ボクらの聖戦
国際ネットワークセンターの建屋は、小型戦闘機の墜落により半壊していた。
もともと襲撃予告があったため、幸い、従業員は避難済みで一時的に無人で管理する態勢となっていた。だが、警備のために配置された機械犯罪課の特殊部隊には甚大な被害が出ていることは火を見るより明らかな状況だった。
瓦礫の数と同じくらい血を流して倒れている人が転がっている。
「ひどい……」
僕よりも先にニーナが声を上げた。その声を聴くまで僕は、呆然と立ち尽くしていた。きっと僕よりも、彼女の方が状況を冷静に分析できていると思う。
画面の中でしか見たことがなかった戦争が、目の前に転がっている。もちろん今まで、凄惨な破壊行為の現場自体は何度も見てきたけれど、視界の中で倒れている人の数が比べるまでもなく違っていた。
瓦礫の下敷きになってしまった人。腕や脚が捥げてしまっている人。隊服が真っ赤に染まってしまっている人。どの人もピクリとも動く気配すらない。
もし、これ以上立ち止まることが許されるならば――とありもしない幻想を一瞬抱いてしまった。呻き声を上げて助けを求めたりしている人がいないか、探してしまった。
でも、それはきっと時間を浪費させるだけだ。
僕は、目の前の絶望の中から希望を探すことは諦めた。それでも未練がましい後悔に引きずられた足は、鉛のように重い。ゆっくりと、着実に歩みを進めて、屍の山の中を突き進む。
「――聡さんは強いんですね。こんな光景を目の当たりにしても自分の脚で歩み続けられる」
「僕だけじゃないから、歩けるんだ」
クサい台詞かもしれない。けれど紛れもなく事実だ。
「前にザックと戦ったときに言ってくれたよな。『独りじゃないから強くなれた』って。俺も同じだよ。どんなに目の前の状況がひどくても、ニーナ、亮介、茉莉、邦山さんや皆がいるから、それを受け止めて前に進もうという勇気が湧いてくるんだ。これ以上ひどい状況を作り出さないために」
「それが聡さんの強さだと思います。私、聡さんにお仕え出来て本当に良かったと思っています。私は、バグに操られていたとはいえ、あなたの父親を殺してしまった。それでも私を信じてくれたあなたを、一度ならず二度までも突き放してしまった。それでも、あなたは、こうして私を信じてくれている」
信じないわけがないだろ。
彼女は自分の不甲斐なさを吐露し続けているけれど、僕にとっては、彼女がいるだけで十分なんだ。
まだ僕が幼かったころ、暗い廊下を歩けない僕のために一緒について行ってくれた。勉強を教えてくれたり、歌の練習に付き合ってもらったりもした。
今だって、彼女がいるからこそ、人類を脅かす脅威であるバグと戦うことが出来る。不気味なほど静かな廊下を、立ち止まらずに真っ直ぐに突き進むことが出来るんだ。
――それにしても、人の気配がまるで感じられない。内部の荒れ具合も相まって、忘れ去られた廃墟のようだ。辛うじて中を照らしている非常灯と、空調の音だけが、そうでないと知らせてくれる。
「乗っ取られるどころか、打ち捨てられたみたいな静かさだな」
「地下にあるサーバールームの無事を確認するまでは引けません。エレベータは止まっていますから、非常用の階段から入ってください」
ニーナの案内に従い、非常用階段へと続く重たい鉄の扉を開ける。
ギギギギ!!
建物が少し歪んでいるらしく、けたたましいぐらいに軋む。体当たりを喰らわせて、ようやく中に侵入できた。
足元をぼんやりと非常灯が照らしているだけで、視界は廊下よりもさらに心許ない。パワードスーツの暗視機能をオンにし、辺りを見回す。
建物の外観や廊下のように荒らされた形跡はなく、この場所に奴が侵入した形跡は見当たらない。
これでサーバーが乗っ取られるという最悪の事態はひとまず回避できたか。
そう思いかけた瞬間――
「聡さん! 後ろです!」
ニーナが叫んだ声に反応し身をひるがえすも、間に合わず。重たい蹴りが脇腹に突き刺さる。踊り場まで階段を転げ落ちたところで、飛びかかる奴の顔が見える。引きつった笑みを浮かべ、歯を模したパーツを口からぎらりと覗かせた。
「っぐっ! ううっ!」
下腹部に奴の膝が槍となって突き刺さる。パワードスーツの固い装甲をも貫く一撃。痛みに悶える隙を狙って、奴はバイザーに向かって強化機体が所持していた光線銃を突き付けた。この距離で装甲の脆いバイザーを狙われたら即死だ!!
右脚を天井に向かって振り上げて、身体を回転させて奴を引き剥がす。そのまま踊り場の端まで奴は転がったが、難なく立ち上がった。
肩を震わせ、やがて腹を抱えて笑い始める。
「ふふふ……、やっぱり、そう簡単には殺させてくれないね。石黒聡くん。こうでないと面白くないよなあ。世界の命運を賭けた一騎討ちは」
「何が面白いだ! お前、ここに来るまで何人の人間を殺してきた!!」
数えるのも嫌になるくらい見てきた地面に転がる亡骸。もしかしたら、その中には救えるかもしれなかった命もあったかもしれない。それでも顧みることなくここまで来たんだ。その思いの丈を奴にぶつけてやった。
「覚えていないね。ボクらの聖戦に泥を塗る無粋な輩のことなんて」
「無粋だと!? 命を賭けて、この世界を守ろうとした人たちの命を踏みにじったお前が言うな!!」
「うるさい!! どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがって! あの黒いサソリも利根川も! あいつ……、あいつらのせいでボクらの聖戦は汚された!」
亮介の口から出た黒いサソリという言葉が、奴の口からも出た。いや、それよりも奴は、僕との一騎討ちのために機械犯罪課の隊員を何人も惨殺した。ということは亮介も――
「バグ、お前……、亮介をどうしたんだ?」
「あ?」
「亮介をどうしたって聞いてるんだっ!!」
奴は妙な間を開けてから、にやり、とほくそ笑む。
「お前は何も知らないんだな。哀れになってくるよ」
「どういう意味だ!?」
奴は僕の質問に高笑いを返し、光線銃の側面についている三箇所のスイッチを同時に押し込んだ。
“THREE, TWO, ONE……”
カウントダウンがゼロになる瞬間に、奴は銃口を自らの身体に突きつける。
まさか自害するつもりではあるまい。一体何をする気だ!? 疑問符が浮かび上がった瞬間に銃声にかき消される。
「うぐっ……、ううっ」
奴はよろめいて、床に膝をついて蹲る。事態を呑み込むまでに奴の身体が青白く光り始めた。ちょうど、僕がパワードスーツを纏うときのような眩い閃光。
「おしゃべりは終わりだ! 石黒聡くん! 始めようではないか、世界の命運を賭けた決戦を!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます