3-2 街で出会った娘を救えと奇書が言う - 初めての貿易商 -

 キャラル・ヘズ商会は貿易商だ。

 舶来の茶や陶器、洋書、その他もろもろの雑貨を売り物にしている。


 貿易港で品物を仕入れて、それを帝都に運んで売る。簡単なようで難しい商売だ。

 聞けば例の政商ヒャマールは、この帝都とナグルファルを繋ぐ貿易ルートの独占をもくろんでいるそうだった。


「シンザ、寒くない……?」

「ああ何ともない。寒さ暑さには昔から強くてな」


 帝都西門を出て街道を進み、やがて太陽が傾き夜がきた。

 今は街道の外れの林に入り込み、身を隠しながら野宿をしていた。


 もちろん道中に小さな宿場町もあったのだがな、ヘズ商会は悪党に狙われている。

 そうなれば誰も守ってくれない。目立たぬ野宿の方がマシだった。


「ホントに平気……? 感謝してるから、私ちょっとくらい気にしないよ?」

「平気だ。それより明日は商談だろう、早く寝てくれ」


 良い取引をしてくれたらそれだけ俺は目的に近付ける。

 しかしキャラル・ヘズは俺の言葉を勘違いして、また感謝していたようだった。


「ねぇ、どうしてそんなに良くしてくれるの? やっぱり変」

「そうだろうな。だがアンタを助けたら俺は得をするのだ、むしろ遠慮しないで何でも言え」


「……じゃあ、人恋しい。寂しいから、一緒にこれかぶって」

「わかった」


 キャラルと毛布を半分に分けて、焚き火の前に座り直した。

 炎は人の心を落ち着かせる。ぼんやりとそれを眺めて、彼女が眠るのを待った。


 寂しい。そう素直に認められるところが強いなと思った。



 ◇

 ◆

 ◇



 林におおわれた空を眺めれば、細い月と深夜の星空が浮かんでいた。

 少し眠っていたようだ。ところが急に目が覚めて、半分に分けた毛布をキャラルの肩に全てかぶせた。


 それからロバに水を与えた。帝都で借りたものだ。

 この手の商用動物は、個人で所有したところで使い余すからな。


 寝ぼけた頭が少しずつ冴えてゆく。それからもう一度空を見上げた。

 帝都は歓楽街という不夜城を抱えている。それが星空を包み隠す。


 それに対して、この林には暗い焚き火が1つだけだ。

 人が国を作るよりも遙か昔、太古の時代の空もきっとこんな満天の星空だったのだろう。


「起きろキャラル」

「ふぇ……?」


 父上の贈り物、竜眼を隠蔽してきたレンズを外した。

 こちらの方が夜目が利く。


「どうやら客人だ、そこの木に登っていろ。よし、火を消すぞ」

「ぇ……ぇっ、あ、うん……。もしかして敵?」


 あまり声を出したくない。焚き火を足で踏み消しながらキャラルにうなづいた。

 どうも取り囲まれているようだ。ロバの鳴き声と明かりに気づかれてしまったか。


「シンザ、どうするの……っ」

「いいから黙っていろ、アンタに死なれるとゲオルグ兄上に追い付けん」


 毛布を利用することにした。

 それをかぶって俺は林の奥に走り出す。身を小さく屈めて、歩幅も縮めて、キャラルになりすました。


「待ちな、小娘!」


 狙い通りだ、すぐに俺は包囲された。

 だが茶番は要らん、毛布の中に隠したスコップを、不意打ちで相手の顔面へと叩き付ける。


「アガァッッ?!!」

「あ、兄貴ィィーッッ!?」

「気を付けろ! コイツ、あの女じゃないぞっ!?」


 どこかで聞き覚えのあるセリフだ。

 兄貴とやらは何かと不意打ちと縁があるようだな。


「囲め囲め!」

「いっせーのーでで行くぞ、いっせーの――ぬぁっ!?」


 そう言われて誰が待つか。敵は残り4名、そこで毛布をかけ声を上げるバカに投げつけて、すぐさま背後のやつに不意打ちを仕掛けた。


「え、ギャッッ!?」


 これで残り3、1名は毛布に視界を奪われている。

 なので2名がバラバラに俺へと斬りかかってきた。だが悪いな、アンタたちより俺は闇がよく見えるたちだ。


「ウゲッッ!!」

「ゲハァッッ?!」


 同士討ちを避けたのだろう、どちらも上段の袈裟狩りだ。

 ソイツを素早い身のこなしで易々とすり抜けて、順番に頭、腕、頭をスコップで殴り付けた。


「て、ててて、テメェシンザッ、何でここに!? だが残念だったなぁっ、今頃他の仲間があの小娘を――ウゲッ、や、止め、ブヘァァッッ?!!」


