2-3 冒険者ギルドで仕事をこなせと奇書が言う - ホタルさん -

「むぅ……燃えてしまったか。一度食ってみたいと思ってたのだがなぁ……まあいいっ、別の収穫があった」

「俺の名はシンザだ。食うのは止めといた方がいい」


 その収穫というのは俺のことらしい。

 握手を向けられたのでそれに応えると、戦士の指先とは思えぬほどやわらかく、手汗でしっとりと汗ばんでいた。


「なぜだ、美味そうだったぞ」

「んなわけがあるか。ヤツらはアビスの生き物だ、食ったらただでは済まん、汚染されてると本で読んだ」


「だが食える部位があるかもしれん。どんな生き物も食ってみなきゃわからん、そうだろスコ男」

「シンザだって名乗っただろ、シグルーン……」


 余裕がなかったがシグルーンの姿形に覚えがあった。

 彼女は有角種だ。かつて神を殺し得る力を手に入れた種族だと、宮殿の古書にそうあった。


「まあいいではないかスコ男。ああ、それより仲間を助けてくれて感謝するぞ。死なれると分け前こそ増えるが、次に組む相手が減るからな」

「大したことはしていない。俺はまだ未熟者だ」


 シグルーンの武勇を見せつけられて、心まで未熟な俺は焦りを抱いた。

 ゲオルグ兄上に並ぶ強者がまた現れた。俺はなんて弱いのだ、もっと力が欲しいと悔やんだ。


「ボケがいのない男だな……。そこはもう少し仲間の死を悔やむべきだ、とでも言うべきだろうまったく」

「なら負傷者の手当を優先するべきだな。二頭目が現れたら次こそ全滅だ」


「それは悪くないな!」

「いいや悪い」


 とんでもない女だ。そいつを無視して俺は負傷者の手当を始めた。

 幸いベースハーブがある。本来は調合薬の材料だが、記憶違いでなければ傷薬にもなると載っていたはずだ。


 そうして応急手当が終わると森の外まで負傷者を運んだ。

 それからギルドの乗り合い馬車を呼んで、動けない者を乗せて町まで歩いた。


 今日中に仕事が片付くかと思ったが、今日はここに泊まることになりそうだ。初の宿屋デビューだな。


「ところでスコ男」

「何だ、戦乙女」


「その、なんだ……助かった」

「それはもう聞いた、何度も言わなくていい」


 ありがたいことに宿代は彼女が出してくれることになった。

 シグルーンが急に恥じらいだすから何かと思えば、それは今さらなお礼だった。


 しかし話はそれるがこの女、俊敏な動きに反して――落ち着いて眺めると胸がずいぶんでかいのだな。


「ええいっ、まったくつまらん男だな! いいかっ、このことは覚えておくからな! この借りはいつか必ず返してやる!」

「アンタな……。逆恨みめいた照れ隠しは止めてくれ、今日の宿代だけで十分だ」


 アビスハウンドを食いたがったり、こうして仲間が死傷しても深く悲しまなかったり、かと思えばこの通り、変な女だ……。


「せ、拙者は照れてなどいないっ! む、むぅぅぅ……わからんやつめ! ならばこうだッ!」


 無欲でストイック過ぎたのがいけなかったのだろうか。

 シグルーンという達人が俺の虚を突いた。その武人とは思えないほどにみずみずしい唇を、呪われた皇帝の七男の頬に押し付けたのだ。


「ふぅ~~♪」

「うっ……!」


 さらに悪戯心でも働いたんだろうな。立て続けに人の耳へと細い息を吹きかけてきたよ……。

 この女、何を考えているのかわからん……。


「はははっ、良い反応だ。感じたか?」

「ああ、アンタに関わったのが間違いだったのかと、薄々気づきだしたところだな」


「つれないぞ、拙者はお前が気に入ってしまったらしいのだ。何というかな、武勇を持ちながら力に溺れぬところがいい。迷いも驕りも無いその太刀筋、お前はなかなか美しいぞシンザ」


