3-2 街で出会った娘を救えと奇書が言う - スコップを背負った傭兵 -

 傲慢な行いをしたのは事実だが、だからといってその晩の俺が悪夢にうなされることはなかった。

 もし追い剥ぎのダグスをあのまま放置すれば、より多くの者が、現実の悪夢に苦しみ抜くことになっただろう。


 正しいことをしたという確信があった。

 俺は己の目的のために悪を、言葉通り餌食にして、新たな力を手に入れた。そのことを恥じようとは思わない。


 この国は歪んでいる。金の無い庶民は法律にすらまともに保護されない。

 多かれ少なかれ弱者は強者に服従させられ、逆らおうものなら叩き潰される。典型的な例で言えばキャラル・ヘズのようにだ。


 そんな腐敗を抱えながらも、豊かで秩序あるこの国には、法を無視する傲慢な断罪者が時に必要だった。


「アシュレイよ、いつまで寝ているつもりだ。我輩と話す機会が来たというのに、貴様はそのまま寝過ごすつもりか?」


 あえて繰り返そう、悪夢を見ることはなかった。

 それはこの青い少女ジラントが、眠れる俺をこの楽園に導いたのもあるだろう。


「アンタか……」

「うむ、目覚めたな。我輩と会えて嬉しいだろうアシュレイ」


「自意識過剰な竜様だな……ああ、アンタに会いたかったよジラント」

「良きかな。その言葉、本心と見なそう」


 皮肉屋の言葉を逆手に取って、ジラントは己の美貌を誇った。

 もう少し育てば美女という言葉が似合うのだがな、しかしこの構図は……。


「好きにしてくれ……」

「フフフ、別に恥ずかしがらなくとも良かろう」


 膝枕をされていたようだ。そこでジラントの制止の手に逆らって身を起こす。

 視界に映ったのは楽園、この前と全く同じ晴天、同じ風景の南国がそこにあった。


「して、どうだ我輩が書の力は?」

「お世辞抜きに言って素晴らしい。とんでもない書だ……」


「そうか、貴様が満足ならばそれで良い」

「いいや満足とは言いがたいな。要求もまたとんでもなくハード、それにところ構わず光るところがやはりな……どうにかならんのか?」


 ジラントが座り込んだ俺の前に立った。

 そこに立たれると陽射しが彼女の背中に遮られて、逆光は勝利、という異界の故事を思い出させる。


 背中に太陽を背負った者は勝利する。というよくわからん理屈らしい。


「苦労しなければ成長などない」

「それはまた、使い古された正論だな」


「それに貴様も楽しんでいたではないかアシュレイ。帝都5周も、悪の粛正もな、クククッ……爽快だったぞ。悪が断罪される姿は、何度見ても良いものだ……」

「アンタもシグルーンもどうかしてる」


 俺の独善をジラントは肯定した。心から俺の行いを楽しんでいた。

 現実の世界には正義の味方などいない。だからこそ人は物語にヒーローを望むのだろう。


「恥じなくとも良い。貴様は正しいことをした、貴様は間違っていない、帝都はダークヒーローを望んでいるのだ」

「ならば聞こう、アンタに何の得がある。なぜ俺に正義を望む」


 悪を見て見ぬ振りをしなければ生きられない。

 俺だってそうだ。親族たちが不正に手を染めようと、俺は彼らに何も言わなかった。


「それが貴様の願いだからだ」

「そうか。そのことと、俺の膝に乗ることに、何か繋がりはあるのか?」


 ジラントは小柄だ。膝に乗られると、妹か何かと遊んでいるような気分になる。

 本人は色仕掛けで誤魔化そうとしてるのかもしれん。だがな、悪いが俺はロリコンではないのだジラントよ。


「どうだ嬉しかろう。うっふん……と言うのだろう、こういう時は」

「いつの時代の文化だ……。ああ、ありがたくて涙が出てきた」


 しかしせっかくの機会だ、ジラントに相談をすることにしよう。

 どうも怪しくなってきたが、俺よりずっと歳を食っているはずだからな。


「それはそうとジラント、知恵を貸してくれ。ヘズ商会をどう立て直せばいい?」

「知らんな、そこは貴様なりの方法でやってみよ」


「それでは投げっぱなしではないか……。今回ばかりは無茶ぶりが過ぎるぞ」

「安心しろ、今の貴様は強い。その力をもって工夫して見せよ。それにまあいずれ……我輩の力が戻ったら少しだけ協力してやる」


 偉そうな言いぶりだったが、膝に乗られながら言われると、子供のおねだりのようにしか聞こえない。

 ジラントはこう言っているのだ。予想もしない方法でキャラル・ヘズを救い、我輩を楽しませろと。


「わかった、ならアンタはせいぜいそこで見ていろ。俺がヘズ商会を立て直せるかはわからんが、少なくともあの子を守って見せよう」

「ククク……それでよい。良いあらすじだぞアシュレイよ」


 楽園の青い竜は、やはり己の美貌を過信しているようだ。

俺が喜ぶと勘違いしたのか、人の額に口付けして、それから得意げに妖しく微笑んだ。己を妖艶だと思い込んでいるらしい。


 すまんジラント、やはり子供の背伸びにしか見えん。



 ◆

 ◇

 ◆

 ◇

 ◆



 翌日、再び帝都西、赤の通りの裏にあるヘズ商会を訪れた。

 するとタイミングが良いのか悪いのか、またあの薄毛の兄貴と威勢だけの弟分が店の軒先で営業妨害をしていた。


――――――――――――――

- 事業 -

 【ヘズ商会の経営を立て直せ】

 ・達成報酬 DEX+50

 ・『おい、さっさと助けろバカ者!』

――――――――――――――


