3-4 義賊になれと奇書が言う - スコップの正しい使い道 -

 キャラル・ヘズは有能だ。それに政商ヒャマールが独占しようとしている交易ルートで、独自に商売している。

 悪徳商人が不当に物価を釣り上げている中、彼女は適正価格で商品を流す。


 まあ要するに、危険はあったがそれだけ物が良く売れた。

 舶来品を取り扱うところから、取引相手は富裕層が主だ。特に茶の売り上げが良かったな。


「え、シンザッ?! ちょ、なんで光ってんのっ!?」

「ああ、実は光って客寄せでもしたい気分だったんだ」


「なんかご機嫌だし! いきなり光る人なんて見たことないよ私!」

「俺もだ」


 やがてついにその日がきた。ヘズ商会を立て直せとかいう、無理かとも思われたあのチャレンジをようやく達成できたらしい。

 そこですぐに俺は軒先に出て、邪竜の書は開かず客寄せを始めた。


「おい見ろっ、人が光ってる!」

「はぁ!? 昼間から寝ぼけてんじゃねーぞ、人がひか――嘘だろ、光ってる……」


 上出来だ。燐光が失われるまで、俺というホタルさんはヘズ商会がいかにお得な店であるか力説してやった。


 ◆

 ◇

 ◆


――――――――――――――

- 事業 -

 【ヘズ商会の経営を立て直せ】(達成

 ・達成報酬 DEX+50 (受け取り済み

 ・『あの娘は貴様を好いているようだ』

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- 事業 -

 【ヘズ商会を成長させろ】

 ・達成報酬 DEX+100

 ・『だが問題はこれからだ。敵は巨大だぞ』

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- 目次 -

【Name】アシュレイ

【Lv】12

【Exp】1300→1320

【STR】26

【VIT】100

【DEX】40→90

【AGI】27

【Skill】スコップLV3

『貴様は達人となった。勝てるやもしれんな、あの男に』

――――――――――――――


 仕事が落ち着くと俺は一人、店の倉庫で邪竜の書を開いていた。

 これで器用さが今の倍以上になった。しかし体力の増大と違っていまいち実感しにくい。


 そこで物の試しに、ちょうど倉庫にあった洋書を人差し指に乗せて回してみた。

 これは面白い、奇術師にでもなったような気分だ。いくら回転速度を上げても、本がバランスを崩すことはなかった。

 いっそ次の客引きで皿回しでもしてみるべきか。


「わ、すご! シンザって強いだけじゃなくて、そんな芸もできたんだ……ますます正体不明ー」

「すまん、本が痛むな」


 回る本を宙に飛ばして手のひらに回収する。

 苦労のかいがあった。この技量があればジラントが言う通り、俺はゲオルグ兄上に勝てるかもしれん。


「いいよ、それあげる」

「そうはいかん、この店にはもっと稼いでもらわなければ困る」


「ん……その話、なんだけどさ……。前から言おうと思ってたんだけど、やっぱり言えなくてさ……今言っていい?」

「なんだ?」


 薄暗い倉庫の中で、キャラルが俺の目の前に身を寄せてきた。

 顔色はけして暗くない。口振りの割に積極的でキャラルらしい元気がある。


「実はこの店たたもうかなって」

「なんだと? まさか政商ヒャマールに下るのか?」


「違うよ、アイツはお兄ちゃんの仇、絶対いつか思い知らせる! でもね、これ以上シンザに迷惑かけられないから、やり方を変えようかなって、思った」

「別に迷惑ではない。だが参考に聞こう、どうするつもりだ?」


 少なからず俺も思っていた。いつかキャラルは悪党にやられてしまう。

 俺が四六時中彼女に付いて回ったところで、この帝都には、はした金で殺しを請け負うようなクズが山ほどいる。


 このままでは無理があったのだ。

 そんな当たり前の現実から俺も目をそむけていた。俺にも俺の目的があって、悪党を登場を望んでいたのもあるがな。


「あのね、結構稼げたし、この店整理して小さな船を買おうと思う」

「船か。わかったぞ、ヒャマールと弟皇の手の及ばない土地に拠点を移すのか?」


「そう、そんで一攫千金を目指すのっ! 帝都のお金持ちが欲しがるものなら私が一番詳しいもん!」

「まさかアンタ一人でか……? さすがに危険……いや、ここに残っても危険なのは同じだな」


 それなら船の上の方が遙かに平穏だろう。

 ここで店を続けてゆけば、ヒャマールと叔父上はいずれなりふり構わず潰しにくる。


「ううん、昔の従業員と一緒。兄の部下だった人だから安心して。昔からの知り合いで、家族みたいなもんだから!」

「そうか……」


 なぜだろう、気持ちが急に曇ってキャラルを引き留めたくなった。

 それが彼女の新しい夢なら見送るべきだ。


 俺は皇帝の子、さすがに国を出るのは許されないだろうな。急なお別れがきたということだ……。


「だが小型船で外洋は止めた方がいい。沈むぞ」

「そこはちゃんと考えてるよ。まずは沿海州に行く、それから沿岸沿いに船を走らせて、ナグルファル港と行き来するの。そんで儲かったら船を買い足して、いつか大商船団を作って、私はこの帝都に帰ってくる!」


 沿海州は帝国の領土外、キャラルからすれば帝都よりずっと安全だ。

 それにヒャマールも叔父上も交易路の独占がしたいだけ、縄張りの外で商売するならば文句は言わんだろう。だがな……。


「ねぇ、ダメ……? こんなのシンザにとって裏切り……?」

「いや、リスクはあるが良いプランだ」


「良かった! それなら……」

「だがこのままやられっぱなしはごめんだ、スッキリしない」


「へっ……?」


 力を得て自信過剰になっているのだろうか。

 俺はキャラルと別れるのも不満だったが、逃げるのも納得がいかなかった。


 キャラルは悪くない。追放されるべきなのは弟皇と悪徳商人だ。皇族の端くれとして、この結末で終わるのは看破できない。

 そこで頭をフル回転させる。邪竜の書は俺を賢くはしてくれないらしい。


「やつらにやり返してから逃げるぞ」

「はぁっ!? 私が言うのもなんだけどさ、相手悪くないっ!?」


 とにかく今の俺ができることを思い出して、どうするべきなのかを考えた。

 俺の特技、取り柄、それはスコップだ。ソイツはLV3とやらになって、石畳すら簡単に貫いて瞬く間に大地に大穴を生み出す。


 それにやつら悪党に被害を与えるだけではダメだ。被害者キャラル・ヘズにこれまでのツケを返させなければ。

 ならば壊すのではなく、奪う。そうだ、悪から奪ってしまえばいい。


「海の向こうで売るならば、もっと良い物があるぞ」

「おわ、いきなり話飛んだね……?」


「いや繋がっている。キャラル、もしよかったらこれから俺と……」

「え、シンザと……? ゴクリ……」


「悪徳商人の倉庫を破らないか?」

「へ……えっ、ど、泥棒ッ?!」


「違う。俺たちは今日から義賊だ」


 政商ヒャマールは今日までキャラルとその亡き兄を苦しませてきた。

 ならばちょっとくらい、ヤツの倉庫から売り物が消えても、寛大な神は俺たちを許してくれるだろう。


 ジラントが言った、全てを穿つスコップの力。そいつを使って、俺はこれからヤツの倉庫を破る。

 そして貴重な交易品の山を船に積んで、キャラルは沿海州への旅路に付くのだ。

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