 帝都5周の成果だ、俺はバカな弟分の腹を突き、うずくまったヤツの後頭部ごと叩き倒すと、やることをやってすぐに引き返した。

 息切れ? そんなものは知らんな。


「こっちくんなっ、助けてシンザっこっちにも敵が……!」

「へっへっへっ、悪いが姉ちゃんよ、ヒャマール様の命令だ。アンタは消され――ヌガァッッ?!!」


 キャラルは木から降りて逃げようとしていた。

 ところがだ、昨日俺が仕込んでいたのをちゃっかり見ていたんだろうな。


「い、痛ぇ……! な、なんだこの穴はッ、う、足が……」


 抜け目なく俺の作った落とし穴に誘い込んで、出番を奪ってくれたよ。


「シンザッ、私やったよ! でっかい人やっつけちゃった!」

「ああ、アンタを甘く見ていたようだ。よし逃げるか」


「でもアイツらは!?」

「倒した。ほらやつらの剣だ、あっちに着いたら売りさばいてしまえ」


 やることやった結果だ。武器がなければやつらも襲撃できん。

 ところがそのとき、妙な声が響いた。


『アシュレイ、そいつらは埋めて構わんぞ。そいつらは、更正しようもないほどに魂が汚れている。駆除しろ』


 そうは言われてもな。はいそうですかと実行などできん。

 そもそもキャラルの前だ、ここで始末すれば彼女は俺との付き合いを止める可能性も高い。


「て、てめ……てめぇら、俺を舐めるんじゃねぇぞ!!」

「シンザ大変ッ、アイツ上がってきちゃったよ!」


 やわらかい腐葉土だ。足を引きずった悪党が俺に刃を向けた。

 ダークヒーローを演じるというのは、物語の世界ほど簡単ではないようだ。


「アンタついてたな」

「うるせぇっ死にさらせ! ……ぇ」


 己の異形を利用することにした。

 竜の眼でやつを睨み返し、突然目の前に現れた怪物にあっけに取られているうちに、俺はやつを再び穴に落とし入れた。


 それからスコップを高速でさばいて首から下を埋める。

 VIT88のスタミナがあれば、その程度何のことはなかった。騒がれても困る、最後に頭をぶん殴って終わりだ。


「埋まっちゃった……シンザ、シンザってすご、あっという間に埋めちゃった……。ていうかその目ッ、あ、あれ……」

「どうした?」


 どうやら見られてしまったようだ。

 嫌われる。恐れられる。怪物と言われる。そんな脆弱な感情を押し殺して、俺はただのシンザになりすました。


 レンズを再び眼球にかぶせて、暗闇ゆえの見間違えだと思い込ませたのだ。


「ううん、気のせいかな……あっ、それより逃げようよっ、場所変えないと! でも、付いてきてくれるよね……?」

「もちろん。アンタに死なれたら困るんだ、任せてくれ」


 キャラルを独りにするのはまずい。確かに更正の余地すらない悪党なのだろう、こいつらは。

 だが今はできなかった。彼女に嫌われたり、死なれたりしたら意味がないのだ。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を3人埋めろ】

 ・達成報酬 EXP500/スコップLv+1

 ・『見逃せば必ず後悔するぞ』

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――――――――――――――

- 目次 -

【Name】アシュレイ

【Lv】8

【Exp】765→800

【STR】20

【VIT】88

【DEX】31

【AGI】19

『これでわかっただろう、貴様は強い。我と出会った幸運に感謝しろ』

――――――――――――――


 ところで少し気になって書に目を落としてみた。

 やはりただ悪を埋めただけではダメか。つくづく厄介な条件を提示してくれたものだ。


「嬉しいよシンザ……。男の子をこんなに頼もしいって思ったの、私生まれて初めて。さあっ一緒に行こうっ!」

「アンタもなかなか大した肝っ玉だ。安心してくれ、もう二度と襲わせない」


 悪党どもの顔は覚えた。次は生かして帰さない。

 またどこかで会ったら、二度とキャラル・ヘズに害をなせないようにしてやる。

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