3-2 街で出会った娘を救えと奇書が言う - 海運都市ナグルファル -

 夜のうちに出発したのもある。

 朝がきて、陽射しが昼前のものに変わった頃には、俺たちは海運都市ナグルファルに到着していた。


 ここは帝国で最も大きな貿易拠点にあたる。

 巨大な港に沢山の大型船が停泊しているのが見えた。ガレオン、キャラック、ナオ、それより小型のダウやスクーナー、図鑑で見た通りの造形だ。


「ふはぁぁぁ……一時はどうなるかと思ったよ……ありがとっシンザ! 私ね、今シンザのためならどんなお願いもOKできるくらい感謝してるっ!」

「ならその気合いで商談を成功させてくれ」


「わかった! あ、港の方でランチでもどう?」

「そういえば腹が減ったな。悪くない、ここでは何が食えるのだ」


「ムール貝のパエリアがおすすめ!」

「よし乗った、奢ってくれ」


「もち!」


 それからロバを連れて海岸に向かった。

 俺には初めての土地だ。潮風香る活気あふれる街を、俺たちは大通りにそって抜けていった。



 ◇

 ◆

 ◇



 ムール貝のパエリア、どうやら俺は甘く見ていたようだ。

 ライスというのは俺が好む異界の本では一般的で、だが帝都ではあまり食べる機会がなかった。


 美味い。ライスにはほのかな甘みがあって、貝の出汁がそれに染み込んで絶品だった。

 それはもう、昨晩の奇襲が嘘のような楽しいランチを過ごせた。


「商談はどこでするのだ」

「あそこ。ほら、あそこのでっかい商館がお得意様なの」


「そうか、なら護衛がいるな」

「それ繋がってなくない? 平気だよ、宿だけ決めてさ、しばらくシンザは休んでて。ぶらぶらしたらもっと美味しいの見つかるかもよ?」


「む……気になる店はあったな」


 意外とシンザは食い意地が張ってると、キャラルに笑われた。

 その後はすぐ近くの宿を取って、お言葉に甘えて俺は食い歩きでも始めることにした。


 ◇

 ◆

 ◇


『本を開いてみろ』


 キャラルが商館に入るのを見届けると、ジラントの高慢な声が耳元に響いた。

 何かと思えば新しい無茶ぶりの追加だ。


――――――――――――――

- 探索 -

 【海運都市ナグルファルを1周しろ】

 ・達成報酬 EXP100/VIT+5

 ・『我の皇太子よ、広く帝国領内を見聞しろ』

――――――――――――――


 ナグルファルは帝都よりずっと小さい。

 やろうと思えば今日中にやれなくもない。少しキャラルが心配だったが……港の外にもさぞや美味い名物があるのだろう。


「いいだろう、乗ったぞジラント」


 いつしか俺は散策が趣味になっていた。

 これまで見ることのなかった、帝都から離れた港町の散歩をこの機会に存分に楽しむことにする。


 バラクーダの塩焼き、舶来品の桃に林檎、ホタテ貝の酒蒸しも値ははったが美味かった。

 ところがだ、邪竜の書がナグルファルを半分回ったと認めてくれたところで、俺は予定を変更せざるを得なくなった。


 あの連中だ。昨晩の襲撃者どもが、武器を奪われ返り討ちに遭ったというのに、ナグルファルの町正門をくぐり抜けてきたのだ。


「ここまで追ってきたか……」


 わかってはいた。キャラルがいたから仕方ないとはいえ、生かして帰したのは間違いだった。


「あの連中どこ行きやがった!」

「このままじゃハキの親分にぶっ殺されるぞ! ヒャマール様も黙っちゃいねぇ、何がなんでも探し出せ!」


 もちろん尾行した。奴らは俺とキャラルを探していたよ。

 真後ろにその標的の一人がいるとも知らずに、復讐するつもりだったらしい。


「怖いのは弟皇様の方だ……。皇族の機嫌を損ねたら帝国で生きていけねぇ……」

「とにかくあの女だよ兄貴! シンザの野郎は無視して、キャラルを先に片付けねぇと……俺らがやべぇ!」


 やはり同情できんな、全てチンピラの都合ではないか。

