違和感

 全ての戦いが終わり、辺りは静寂に閉ざされた。

 聞こえる音と言えば、大きく損傷した階段から、ぱらぱらと瓦礫が落ちる音くらい。


「もう、動かないみたいだな」

「――ですね」


 僕の呟きに数秒遅れてニーナが相槌を打った。もうすっかり動かなくなってしまった自分の後続機に、寂しげな視線を落としながら。

 ニーナの後続機であるミーナは、結局、僕と本心で会話をすることはないまま、眠りについてしまった。ミーナが活き活きと喋っていたのが、バグに乗っ取られていた間だけというのは、なんとも皮肉な話だ。どれこれも、僕の責任だ。僕が、ミーナとの接し方を間違ってさえいなければ、――国際ネットワークセンターが乗っ取られる一歩手前までバグが侵攻し、人類の危機とも言うべき事態にまで発展することもなかったかもしれない。


「戻らない過去を悔やんでも仕方ありません。今は、これからのことを考えましょう。聡さんの夢のこととか」


 歯を食いしばる僕の肩に、ニーナの冷たくて温かい手が置かれた。


「――そうだな。本当に、終わったんだものな」

「まだ、何も終わっていないぞ」


 僕の言葉を叩き落とすようなトーンで、遥か情報から声がした。亮介の声だ。――生きていたのか!

 僕は湧き上がる感情を抑えきれず、ワイヤーガンで颯爽さっそうと降下してきた彼のもとへと駆け寄る。


「呑気な奴だ」


 彼は、僕のことをいなすかのように、後ずさりをして視線を逸らした。と同時に、ニーナに冷たい視線を投げかける。――まるで睨みつけるかのような。

 それに気づいて、僕は親友であるはずの彼に、恐怖を覚えてしまった。


「まだ、お前の親父は失踪したままの上、俺を襲った黒いサソリの正体も分かっていない」


 確かに、彼が言ったことはその通りだ。親父は、バグが株主総会をジャックして人類に向けて宣戦布告したあの日から、ずっと消息を絶ったままだ。それに亮介の口から度々耳にする黒いサソリにいたっては、僕は目にしたことすらない。


「――まあ、バグの脅威は去ったわけだし。少しくらいは喜んでもいいかもしれないがな」


 小さくため息をつきながら、彼は蹲ったままで動かなくなったミーナに接近し、機体を裏返して腹部のバックル型のパーツを操作して、コア回路を引き剥がす。ニーナの場合は、各種工具を用いて部品を外さなければコア回路に辿り着くことはできなかったが、小規模のものも含めて三回のモデルチェンジを経て、ワンタッチで取り出せるまでに進化した。


「コア回路をどうするつもりだ?」

「これには、奴が行った数多の不正アクセスの痕跡……、つまりは、バグの犯罪歴が全て記録されている。こいつは貴重な証拠として機械犯罪課で預からせてもらう」


 きっと、その中に記録されているアクセス履歴は、数千、いや数万は下らないだろう。今すぐに破壊したいところだが、たとえ人類を支配しようとした奴でも法の下で裁く義務がある為、丁重に管理するとのこと。


「さて、ニーナの力があればここからラボまで戻ることは容易いだろうが、種島社長に頼んでヘリを手配している。それに乗ってラボまで戻るぞ」


 亮介は責任感が強く、手際も良くて頼りになるなあ、と感心した。

 ヘリコプターは既に国際ネットワークセンターの上空で待機しているとのこと。地下三階まで吹き抜けになってしまったところから、ワイヤーガンをぶっ放し、まだ階段が崩れ落ちていない一階部分の手すりに引っかける。


「俺は先に地上に向かう。すぐに追いかけて来いよ」


 ワイヤーは目にも止まらぬ速さで手繰り寄せられて、あっという間に亮介は一階まで辿り着き、再び地階には僕とニーナだけが残された。


「ニーナ、僕たちも行こうか」


 ところが、ニーナは俯いて首を傾げ、何か考え込んでいるようだった。


「どうしたんだ? ニーナ」

「――亮介さんは、なぜ、私がこうして動いていることについて、何も触れなかったのでしょうか」

 

 言われてみれば、確かにそうだった。

 亮介と一緒に行動していたとき、ニーナはまだラボで動かないままだったはず。復活した彼女の姿を見て、彼がとった行動と言えば――


「きっと、考えすぎだよ。ニーナ」

「――そう、ですね」


 きっと、気のせいだ。

 自分の願望が、口から漏れ出てしまったが、それでもあの冷たい眼差しが、脳裏にこびりついて離れなかった。

 

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