3-3 用心棒になれと奇書が言う

「キャラル、商談の方は順調か?」

「あっ、シンザ! うんっ絶好調で終わったよ!」


 やつらを片付けてすぐにキャラルと合流した。

 さっきの連中で刺客が終わりとは限らん、これ以上離れるのは危険だった。


「アンタは毎度仕事が早いな。ああそうだ、これはみやげだ」

「シンザが私にっ!? 嬉しいなぁ~なんだろなぁーっ!」


「きっと気に入ると思う」

「え、なにこれ……。なんだ、ただの食べ物じゃん……」


 しかしみやげ物の選択を間違えたらしいな。

 キャラルは貝が嫌いなのだろうか。俺が差し出したホタテ貝のヒモの乾物を、心底ガッカリした目で見ていた。


「嫌いだったか?」

「別に……ふつう。シンザってさー、マジで食い意地はってるよね……はぁっ」


「なら何が食べたかったんだ? 甘い物か?」

「食べ物以外……」


「そうか、腹が減っていなかったか」

「違うっての! ああいうやつがいいなー、って言ってるの!」


 口を膨らませたキャラルの指先を追うと、そこにちっぽけな露天があった。

 あれは彫金師だ。敷物の上に指輪や首飾り、少し手の込んだブレスレットなどの装飾品を並べていた。


「なるほど。だがあれは……」


 値札を見ればわかる。金に見えるものは磨かれた真鍮で、潮風を浴びればいずれ輝きを曇らせる。

 あの銀色の輝きはティンで、色とりどりの宝石もただのガラス玉だ。


「わかってる。でも物の価値って値段だけじゃないでしょ。それよか誰に貰ったかとか、そっちの方がずっと大事だったりするじゃん……」

「ああ、それは真理だな。思い出や歴史は宝物の価値を何百倍にもする」


「そう! それに食べちゃったら残らないじゃん!」

「確かにな。苦労してナグルファルにきた記念、というのも悪くない」


 自室が狭い俺にはそういった発想はなかった。

 それに物を持ちすぎると物そのものに心を縛られて、あるべき自由を失うと思う。叔父上のようにな。


「シンザって強くてカッコイイけど、朴念仁だよ」

「それは姉によく言われる」


「へー、お姉さんいるんだー?」

「嫁に行ってしまったがな」


 キャラルと一緒に露天の前に膝を落とす。

 少し要領を得てきた。確か異界の本ではこういうとき、どれが欲しいか、とは聞かない。


 あの本のヒロインは言っていた。あなたがくれる物ならなんだっていいと。

 地の文でそれが女心だと解説されていた。読んだ当時はわからなかったが、今なら多少はわかった気になれる。


「これをくれ」

「毎度。はいお嬢さん、彼氏からだよ」

「えへへ……彼氏だなんてそんなー……♪ ありがとうシンザッ、嬉しいよ!」


 さすがにこういう商売だ察しが良い。

 金を払うと彼は安っぽい真鍮の指輪を、俺にではなくキャラルに手渡してくれた。


「商談をするときは外せよ、さすがに舐められる」

「うんっわかったそうする!」


 彼女が満足したのですぐに店から立ち上がった。

 俺はいつ暗殺されるかもわからん身だ。本の収集以外の物欲は持ちたくない。


「待ってよシンザ! へへへ……じゃーんっ、かわいいでしょー!」

「ピカピカして綺麗だな。じきに曇るが」


「そうなったら磨き直せばいいだけ! むしろ曇るっていう魅力があるの!」

「そうきたか。キャラル、アンタは俺が思うよりずっと、良い商人のようだ」


「えへへへ……嬉しい」


 キャラルから返されたホタテの乾物、そいつをかじりながら俺たちは宿の方に向かった。

 気づけばもう夕方だ。ナグルファル西に広がる港を見れば、海と空が赤くまぶしく燃えていた。


「ところでキャラル、やっぱりもっと良い宿にしないか?」

「え、んー……まあそれも悪くないけど、急だね? あ、ま、まさか、変な宿に私を連れ込んで……っ?!」


 何を言ってるんだキャラルは……。

 アンタが襲撃されかけた以上、念のために宿の場所を変えておきたいだけだ。


「違う。俺がもう少し良い宿に泊まってみたいだけだ」

「あ。追っ手のことなら気にしすぎだよっ、シンザがあのときやっつけてくれたもん! ていうかお腹空いたぁーっ、それちょうだいっ!」


「要らないと言っただろ……」

「気が変わったの!」


 キャラル・ヘズ、変わった女だ。

 彼女はホタテのヒモを美味そうにしゃぶりながら、夕空に掲げた真鍮の指輪ばかり見上げていた。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



 どうやらあの連中6人で全てだったようだな。帰り道にヒャマール商会からの刺客は現れなかった。

 順当に一日半の旅路を終えると、俺たちは帝都ベルゲルミルに到着した。


 キャラルと積み荷を店まで護送して、ついでにロバの返却も手伝った。

 店は無事だ。道中でキャラルを亡き者にするつもりだったのだ、わざわざ破壊する理由もなかったようだな。


「ロバを返してきた」

「ありがとシンザ! でも何から何までごめんね……」


「かまわん。さてこの後はどうする。次は何を手伝えばいいのだ」

「え……エエエエエエエーーッッ?!!」


 まさかここでお別れだとでも思ったのか、キャラルはずいぶん驚いていた。


「アンタの店だから好きにすればいいが、近所迷惑だ」

「でもぉ……シンザ帰らなくていいの!? 仕事はっ!? あ……」


「無職のどら息子にそんな心配は要らんな。もしアンタにそのつもりがあるなら、しばらく用心棒として俺を居候させてくれ」


 頃合いを見て、爺や姉上に無事を報告しに行かなければならんな。

 だが俺がここに残る意味は大きい。キャラルを守れる上に、断罪するに値する悪党を探し出せる。得ばかりだ。


「エーーーッッ、なんでそこまでしてくれんのっ!?」

「利害が一致してるからだ」


 感謝するなら邪竜ジラントにするといい。

 俺は俺のために、アンタを助けてるだけだからな。


「シンザぁぁ……やっぱり私に惚れてないっ!? 頼もし過ぎだよぉ……!」

「キャラル、アンタにそう言われると光栄だ」


 こうして俺はヘズ商会の居候となった。

 その店舗の二階に住み込んで、商売を手伝いながら俺はDEX+50の希望を守り抜いた。

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