帝位継承権最下位のアシュレイ
2-1 帝位継承権最下位のアシュレイ - 剣よりスコップが得意で困っている -
ほんの半月ほど前――
「アシュレイ、そんなふざけた物で戦うのは止めろ、いい加減剣を持て!」
「そうは言うがゲオルグ兄上、俺に剣の才能が無いのは兄上だってわかっているだろう」
俺の名はアシュレイ、一応皇帝の七男だ。
今はこうして宮殿の練兵所で、6つ上の五男ゲオルグ兄上と剣とスコップを向け合っていた。
「そんなもので何ができる!」
「穴が掘れる。発掘もできる。必要があれば芋も探せるかもな」
「皇帝の子が持つものではないと言っているのだ!」
「そうは言うが兄上、俺は公式には存在しないも同然だ。皇子ですらない者に剣が必要か?」
ゲオルグ兄上は頭の硬い男だ。
帝位継承権は5位、奇跡と不幸が同時にやって来ない限り、皇帝の座とは無縁の存在だ。それゆえ帝国の一将軍としての道を自ら選んだ。
ちなみに俺の継承権は53位だ。
俺をのぞく全ての皇族が死んだら、そのときはようやく俺の出番になる。
「だからこそ俺と同じ武門を選べ! そんなスコップで戦う将軍がいてたまるかっ、軍の士気に関わる!」
「気持ちは嬉しいがこの通りの姿だ。うっ、くっ……おい、聞いてるのか兄上ッ!?」
訓練用の刃のない剣が俺に向かって振り回された。
スコップの扱いにしか能のない俺は、その鬼のような乱撃を切っ先で受け流し、隙を見ては突きを入れる。
「ならばそのプライドをへし折るのみ! アシュレイッ、お前が皇帝の子で、俺の弟である事実は変わらん!」
「くっ、アンタはいつもそうだ。うぐっ、おい、加減してくれ……っ」
兄は強い。わずか23にして将軍の座を得た男だ、剣の達人と呼んだっていい。
他の連中ならまだしも、ゲオルグ兄上にだけは勝てそうもなかった。
「スコップだと?! そんな得物はッ、皇帝家の男子にッ、相応しくないと何度言わせるつもりだッッ!!」
情けないがまた打ち負かされた。
俺のただ1つのプライドはゲオルグ兄上のとんでもない怪力に弾き飛ばされ、七男アシュレイは武器を失って地にはいつくばったよ。
善意でやっているのはわかる。だが兄上はあまりに苛烈すぎる……。
「ちょっとゲオルグっ、私のアシュレイに何をするのよもうっ!! アシュレイ、お姉ちゃんよ、大丈夫だった? ねぇ痛くない……?」
ところがどこから嗅ぎつけてきたのか、兵舎に姉上が現れて俺をゲオルグ兄上からかばってくれた。
いや気持ちは嬉しいが、負けた男がこんな扱いをされるのは情けない。とは面と向かって言えん。
「アトミナッ、アシュレイを甘やかすな! 不利を抱えているからこそ、厳しく向き合う必要があるッ、もう子供ではないのだ!!」
「ゲオルグには聞いてないわ! ねぇアシュレイ、痛いところがあったら言ってね、お姉ちゃんが痛くなくなるまでさすってあげるから……」
アトミナとゲオルグは双子だ。
昔はこの2人に遊んでもらったものだが、ゲオルグ兄上は頭の硬い軍人に、アトミナ姉上は帝国諸侯の一人に嫁いでしまった。
「平気だ姉上。ゲオルグ兄上が言うとおり、俺はもう子供ではない」
「でもぉ……お姉ちゃん、ずっとあなたのこと心配してたのよ……? アシュレイがちゃんとやれてるかって、ずっと……」
姉上の指は絹のようになめらかなだ。
それがやさしく背中をさすってくれると、魔法のように痛みが薄れゆく。
ゲオルグ兄上はそんな皇女様にあきれていたがな。
俺としてはこの状況、アトミナ姉上のおかげで助かったとも言える。
「アシュレイ、スコップを捨てろ、それがお前のため……いいな?」
「……考えておくから今日はもう勘弁してくれ。せっかく姉上が帰省したんだ、2人で茶でもすするといい」
こんな情けない有様だ、俺はスコップを拾い直して立ち上がった。
ゲオルグ兄上の馬鹿力のせいで、スコップの側面がヘし曲がっている。今日も完全敗北だ。
「ちょっと出てくる」
「アシュレイッ、お前また宮殿を抜け出す気か!?」
「元はと言えばゲオルグのせいじゃない、もうっ!」
ゲオルグとアトミナは向かい合っていると確かに双子だ。
どちらも父上と同じ、淡くて綺麗なブロンドの髪を持っていた。
◆
◇
◆
◇
◆
さっきゲオルグ兄上にも言ったが、俺という皇帝の七男は公式には存在しない。
よって俺が城下に抜け出したところで、それは育ちの良い風体の平民が、町をぶらぶらとほっつき歩いているのとそう変わらなかった。
この生まれ持った竜眼は、ある特殊な薄型レンズを眼球に直接かぶせることで、外では隠蔽している。
父上と呼ぶことすら許さぬ皇帝が、俺に与えてくれた数少ない贈り物だ。
ゲオルグ兄上は俺に役割を与えようとしてくれていたが、俺は皇帝家の汚点だ。メンツのためにいつ殺されるかもわからん。
仮に今は良くても父上は既に老齢だ。次の皇帝が俺を生かす可能性はそう高くない。
「やあアシュレイ、また遺跡に行くのかい! ならうちでパンでも買っていきなよ!」
「もちろんそのつもりだ。ケバブサンドを頼む」
しかし宮殿の中と外じゃ空気が大違いだ。
いつものカフェの軒先に立つと、店のおばさんが明るく俺に笑う。
「はいお待たせ! ちょっと冷めちゃってるけどね、あんたは気にしないでしょ?」
「ああ、冷めていても美味い物は美味い。おばさんの料理は俺の生きる希望だ」
すぐに作り置きのいつものやつが2つやってきた。
金を払って、温かくて大きな手からそれを受け取る。
「あらやだ、若い子に口説かれちゃったわ、うふふ……」
「そうだな……おばさんがあと20若ければな、真剣に考えたかもしれん」
「あっはっはっ、あんたお世辞できたんだねぇ! ま、いってきなよ」
「ああ、行ってくる」
カフェのおばさんと別れると、その次は乗り合い馬車の駅に行った。
そこから帝都西へと向かう平民向けの馬車に乗り、目当ての場所で途中下車した。
俺の趣味は発掘だ。発掘を通じてある物を探している。
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