【短編】トイレの花ちゃんが贈ります。

室ヶ丘

第1話ハンカチの残り香



「あ、噂の花子だ。トイレの。」



今のは語弊だ。言葉の間違いだ。

確かに私はトイレに引きこもっている。

しかも私の名前は、



「コラ!花ちゃんに何言うの!バカ男子!」



長谷川花、私の名前。正確にいうと花子ではないので勘違いしないでほしい。

いつも、男の子は私を遠回しに避けて、女の子は私をなだめる。

こういった光景はいつも変わらない。

一人の男の子が本を読みながら辺りを見回し、また目線を本に戻す。

不思議そうに私が見つめていてもその男の子はこちらを見ようともしないし、

私の事と嫌に言うこともなかった。今日はいい日かもしれない。

席に戻りニマニマしていたら気持ち悪るがられたので前言撤回。

むすっとして教科書に目を通した。



廊下に出ると今まで通りの光景。

と、一人図書室に向かう例の男の子。

名前は知っている。勇くん。

私はそのあとを追った。



隣に座っても私は許された。

視線がすごいが気にはしない。勇くんも黙って本を読んでいた。

居心地が何となく良かった。そわそわ落ち着かない私は。その辺の本を取って挿絵だけをながめた。

休み時間があっという間に過ぎてチャイムが鳴る。私はそそくさと立ち上がり。

いつもの席に戻って教科書にまた目を通した。




トイレで寝ていたら夢を見た。

寒い雪の日、私は学校の木の下でフラフラしていた。

すると勇君が急ぎ足でやってきて私の体を通り抜けるというものだ。

でも、振り向くとまた勇君がいる。



意味が分からなくなって私は急に怖くなった。

すると、コンコンとドアが鳴るもんだから。

上ずった声がでて、涙目になる。


ひくり、嗚咽を漏らすと足音が去っていった。


トイレのを出て辺りを見渡すと洗面台にハンカチが置いてあった。

手に取ると山田勇の文字が入っていたので可笑しくなった。

私を初めて認識してくれるのがトイレなんて、花子さんなんて呼ばれても、もう悪い気は起きなかった。

なんで怖かったのかもわからなくなり、帰り道を歩く。

雪が降っていたのでハンカチをぎゅっと握りしめた。暖かかった。



次の日男の子が噂をしていた。


「勇のやつがハンカチ無くしたって。知ってるのいる?」


みんな、だんまりを決め込むから、私は逃げ出した。

トイレに逃げ込んでハンカチをまたぎゅっと握りしめる。

嘘だったのか。私をだましたのか。嫌なことばかりがよぎって便座の上でうずくまる。


コンコンとドアが鳴る。

なんか急に夢を見ている気がした。そんなはずはないのに。



「僕は君を見捨ててなんかいないし、裏切ったこともない。

  ハンカチ上げるから泣き止んで。」


言ってる意味が分からなかった。私をどうしたいかも分からなかった。


「僕、君の事結構気に入ってて。それで…。ごめんね。お詫びに遊ぼ?

  昼休み一番大きな木の下で待ってるね。」


それだけを言うと勇君は去っていった。

信じてもいいと思う。本能が言ってるのが分かる。

頭をよぎったのは昨日の夢の事。怖いけど、その先が知りたかった。




昼休み私は学校で一番大きな樹の下で勇君を待っていた。

10分経っても来ないもんだから心配になる。お昼休みも終わってしまう。

空が曇って来た。


勇君が夢どうりに急ぎ足で来る。

違うことは雪がまだ降っていない事。


「君さ、本当はお化けなんでしょ?知ってるよ?」


何言ってるんだろう。息を切らせた勇君は古い卒業写真を取り出す。

一人の女の子を指さしてこう言った。


「これが君、花。長谷川花。」


ぎくりとして、違うと言った。分かりたくなかった。昔の事なんて。


「僕のお父さんの初恋の子で」


二コリと笑う。その顔はまるで。


「僕の好きな花ちゃん」


勇君の笑顔は暖かく雪から覗く福寿草のようで、

君の方が花の様だと思ってしまう。


「僕はね花ちゃんを見てた。ずっと見てた。幸せになってほしかった。

  花ちゃんの好きな人は僕のお父さんだろう?聞いたよ。お母さんから。悲しそうに話すから

  僕も悲しかった。」


ぎゅっと抱きしめてくれた。ふわりといい匂いがする。

学校のみんなが何処かに消えてしまった錯覚におちた。


「君の好きな人、僕のお父さんはもういないんだ…ごめんね。

  君が死んじゃったのは学校の屋上から誤って落ちたって聞いたよ。

  ずっと、探してたんでしょ?…見つけたと思って僕のそばにいた、違う?

  君はずっと学校にいたし成長しなかったから分からなかったんだね。」


そのやさしさに目の前が滲む。

違うよ。気づいてたよ。好きなのは勇君だよ。そう言いたい。けど口かうまく動かなかった。


「知ってる?僕の名前、光っていうんだ、橘光。苗字違うのは解るでしょ?

  お母さんがもう一度結婚したんだよ。だから、そのハンカチは僕のじゃない、前のお父さんのだよ。」


黙っててごめんねといい。もう一度強く抱きしめてくれる。

そうか、そういうことだっかのか。


夢で通りすぎていくのは勇君で振り向けば光君がいたのだ。


「ごめんね。実を言うと君が言ってること全て聞こえていないよ。僕にも、

  学校のみんなにも。」


神様こんなつらいことはありますか?

好きなのに好きと言えない苦しみはどう伝えればよいのだろう。


君は天国に行くべきなんだよ?と優しく光君が言う。

違う私が言いたいのは。



「私、光君が好き。」



雪が舞い散ったとたん声が出た。

嘘だ嘘だと光君が言うのに反して好きなのとくり返す。



「だって。光君このハンカチ。名前の上に光君の名前が書いてあるよ。

  光君もお父さんのこと忘れられないんでしょ?」



泣き笑いに変わった私の顔。

最後のへまをした光君は、そっか…やられたなぁ。そう言い。

私の頬のすり寄ってくる。くすぐったくてまた笑ってしまう。



この空間が幸せで。ぽかぽかしていてもう離れたくなたった。

もしも神様がいるのならこんな私たちをどうするだろう。

きっと時間が来たら私はすぐ消えてしまうのだろう。

束の間の幸せが居心地がよくて。

あぁ、神様。私は光君が好きです。






次の日の朝。

学校の一番大きな木がいつの間に無くなっていた。

学校のみんなも花ちゃんの事なんて忘れていた。

けれど確かな気持ちが一つここにある。

僕にはそれで十分だった。


君からの贈り物が。父からの贈り物が。僕を成長させる。

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【短編】トイレの花ちゃんが贈ります。 室ヶ丘 @nekoyoyo773

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