2-2 冒険者ギルドに向かえと奇書が言う
善は急げと行きたかったがな、あの竜の祭壇から地上に戻った頃には既に夕暮れ時だった。
収穫物は無理難題ばかりが記された奇書、邪竜の書が1つだけだ。
ふと西側の空を見上れば、広大な帝都が夕焼けを背に赤々と燃えていたよ。そこで少し気になってな、書をまた開いてみた。
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- 探索 -
【帝都を5周しろ】
・達成報酬 VIT+50
・『走らずに歩け』
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邪竜ジラント、アイツは人間の歩幅というものを知らんのだろうか。
あの巨大な帝都を歩いて5周回れだと? ジラントよ、いくらなんでもそんな無茶苦茶には付き合いかねるぞ。
ちなみにだが、VITというのは異界の概念だ。
ざっくり言えばスタミナの総量、多ければ多いほどタフな戦士という意味になる。まあ俺も男だ、タフになれるという代価に強く憧れないでもない。
もちろんジラントとこの本が俺に嘘を吐いている可能性だってある。
そうなればこの書から選択する項目は1つだろう。俺は最初のページにもう1度目を落とす。
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- 冒険 -
【冒険者ギルドに向かえ】
・達成報酬 EXP100/出会いの予感
・『選り好みはするな』
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「まずは冒険者ギルドか。まるで異界の物語だな……」
実を言えば冒険者という商売に元から強い興味があった。
クエストにもよるそうだが、こいつらの商売は要するにバクチ屋だ。掛け金は己の命、だから
俺のような発掘家からすれば、ロマンを求めてバクチに生きる姿にどこか親近感を覚えていた。
レアを引き当てれば一攫千金、外れを引いたり他者に先を越されれば一銭にもならない。
スコップにしか能のない変人に仕事が勤まるかはわからんがな、俺の趣味に似ているような気がした。
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その翌日、早起きをした俺は再び宮殿を抜け出すことにした。
「アシュレイ様ッ、なりませんぞ! またお忍びで帝都に下りるなどッ、暗殺者を差し向けられたらどうするおつもりございますか!」
「その時はその時だ、どっちにしろ長生きできる生まれではない。ではすまんが爺、アトミナ姉上が訪ねてきたら相手を頼む」
一応俺にも保護者のような者がいる。
年老いた小姓だ。俺の呪われた外見を知りながら、幼少の頃から温かく面倒を見てくれた。
「何を勝手な! ダメですぞ殿下ッ、ゲオルグ様がまたお怒りになりますぞ! この爺の身にもなって下され!」
「すまん、ゲオルグ兄上にも謝っておいてくれ」
「お待ち下さいアシュレイ殿下ッ! 年寄りにあの方は酷でございますッ、後生ですからっゲオルグ様の滞在中は……ッ、お、お待ち下されアシュレイ様ぁぁっっ!!」
「悪い。それと今日は戻らんかもしれん、ではな爺」
爺には悪いがな、一晩寝たら書の清々しいほどの無茶ぶりが俺の好奇心に変わった。
よって皇帝の七男は己が公式に存在しないことをいいことに、今日から開き直ることに決めたらしい。
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◇
◆
冒険者ギルド帝都中央支部の前にやってきた。
話に聞く限りでは金回りが良いはずなのだが、この組織は建物への投資をケチる。
よって一見は大きな酒場にしか見えない。
いやいざこうして入り口をくぐれば、内部は酒場と受付、事務所が合体したような荒くれ御用達の構造だった。
「おい……アイツなんか、光ってるぞ……」
「おお、なんだありゃ、光ってんな……」
「いやそれよりよ、なんであの男スコップなんて持ってんだ……?」
場違いな場所に入ってしまった自覚はある。
だが追い打ちだ。バックの中から青白い光があふれて、それが俺の全身に飛び火していた。
「お、逃げた」
「ははは、変なやつだな~!」
「アイツうちに何の用だったんだろうな……」
そうさ、逃げたよ。
カウンターの酔客たちに奇異の目線で見られたのだ、まずは撤収するしかあるまい……。
おいジラント、こんなことになるなんて聞いていないぞ……。
ギルドの隣は酒場だ。俺は建物と建物の狭い隙間に潜り込んで、バックの中の忌々しい邪竜の書を開いた。
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- 冒険 -
【冒険者ギルドに向かえ】(達成)
・達成報酬 EXP100/出会いの予感(EXP獲得済み)
・『続きのページを見ろ』
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- 冒険 -
【冒険者ギルドで仕事を1つ達成しろ】
・達成報酬 EXP150/今度こそ出会いの予感
