているのがイチジクだ。
「どちらも落葉樹ですね。葉が落ちはじめるにはまだ早いみたいですけど、実は採りごろなようです。冬になるとまだ残っている熟れた柿の実を鳥がつついていたりもしますね。渋柿は熟すと甘くなりますし、食べるものが少ない冬は貴重な食糧なんでしょうね」
「へえ、ちょっと見てみたいかもです。ということは、これは渋柿なんですか?」
「はい。柿には甘柿と渋柿があるのはすみれさんもよく知っていると思うんですけど、ずっしり感があって平たい四角の形をしているのが甘柿で、渋柿は先が尖って細長いものが多いんです。切り口で見分ける方法もありますけど、この柿の場合は見た目だけでじゅうぶん見分けがつきます。スーパーで見かけるような柿とは違って小ぶりですしね」
「そうなんですね」
田屋の説明を受けて柿の実をよく見てみると、確かに先が尖って細長い形をしていた。
すみれも、干し柿にするには渋柿が適しているのは知っている。ここに住んでいた人も秋になると柿を採って干し柿にしたのかな、なんて思うと、同じ過程をなぞれる嬉しさと、やっぱりちょっとだけ寂しいような、そんな気持ちが胸に押し寄せた。
「イチジクの木は? どうしてこんな形をしているんですか?」
それを振り払うようにイチジクについて尋ねる。
イチジクはすみれも大好きな果物だ。生のものはなかなか見かけないものの、ドライフルーツになったイチジクは見かけるたびについつい手に取ってしまう。パンやお菓子作りにもよく使われる材料のひとつで、すみれも何度も生地に練りこんでパウンドケーキやパンを作ってたちばな荘のみんなに振る舞ったし、そのままおやつに食べることも多い。
優しい甘さももちろんだけれど、中のプチプチした食感もまたすみれは好きだ。
生のイチジクは痛みやすいためになかなか出回らないそうで、売られているのを見たのは数える程度だ。ふわっと柔らかくとろみのある食感は生のイチジクならではの味わいだろう。特別感さえある生イチジクは、すみれの憧れと言ってもいいかもしれない。
けれど、どんなふうに実るのかは、恥ずかしながら知らなかった。
実の付き方もそうだけれど、枝の特徴も、元から横に広がるようにして育つ木なのか、それとも人が手入れをしたからそうなったのか、すみれにはわからなかった。
「おそらくですけど、収穫しやすくするために仕立てたから、なんじゃないでしょうか。幹から左右に分かれた主枝を地面と水平に伸ばすやりかたを〝一文字仕立て〟っていうそうで、その名残りがあるように思います。庭植えの場合は一文字仕立てが手入れしやすいといわれていて、果実の品質もよくなるそうなんです。この木は縦にも横にもだいぶ枝が伸びているのでわかりにくいですけど、自然のままのイチジクの木は、もっと枝も葉も好きに伸びた感じが見られるんですよ。枯れ枝も残ったままなので手入れされなくなってけっこう経つと思うんですけど、実の付き具合はいいみたいですね」
「じゃあ、ここに木を植えた人はイチジクが好きだったのかもしれませんね。植えたら自然の成長に任せるんじゃなく、わざわざ仕立てるくらいですもん」
「かもしれませんね。ここは日当たりもよさそうですし、剪定や〝芽かき〟といって、新芽の長さが短いものだったり、ほかの新芽と近すぎるものを間引いて実の付きをよくする作業をしなくても、自分の生命力だけでじゅうぶんなのかもしれません」
「本当にそうですね。植物の生命力って、よくよく考えるとものすごいです。野草もそうですけど、誰に見られるわけでもないのに芽を出して花をつけて、実をつけて……それをずっと繰り返すんですもん。そこに人間がいても、いなくても、いなくなっても、植物のサイクルは変わらないんですよね。ほんと、すごいとしか言えません」
笑って言ったすみれにつられるようにして、田屋も笑って頷く。
お互いに少し寂しい気分になってしまったのは顔を見ればわかる。けれど、すみれも田屋も悲観ばかりしていては〝ありがたくいただく〟ことができないことはわかっていた。
そうするためには、まず自分たちが楽しまないとはじまらないのかもしれない。背景を想像したり思いを巡らすことも大事だけれど、目の前の〝今〟を楽しむことこそ〝ありがたくいただく〟ことの本当の意味なんじゃないかと、すみれは思う。
「それでは、植物のたくましい生命力に感謝して――」
「はい、ありがたくいただきましょう!」
パチンと手を打った田屋と同じようにして、すみれも手を打つと明るい声を出す。
毎年こうして実をつけてくれる柿やイチジク、それに先ほど採った栗やカリン、それから、これから採るだろう里山の秋の味たちに感謝と楽しむ心を込めて、すみれは袋がいっぱいになるまで柿をいただき、イチジクも田屋があらかじめ用意してくれていたタッパーを借りて、柔らかい果実に傷がつかないように、そっとそっと詰めた。
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