 ヘズ商会の経営を妨害すること。それすなわち俺のDEX+50獲得の妨害だ。

 そこでこの前と全く同じ手で忍び寄り、兄貴分の頭をスコップでぶん殴った。ちなみに今度は手加減無しだ。


「あ、兄貴ィィィーッッ?!」

「すまん、つい手が滑ったようだ」


「て、てて、てめっ、てめぇまた現れたなスコップ野郎ッ!」

「シンザッ! 嘘っ、タイミング良過ぎでしょ、マジ助かるよっ!」


 弟分の方はヘタレだ、今回はショートソードを抜かなかった。

 前回の時点で、こちらに勝てないのはヤツもわかっていたのだろうな。


「それより兄貴を介抱しなくていいのか? 今回は本気で殴ったぞ、早く医者に見せた方がいい」

「お……覚えてやがれッッ!! シンザッ、その名前覚えたからなァッッ!!」


「そのセリフは前にも聞いたような気がするな」

「う、うるせぇッ覚えてろよ!!」


 つくづくベタな連中だ。

 逃げる口実を得た弟分は、兄貴を引きずってヘズ商会から少しずつ遠ざかっていった。


「別にあいつもボコってくれても良かったのに……。あ、ごめん本音でちゃった♪ ありがとうシンザッ、ほんと助かったよ~!」

「恨みでもあるのか?」


「まあ、うん……そんなとこかな。それよりまたお茶でもどうかなっ?」

「それはちょうどいい、ぜひいただこう」


 さてどうやって切り出したものかな。

 どうやって彼女を納得させて、この商会を盛り立てていったものか。

 少し考えながら商会の2階に案内されて、ゆっくりとくつろいで黒い茶をすすった。


 ◇

 ◆

 ◇


 キャラル・ヘズの身なりは、商人と水兵セーラーの合いの子といった風体だ。

 実際この店では舶来品を扱っているようだからな、海上貿易と接点が多いのだろうな。


「へ……っ?」

「店の建て直しに協力したい。何か手伝わせてくれ」


 話を切り出すと彼女は当惑した。

 それはそうだろうな。俺のような放蕩息子ならばいざ知らず、帝都の民は己の生活と人生で手一杯だ。


「それって、仕事が欲しいってこと?」

「いや金は要らん」


「ああなるほ……へっ、なに言ってんの君っ!?」

「実はな」


 報酬はEXPとDEX+50で十分だ。

 それがあれば俺はゲオルグ兄上に追い付ける、金など要らん。


「ま、まさか……好きになっちゃったとかっ、私のことっ!?」

「なぜそうなる」


「だって、なかなかドラマチックな出会いだったなぁ……。とか、今日だってそう思ったし!」

「だからアンタに、俺が惚れたと?」


「違うの? 死んだお兄ちゃんが言ってたけど、私ってかわいいんだって」


 カフェのおばちゃんとタイプが近いのかもしれん。

 人と喋るのが好きで、話している相手をドンドン話題に飲み込んでゆく手合いだ。


「そこスルーしないでよっ! 突っ込んでよ!」

「ああすまん、お兄さんが言う通りアンタはかわいい女性だ。明るいその性格を含めてな。だが、残念ながらそっちは俺の動機じゃない」


「うっ、まさかの褒め殺し……。だったらなんなのさーっ!?」

「実はな、俺は暇人なんだ」


 俺にはある残念な事実がある。

 異界のとある称号を借りるならば、俺という存在は『無職ニート』だ。


 皇子としての義務もない。今日まで好き放題に生きてきた。

 恐らくニートの定義にぴったりと当てはまるだろう。


「は? 暇人っ?!」

「そうだ暇人だ、無職だ、だが親が裕福でな、金には困っていない」


「うは……なんか納得かも。ていうか暇人っていうよりそれ、変人……?」

「それで構わん。さてでは言い直す、何か手伝えないか?」


 キャラル・ヘズは不思議そうに俺を見た。

 初めて出会う人種だと思っているのだろうな、理解しかねているようだった。


「シンザ、やっぱり私に惚れてない!? この際そういうことにしとこうよっ、なんかスッキリしないもんっ、シンザってもしかして聖人!?」

「まさか、俺は俺の都合で動いてるだけだ。それより早く何か命じてくれ、アンタの仕事の邪魔をしたくない」


 ゲオルグ兄上に勝つために、強くなってただ生き延びるために、アンタを利用しているだけだ。

 アンタを助けたら俺はゲオルグ兄上に追い付けるのだ。これ以上の動機などない。


「マジ聖人かも……。それじゃ、私いま余裕無いから頼っちゃうよ!? ほんとに良いのっ?!」

「いいから言ってくれ、何をすればいい」


「護衛して! 貿易品を運ぶの手伝って! 行き先は帝都西、海岸都市ナグルファル!」

「護衛か、それなら俺にもできる。いいぞ手伝おう」


「やったっ! シンザッ、シンザは天使様だよ神だよ救世主だよっ! ありがとうシンザーッ!」


 キャラルに両手をつかまれてブンブン振り回された。

 少し冷静になってみれば、もう少し疑ってくれても良いかもしれんのにな、キャラルは俺を信じてくれていた。


「荷造りは?」

「半分できてる!」


「ならそれも手伝おう。……おい、なんだその手は」

「祈ってる……ありがたや、ありがたや、シンザ様ありがとう……」


「止めてくれ……」


 ジラントが俺の中で笑っているような気がした……。

 その後、俺たちは荷造りを素早く済ませてヘズ商会を出発した。目指すは西、海岸都市ナグルファルだ。

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