・『選り好みはするな』
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- 目次 -
【Name】アシュレイ
【Lv】3→4
【Exp】215→315
【STR】11→13
【VIT】25→28
【DEX】20→22
【AGI】14→15
『喜べ、貴様は1割ほど成長した』
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「ノルマを達成して成長したということか……。だが、こうして数値で非力さを突きつけられるのはなかなかに傷つくな……」
俺は二の腕をまくって力こぶを作ってみる。
当然だがゲオルグ兄上には遠く及ばん。発掘を通じて鍛えているつもりだったのだがな……。
しかしギルドに再び入るのが億劫になってきた。
光るスコップ男がまた現れたぞ、とか、兄ちゃんもう光らないのかい? とか、冷やかされるに決まっているぞ……。
「ジラントめ……」
もう一度ギルド関連のページを眺める。
するとそこに新しい文字が浮かび上がっていった。
『選り好みはするな、いいから早く入れ』
目を疑うというのはこういうことだな。
俺の中に消えたあの竜眼の娘は、俺の中からこちらの行いを注視しているようだ。
「説明してくれなかったアンタのせいだろう……。わかった、今頃宮殿では、兄上が逃げた俺の代わりに新兵を鬼の形相でしごいている頃だ、もはや退くに退けん」
覚悟を決めて俺は冒険者ギルドの中に舞い戻り、まっすぐに受付の前に立った。
強くなってゲオルグ兄上に勝ちたい。書に従う動機としては十分過ぎた。
「おい、光るスコップ野郎が戻ってきたぜ」
「はははっ、もう光ってねーな!」
「なあ兄ちゃん、今日はもう光らねぇのかい? ダハハハハッ!!」
全部アンタのせいだからなジラント……。
酒の入ってる酔客、いやよく見れば冒険者たちの冷やかしを無視して、俺は受付の方に目を向ける。
ソイツもあそこで飲んだくれてるのと変わらない、だいぶ粗野な男だった。
「依頼か?」
「違う、何か仕事をくれ」
「ふぅぅん……。なら客の呼び込みはどうだ? さっきの光る芸があれば、まあ人だけは集まるぜ」
受付の言葉がまたカウンターの連中を爆笑させた。
入り口をくぐった瞬間に光りだしたがあまり、こんな扱いを受けるなんてあんまりだ。……笑う側の気持ちもわかるがな。
「それはギルドの仕事か?」
「まさか」
「ならば困る。頼む仕事をくれ、えり好みはしない」
「そうか、じゃ1つ聞く。まさかそのスコップで戦う気か?」
「ああそうだ、俺にはコレ以外の才能がない。だからスコップで戦う」
「まさかの本気かよ……。で、名前は?」
受付は俺に興味を覚えたようだ。
追い払うだけなら名前は聞かない、そう思いたいところだった。
「――
「偽名だな。お前本名は
「ああ、偽名だ。副業をするなら名前を変えておきたい、本業に差し支える」
「……そうか。お前ついてるなシンザ、運良く今日は人手が足りてない。えり好みしないってのは、本当だな?」
受付の男がニタリと笑う。これはろくな依頼じゃなさそうだな……。
だがまあ、ゲオルグ兄上の相手をするよりはぬるい仕事だろう。そう思うしかあるまい。
「本当だ。何でもやるから仕事をくれ」
「OK! こんな面白れぇやつは初めてだ、笑かしてくれた礼に良い仕事をやるよ!」
世の中どう物事が転ぶかわからんものだな。
俺からすればただのトラブルだったものが、受付の男はお気に召したようだ。
やれと言われてレベルアップできるほど俺は器用じゃないがな。
「ほらこれだ、これからお前はイルミア大森林に向かい、ここに記載された薬草を採集してこい。だがよく覚えとけよ、間違って変な草持ってきても金はやらんからな、これとこれとこれ、間違えるなよ?」
「アンタ、顔はおっかないが意外と親切だな……」
俺が受付にそう返すと、またカウンター席の連中が大爆笑した。
初仕事だ。俺はもっとたくましい男になるために、ギルドの薬草採集の依頼を受けた。
イルミア大森林、俺だって知っている。そこは強い魔獣が生息する危険地帯だ。
「ああ気を付けろよシンザ、人が足りてないのにはわけがあってな、あそこで大型の魔獣が目撃されているんだ。ま、受けた以上はきっちりやれよ、せいぜい気を付けな」
「えり好みはしないと言ったはずだ。わかった、せいぜい気を付けることにする」
「ははは、根性あんなぁお前……」
「違うな、これは根性でも覚悟でもない。ただ単にな、アンタが思っている以上に――俺の命が軽いだけだ」
「ブッ、なんだそりゃダハハハハッ、兄ちゃんお前面白れぇなっ! 最高にぶっ飛んでんぜお前よぉっ!」
俺はギルドを出て、乗り合い馬車を使って帝国の秩序及ばぬ大森林へと旅立った。
異界の物語でも初仕事はスライムやゴブリン退治、あるいは薬草採集と相場が決まっている。
いつ暗殺されるかもわからんこの命だ。
死の危険など、俺にとっては何のリスクでもなかった。命が軽くて得をしたな……。
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