皇帝家の七男だが剣よりスコップが得意で困っている

ふつうのにーちゃん

悪を倒せと奇書が言う

1-1 プロローグ 悪を倒せと奇書が言う

 つまるところその奇書にはこう記されていた。


『皇帝の七男アシュレイよ、未来が欲しければ己が手を汚せ。貴様そのものが裁判官にして処刑人となれ。悪をほふれ。貴様の信じる正義を果たせ。飽くなき挑戦を続けろ』と。


 自称読書家の俺が保証しよう、これは正真正銘の奇書だ。

 これは課題の詰め込まれた問題集のようなものなのだが、その内容というのが常軌を逸していた。


 異界の言葉で表現するところの文庫本、その薄いページをこうしてパラリとめくれば、インクのかぐわしい香りと共に数々の無理難題ムチャクチャが現れる。

 さらにその本は闇夜の中でも自らが淡い光を放ち、閲覧者に無言の自己主張をしていた。それにもう一度目を通す。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を1人埋めろ】

 ・達成報酬 EXP200/スコップLV+1

 ・『悪の息の根を止めよ。正義を果たす勇気を獲得せよ』

――――――――――――――


 信じられん。こんなもの殺人教唆以外の何物でもないではないか……。

 だがそれ以上に最低なのは、今からそれを実行に移そうとしている俺の現実だ。

 それはもう避けらない。やると心に決めてしまったのだ。


 だからこうして月の隠れた闇夜を選んだ。

 帝都の歓楽街、その路地裏でスコップと共に身を潜めて、ただ静かに標的を待つ。断罪されて当然の悪を。


「おうそこの乞食野郎。……おいっ、お前のこと言ってんだよッ、ほら良いものやるよこっち向きな!」


 ……釣れた、不幸にも標的が釣れてしまっていた。

 暗闇の中、鈍色のナイフが俺に突き付けられ、かすかに蒼い光を反射させている。


 コイツの名はダグス、帝都の民に寄生する血も涙もない追い剥ぎだ。

 バカな男だ。こうして脅しをかけられると、わずかに残っていた罪悪感と迷いすらも薄れていってしまう。


「良いナイフだ。だが生憎、俺は刀剣の扱いがからっきしでな……」

「はぁ……? お前よぉ、頭わりぃヤツだな。いいから服を脱げ、その靴もだ、死にたくなかったら――」


「ああそこから先はよく知っている。このダグス様に、今持ってるもの全て差し出しな、だろ?」

「て、テメェ……ッ、俺の名前を、まさか憲兵かッ!?」


 この男は最低だ。要求に従ったところで結末は全て同じ、口封じに相手を殺し、身ぐるみ剥いで、全てを奪う。

 帝都で殺しを重ねることのリスクを理解できない、頭の狂った異常者だ。


 ちなみに異界の本の世界では、この手の人種を殺人狂いシリアルキラーと呼ぶ。こちらの世界には無い定義だ。


「いいや違う。剣も槍も苦手だ、もちろんそのナイフもな、全く才能が無くてほとほと困り果てている」

「変な野郎だな……。いや、とにかく全部脱げ、死にたくなかったらな」


「アンタこそ逃げたらどうだ。アンタ、相当恨みを買っているようだぞ」

「バカ言え! テメェみてぇな青二才が、このダグス様に敵うわけねぇだろ、クソがッ!」


 本の中と現実は違う。現実の悪人は短気で気まぐれ、特に不意打ちを好む。

 鈍色のナイフが軽く引かれ、すぐさま俺の腹を狙って突き伸ばされた。


 固い音が俺の腹の上、いや忍ばせておいたレンガ舗装の上で鳴ったよ。悪党を埋めるには、ここの舗装路が邪魔だったからな。

 俺は追い剥ぎのダグスと距離を取り、逃げられないように念のため挑発した。


「ワンパターンな手口だな。そうやって老人や子供ばかりを不意打ちで殺したのか? この臆病者め」

「ならテメェ! これからテメェをぶっ殺してやるよッッ!!」


「そうはいかん」

「ガキがイキがってんじゃねぇぞッ、死なねぇようにジワジワなぶり殺――」


 ダグスの威勢は続かなかった。彼からすれば思いもしない不運が起きたからだ。

 暗い裏路地の石畳に、人の身長より深い大穴が何者かの手により掘られている。そこに落ちたダグスはうめき声を上げて、痛めた脚を押さえていた。


「うっくっ……な、ナンダコリャァァッ!?」

「アンタの墓穴だ。アンタに母親を殺されたある男が、子を殺された母親が、泣いてアンタの死を願っていたよ」


 俺は剣も槍もからっきしだ。だがスコップの扱いにだけは自負心がある。

 察しの通りこの穴は俺が掘った。そしてこれからあの書の要求に従って、追い剥ぎのダグスを埋める。その覚悟が付いたので実行した。


「ま、まさか……待て、待て、げほっげほっ、テメェ何をッ!? う、埋めるなっ、俺をっ、や、やや、止めてくれッ、止めろッ止めろよォォォーッッ!! ヒッ、おま、か、怪物ッ?!」

「呪いたければ呪え、誰にも気づかれない歓楽街の穴底からな」


 スコップの扱いだけなら任せてくれ。ものの十数秒でヤツの呪詛も懇願も、何もかもが帝都の地底に消えた。

 この期に及んで正義を気取る気はない。事実、俺という生き物は怪物だったからな。


 皇帝の七男に生まれた俺が誕生を祝福されることはなかった。竜の目と白い腕を持って生まれてしまったからだ。

 つまり怪物が怪物を喰らっただけ、真っ当に生まれた連中には関係の無いことだ。


「追い剥ぎのダグス、アンタの方がよっぽど怪物だろう……」


 ついにやつの息の根が止まったのか、例の書が青白い光を放ちだした。

 小さなそれを片手で開き、さっきのページに目を落とす。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を1人埋めろ】(達成)

 ・達成報酬 EXP200/スコップLV+1(受け取り済み)

 ・『竜の眼を持つ皇帝の子よ、見事だった』

――――――――――――――


 本の放つ光は俺の全身に流れ伝い、やがて消えた。

 それだけではない、4ページ目の情報が奇妙な力で置き換わり、新しい目標が提示されていた。


――――――――――――――

- 粛正 -

 【悪党を3人埋めろ】

 ・達成報酬 EXP500/スコップLV+1

 ・『貴様は強い。さらに己の信じる道を行け、どこまでもこの我と』

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 こんなものどうかしている。さらにやつらを屠れと本が俺にささやいてきた。

 邪竜ジラントより受け取った邪竜の書とやらが、独善的な正義を俺に願っていたのだ。


「なるほどな……」


 達成報酬のスコップLV+1とやらがどんなものか試してみた。

 発掘用の大きなスコップの切っ先を、掘れぬはずの石畳に突き刺す。


 ジャリ……と硬い音が鳴ると、俺のスコップはレンガをやわらかな粘土のようにたやすく斬り抜いていた。

 これは凄いな、趣味の遺跡発掘がさらにはかどってくれそうだ。


 邪竜ジラント、俺もせいぜいアンタの力を利用させてもらうことにしよう。

 いつ暗殺されるかもわからない、異形の皇子がただこの世で生き続けるためにな。

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