 正しく商売がしたいという、模範的な帝国商人になんの咎がある。


 確信した。こいつらは更正しない。

 ここで生き延びれば、似たようなヤクザ商売をこれからも繰り返す。

 俺は尾行を続けた。キャラルにやつらが近付く前に排除するためにだ。


 人通りのない狭い路地を見つけては、やつらがそこを通ってくれるよう神に祈った。

 神よ、アンタにも情けがあるなら、粛正のチャンスをくれ。やつらが俺の友人に害をなす前に。


 ところがだ、神はいなかった。あるいは、クソッタレが神だった。


「兄貴っ、あれっあれっ、あの女だっ」

「キャラル・ヘズ! 挽回のチャンスだ、ついてるぜ俺たち!」

「それに一人だ、やっちまおうぜ!」


 そいつらはアホだ。時刻はまだ夕方前、白昼堂々の犯行を衝動的に決めていた。

 もうこうなったら力ずくで止めるしかない。


「おいそこの強そうな兄ちゃんたち、頼みがあるんだ、こっち向きな」


 いつもの手口ですまんがな、やつらに声をかけた。

 同時に足下の乾いた土を削り取り、命令口調にやつらが怒り混じりに振り返るのを待つ。

 あとはアビスハウンドにしたのと同じだ。顔面目掛けて土塊を投げ付けた。


「てめっ、ぶぁぁっっ?!」

「汚ねぇぞテメェッ、あ、ああ兄貴ぃっ、目が見えねぇ!」


 その次は落とし穴だ。目にも止まらぬ早さで穴を掘り、それからやつらの背後に回り込んで蹴り落とした。


 当てずっぽうで剣を振っていたがな、当たるはずもない。

 邪竜の書で強くなったこの肉体ならば、この程度息を乱すほどでもない簡単な流れ作業だ。


「な、何をする! 何だこの穴はっ、ま、まさかテメェ?!」

「土が降ってっ、止めろっ止めてくれ、お前ら止めろぉぉっっ!!」


 降り注ぐ土があまりに大量だったせいか、やつらは複数人による襲撃だと思ったようだ。

 ふと背中の向こうを確認するも、キャラルやナグルファルの民はこの裏路地の騒ぎに気づいていない。


「アンタたちにキャラル・ヘズは殺らせない。さて意味はわからんが一応この力技をこう名付けよう。秘技……エイリアン・ヘイアンキョー」


 キャラルの姿はもうどこにもない。

 俺は誰にも気づかれることなく、襲撃者どもを大地の牢獄に封じ込めた。


 いや、ところがだ。


「くっ……これだからこの書は……ッ、む、むぅ……!」


 また光った……。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を3人埋めろ】達成

 ・達成報酬 EXP500/スコップLv+1(獲得済み

 ・『キャラルは法では救えん、貴様は正しいことをしたのだ』

――――――――――――――


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を5人埋めろ】残り2人

 ・達成報酬 EXP900/スコップLv+1

 ・『全てを穿つ力、それが貴様のスコップだ』

――――――――――――――


――――――――――――――

- 目次 -

【Name】アシュレイ

【Lv】8→12

【Exp】800→1300

【STR】20→26

【VIT】88→100

【DEX】31→40

【AGI】19→27

【Skill】スコップLV3

『スコップは貴様に別次元の力を与えるだろう』

――――――――――――――


 しかし見れば急成長だった。もしかしたらこれで、ゲオルグ兄上に勝てるかもしれない。

 俺は罪悪感や人の目よりも、キャラルを守れた達成感と、邪竜の書がもたらす成長の充足感に包まれていた。


 俺は正しい必要悪ことをした。ジラントがそう認めてくれるから俺はやつらを屠ることができる。そのことに気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る