2-1 帝位継承権最下位のアシュレイ - 邪竜と奇書 -

 黙々と土を掘る。ただ黙々と、日が陰るまでスコップを振るう。

 俺は皇帝の子だが、やはりこっちの方がずっと性に合っている。


 心が安らぐ、開放的だ。息が詰まりそうな宮廷よりずっといい。思わぬお宝が得られる夢もある。

 まあ……空振りの日も多いがな。


 今は古い住居を掘り起こしている。言わば建物は宝箱だ、俺の目当てはほぼ室内からしか手に入らん。

 ようやく窓を掘り当てたので、発掘家は木戸を蹴り破って中に入った。


 俺の目当ては異界の書物だ。カンテラを灯し、最優先で本棚を探す。

 代わりに下り階段を見つけたのでそこを進むと、どうも空振りだったのがわかった。


「今日は踏んだり蹴ったりだな……」


 ところがしばらくして妙なことに気づいた。

 上の階は空き部屋同然だったが、下は住居にしてはいやに広い。


 扉を見つけた。その先が気になってそれを蹴り開くと、長く果てしない回廊が奥へ奥へと続いていた。

 地下に広い空洞があったのだ。考古学と呼ばれる異界の学問からすれば、これは大発見だっただろう。


 白い石柱の並ぶ、暗闇の回廊を進む。

 果てが無いように思われたその地下にも終わりがあったようだ。

 目の前にとんでもなく広い祭壇が現れて、そこに何か巨大な建造物があったのだ。


 神を象った彫像か何かだろうか、カンテラを近付けて青く光を跳ね返すそれに触れてみる。

 するとそれは、妙に生温かかった。


「いや、まさか、これは……なッ?!」


 石だろうと金属だろうと、それが人肌の体温を持つだろうか。

 それがいきなり動き出して、地を揺らして身をもたげるだろうか。


 それは神像ではなかった、生きていた。

 俺が触れたせいだろうか。地底に眠る巨大な生き物が光る眼孔を開いて、侵入者を高所から見つめていた。つくづく今日は厄日だ……。


『案ずるな。人を喰らう趣味など持ち合わせておらぬ』


 それは蒼い巨竜だ。砦のように巨大な竜が、ちっぽけな人間アシュレイに、竜の眼孔と危険なアゴを近付けてきた。

 俺はあまり勇敢な男ではない。喰われるかと焦ったが相手にその気はないらしい。ヤツの自己申告だがな。


『アシュレイ、来ると思っていたぞ』

「あまり驚かさないでくれ。というより、アンタなんで俺を知っている」


『ここより地上を掘り返していたのを視たのだよ。してアシュレイよ、早速だが、我を見つけた褒美を取らせよう』

「褒美か。それはアンタの素性を聞いてからだな、アンタ何者だ?」


『よくぞ聞いた。我が名は邪竜ジラント、まあしばし見ておれ』


 ソイツは邪竜と名乗ったが、あまり禍々しい印象を覚えなかった。

 そもそも本当に邪悪な存在ならば、自分を神だとか、聖なる竜だと偽るだろう。ならば異界の言葉で言うところの、中二なかに病とやらをこの竜は患っているのか。


 しかし信じられん。その邪竜ジラントの巨体が急に縮んでいった。

 何度も目を疑っていたら、ジラントは消え、なんとそこに小さな本を持った女だけが現れていたのだ。


「アンタ、まさかジラントか……?」

「如何にも」


 それだけじゃない。ソイツは俺と同じだった。

 同じ竜眼を持つ女がそこに現れて、俺は感動と、同族意識を覚えずにはいられなかった。


「そうか……巨竜が美女に変わるなど、まるで異界の本の世界のようだ。……いや、美女と呼ぶにはやや幼いな」

「貴様に礼をせねばならぬからな。さあ受け取れ、これは邪竜ジラントの書……ここに記された課題を果たすたびに、持ち主を飛躍的に成長させる導きの書だ。これから他ならぬ我が、貴様を、皇帝にしてやろう……」


 邪竜というのは冗談もできるのだな。

 皇子と名乗ることもできない七男、父親に疎まれる継承権最下位を皇帝にしてくれるそうだ。


「ありがたいが無理だ。アンタ今の皇帝に俺がなんて呼ばれてるか知ってるか? 忌み子だ。俺は皇帝家の汚点、俺が皇帝になる時は、それはこの国が滅びる時だ」

「それも我が全て覆してやる。我が保証しよう。この書を受け取れば貴様の運命は変わる。さあ受け取れアシュレイ……忌み子として一生を終えたくなかったら、受け取れ、我が力を……」


 しかしゲオルグ兄上とあんなことがあった後だ。

 拒むという考えは頭に浮かばず、俺はただあどけなさの残る娘を、その青い竜眼を見つめていた。


 長らく思っていたことがあった。俺は人間ではないのではないかと。

 そして俺の目の前にいる者こそ、俺が味方するべき同族なのではないか。


 俺は彼女から小さな本を受け取った。

 それこそが邪竜の書、手にするだけで邪竜ジラントの熱く強い力が入ってくるかのような、奇妙な感覚の代物だった。


「良い子だ、アシュレイ。とはいえ復活にはほど遠い、しばらく貴様の身体を借りるぞ」


 同じ外見を持つ彼女の力になりたいと思った。

 ほどなくしてジラントが俺の胸に頭を寄せて、温かい体温と共に背中に両手を回す。


 すると彼女は消えた。消えて、無茶苦茶な要求ばかりが記された奇書だけが残っていた。

 全て俺の空想だったのだろうか。そうも思ったが、暗闇の中で光る本がそれを否定する。

 

 どうせいつ消されるかもわからん命だ。

 邪竜の手先になる人生も、あながち悪いものではないかもしれんな。


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- 冒険 -

 【冒険者ギルドに向かえ】

 ・達成報酬 EXP100/出会いの予感

 ・『選り好みはするな』

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- 探索 -

 【帝都を5周しろ】

 ・達成報酬 VIT+50

 ・『走らずに歩け』

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- 粛正 -

 【悪党を1人埋めろ】

 ・達成報酬 EXP200/スコップLV+1

 ・『悪の息の根を止めよ。正義を果たす勇気を獲得せよ』

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- 投資 -

 【合計1万クラウン使え】

 ・達成報酬 EXP1000/出会いの予感

 ・『無駄使いはするな』

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 いや待て、前言を撤回したくなるようなのがかなり混じっているぞ……。

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