 恥を承知で本心を述べる。情けないがドキリと心臓を鷲掴みにされた気分を味わった。

 俺は忌み子、醜い目と腕を持って生まれた。


 それゆえ比喩だとわかっていても、美しいと言われるのは衝撃をともなう喜びだった。


「とにかく礼は必ずする。何か助けが必要になったら拙者を呼べよ、スコ男」

「しつこいやつだな。わかった、この話はここまでにしよう。それより腹が減らないか?」


「おおそうだなっ、仲間を救ってくれたお礼その2だっ、拙者が奢ってやる!」


 シグルーンは俺の竜眼と白腕を見ても、ありのままの彼女でいてくれるだろうか。

 醜いと言われるような気がして心が陰り、それを呪われた忌み子は笑ってごまかすことにした。


 それからその翌日、俺は薬草採集を済ませて帝都に帰還したのだった。



 ◇

 ◆

 ◇

 ◆

 ◇



 ギルドに戻って報告と納品をした。

 あの受付はイルミア大森林の山芋を食いたそうだったが、これは爺のご機嫌取りに必要不可欠だ。悪いが渡せん。


「おっ……また始まったな」


 これで邪竜の書のチャレンジを1つ達成したことになる。

 よって、俺はまた光りだしてしまった……。当然、奇異の瞳が俺に集中したよ。


「なあなあっ、なんでにーちゃんは光るんだ?」

「ああ、実は先祖がホタルなんだ」


「ぎゃははっ、じゃあ今度おっさんに光る尻見せてくれよっ!」

「いやぁ~ホント変なやつだな、そうだ今から一杯やるかっ!?」


 つまらないジョークなのにギルドのおっさん冒険者には大受けだった。

 まあ酒が入ってるのもあるのだろう。


「誘いは嬉しいがすまん、酔っぱらって帰るとうるさいのがいてな」

「おおっわかるっ! その話わかるよにーちゃんっ!」

「おい少しは静かにしろ酔っぱらいども。それに仕事ができるなら、少しくらい光ってもいいだろ。飲んだくれよかマシだ」


 強面の受付が報酬を支払ってくれた。

 皇帝の顔が刻まれた銀貨が5枚、若い頃の父上が俺に笑いかけていたよ。現実では年に数度しか会ってくれないほど疎まれてるがな。


「ありがとう。また光って迷惑をかけると思うが、まあ季節外れのホタルだと思ってくれ」

「おう、またこいよシンザ、まさか2日でこれだけ採集してくるとは思わなかった、やるじゃねぇか」


 ただの薬草採集だったが、俺はすこぶる良い気分でギルドを出た。

 続いて路地裏に引っ込んで、世にもはた迷惑な書を開く。


――――――――――――――

- 冒険 -

 【冒険者ギルドで仕事を1つ達成しろ】(達成)

 ・達成報酬 EXP150+50/今度こそ出会いの予感(受け取り済み)

 ・『黒い有角種シグルーン、とんだ出会いだったな』

――――――――――――――


――――――――――――――

- 冒険 -

 【冒険者ギルドで仕事を3つ達成しろ】

 ・達成報酬 EXP450/???

 ・『依頼は断るな』

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――――――――――――――

- 目次 -

【Name】アシュレイ

【Lv】4→6

【Exp】315→365→515

【STR】13→17

【VIT】28→33

【DEX】22→26

【AGI】15→17

『この体力バカめ』

※注釈 能力値は10pで成人男性並みという意味だ。そなたは別に非力でない。

――――――――――――――


 報酬???が気になった。良い意味ではない。

 これ以上おかしなことにならないだろうなジラント、といった不安の方だ。


 まあいい、宮殿に帰ろう。

 イルミア大森林での再採集と帰りの旅を済ませれば、その日の空はすっかり赤く暮れていた。

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