2-3 冒険者ギルドで仕事をこなせと奇書が言う - 黒角のシグルーン -

 イルミア大森林、そこは噂とは異なりどこか神聖で美しい土地だった。

 足の速いギルドの乗り合い馬車に運ばれて、北部の町の手前で俺は下ろされた。


 そこから西に向かえば森の入り口だと御者に教わったので、素直に従ってみれば本当にすぐそこだ。

 まず感じたのは空気の美味さと妙な清麗さだ。それでいて光の陰影の深さのせいか、どことなくミステリアスに感じた。


 天気が良いのもあって歩くと昼過ぎの木漏れ日がチカチカと降り注ぎ、森の中に白妙のカーテンをいくつも作り出している。

 だがしかし現実のここは帝国領内有数の超危険地帯だ。


「コンパスくらい持ってくるべきだったか……」


 その美しいが妖しさのともなう森を歩いた。

 例の大型の魔獣だったか、もしそんなものに遭遇したらひとたまりもなさそうだ。


 しかしこれは俺向きの仕事なのかもしれん。目当ての薬草サンライトハーブの群生を見つけた。早速スコップで根の上をザクリと刈る。

 一通り刈るとギルドから借りた大きなカバンに詰め込んだ。


 スコップが得意で良かった。軽快なペースで薬草採集が進んでゆく。

 残り2種のベースハーブとブルーハーブもすぐに見つけた。


 俺は兄たちのスペアにすらならない出来損ないだ。

 よって王宮図書館で本を読みふける時間だけは幼少から山ほどあった。

 発掘を始めたのもそこがスタート地点だな、異界の本をもっと読みたくなったのだ。


 迷わないように気を使いながら森をぶらぶらと歩く。

 すると今回のクエストとは全く関係ないが、山芋の葉を見つけた。ツイている、これは爺が好きなやつだ。すぐに掘り返すことにした。


「しかしスコップレベルか……。そいつが上がれば芋も掘り放題、爺の機嫌も良くなって、発掘もはかどるとくるのか。それは素晴らしいな……」


 そこで手の泥を払って邪竜の書を開く。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を1人埋めろ】

 ・達成報酬 EXP200/スコップLv+1

 ・『悪の息の根を止めよ。正義を果たす勇気を獲得せよ』

――――――――――――――


「なぜ人なのだ……。ジラントよ、粗大ゴミあたりではダメなのか……?」


 書は答えてくれない。

 そもそも悪党の基準はなんだ、死に値する悪党であることをいったい誰が決めるのだ。どうやってそれを探す。


 わかるわけがない。だから俺は山芋を掘り返して断罪を望む書という現実を忘れた。


 ◇

 ◆

 ◇


 掘り出した山芋をカバンに詰めて、のんきな冒険者シンザは木の幹を背に座って休んでいた。

 薬草採集はぼちぼち、カバンの2/5くらいが芋と色とりどりの薬草で埋まっていた。


「――!」


 ところがだ、そこに突然尋常ならざる咆哮がイルミア大森林にとどろいた。

 巨大な獣のうなり声だ。それに続いて矢が風を切る音、剣や盾の激しい金属音も聞こえてきた。森の奥で突如戦いが始まったということだった。


「まさか例のやつか……まいった、これでは仕事にならんな」


 いやそれどころではないかもしれん。

 もし森の奥で戦っている連中が負けたら、次の標的は俺になるかもな。

 ここは帝国の秩序及ばぬイルミア大森林、恐ろしい場所だ。


 請け負ったのはただの薬草採集だったが、こうなっては行くしかない……。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



 図鑑で読んだことがある。その魔獣の名はアビスハウンド、呪われた地アビスに生息すると言われる正真正銘の怪物だ。

 黒い毛皮と男の胸あたりまである巨体が特徴で、おまけにこいつらの腹は満腹というものを知らない。


 中二なかに病に寄せて言えば、アビスハウンドは底無しの飢えに苛まれ続ける地獄の大狼と言ったところだ。

 対するは討伐依頼を請け負った冒険者だろうか。まともに戦えそうなやつはもう5名くらいしか残っていない。


 しかしその倍以上が死傷者だ。命の瀬戸際というやつがそこにあった。

 凄惨な光景だった。負傷者のうめき声と獣のうなり声が討伐隊を及び腰にさせていた。いや、1人だけどうも違う。


「前衛は弓手を守れ! 拙者は前に出るっ、お前たちはせいぜい生き延びろ!」

「た、助けてくれシグルーンッ、俺たちだけじゃ……ッ」


 黒い角のある女が命知らずにも前に出た。

 しかもだ、その身なりといったら肌も露わなとんでもない軽装だ。

 そいつがアビスハウンドの爪をかわし、顎をかいくぐり、二刀流の剣で受けて、反撃に獣の顔面へと刃を斬り付ける。


「強いな……ゲオルグ兄上並みか」

「アビスハウンド! 拙者に見つかったのが運の尽きだったな、さあこい!」


 これならわざわざ介入する必要はないかもしれん。

 俺はただの駆け出し冒険者のシンザ、出しゃばったところで何ができるかもわからん。


「いや、だがまさか……」

「どうした狼なら狼らしく襲いかかってみろ! 来ないというならばこちらから行くぞッ!」


 まさかの可能性もある。そうなれば寝覚めも悪い。

 よってただのシンザは木陰から戦場に飛び出した。


「しまっ、誰かアイツをッ、あっ?!」


 突撃を選ぶ黒い角のシグルーン。だがアビスハウンドは獣、プライドをかけた直接対決などはなから歯牙にもかけず、地にはう負傷者の方に目を付けた。

 最も大柄な男だ。大方その獲物をくわえて逃げようとでも考えたのだろう。だがさせん。


「くっ……。悪いな、お前に餌はやれん」


 ヤツの牙が彼を襲う寸前に、好みに合わんかもしれんがスコップを食わせてやった。

 どんなに毛皮と皮下脂肪が厚かろうと、口の中はやわらかい。野良犬みたいな悲鳴を上げてアビスハウンドが下がった。


「は、はぁっはぁっはぁぁっ、た、助かった……」

「援護感謝するぞ、そこのスコップ男っ!」


 スコップ男か、なかなか悪くない呼び名だ。

 アビスハウンドと睨み合いながら、俺はスコップという偏りきった才能の刃を向ける。


「シグルーンだったか、俺はこの手のタイプが苦手だ。アンタに任せた」

「ああっ任せよ!」


 世の中には怪物がゴロゴロいるものだな。

 シグルーンは負傷者を俺に任せると、再びアビスハウンドに飛びかかった。


 人間と違って4つ足の生き物は落とし穴にかけにくい。

 ただでさえこの巨体だ、もっと素早く穴が掘れたら別だが、今の俺の手に余った。


 既に討伐隊との激突でアビスハウンドが弱っていたこともあってか、シグルーンの二刀流がヤツを追い詰めてゆく。


 しかしな、瀕死の獣はまたもやシグルーンから逃げ出した。

 いや、捨て身覚悟でこちらの負傷者に襲いかかってきたとも言う。


「スコッッ!」

「妙なあだ名は止めろっ!」


 狙われたのは痩せっぽっちの負傷者だ。

 少しここからは距離が離れていたので、とっさにスコップで大地を削り土塊を投げつけた。


 泥が目に入ったことで巨大な黒狼がひるむ。

 ただこんなもの一時しのぎだ、シグルーンがそうしたように俺もヤツに突っ込んだ。


 成敗だ。シグルーンの二刀流が首を、俺のスコップがヤツの頭を叩き割ると、ようやく怪物が動きを止めてくれた。


 いやそれだけじゃない。アビスハウンドの肉体が崩れてゆく。

 やがてヤツの死体のあった地面が黒く焼け焦げて、黒曜石の輝きを持つ牙だけが残っていた。


 呪われた世界アビス、そこに属する怪物の末路はこんなものらしい。

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