やっぱり君こそ、僕のパートナー

 ついに、ニーナが目を覚ますことがないまま、その日がやって来てしまった。決戦の日になり切るまでに、国際ネットワークセンターに機械犯罪課の隊員と乗り込み、万全の警備体制を整える。

 敷地内に集結した隊員は、数千人。種島重機の誇る最新鋭の武装をと、機械犯罪課隊員の割けるだけの戦力をここに結集させた。何があっても守らねばならない国家の重要機密を守秘しているサーバールームにはもちろん、正門、裏口、駐車場、屋上にまで人員を配置させた。


「聡、いよいよだな」

「ああ」


 機械犯罪課の装甲車の車内で来たるバグの襲撃に備えて最終調整。AIC株式会社の研究棟にて未だニーナの改修作業にあたっている邦山さんとの通信を確認する。


「邦山さん、聞こえていますか」

「あ、ああ……。聞こえている」

 

 と何故だかきまり悪そうな返事が聞こえた。


「どうかしましたか」

「あの、その――」

 

 邦山さんが言葉に詰まっていたところ――


「石黒先生ー! 頑張ってくださいねー!」


 聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてがくっと肩が下がる。


「おい! 茉莉! 何で会社の中にいるんだよ! どうやって入った!?」

「えっと、邦山さんがラボに戻って来て、席を外している間に車の鍵を見つけて――」


 で、トランクの中に忍び込んだらしい。なんとも古典的な手口だ。


「だいたい、何で邦山さんも、それを受け入れるんですか」

「い、いや、ものすごい勢いで土下座して頼み込まれたから。どうしてもニーナを直す手伝いを――」

「うわぁあ、ちょちょ、ストップ、ストップです。私がかっこつかなくなるじゃないですか」


 と慌てて茉莉が止めに入る。けれど、もう聞こえてしまっている。もちろん、会社に忍び込んだことはタブーに他ならないが、僕をサポートしたい一心でやったならば――今ここで叱るのはやめておこうか。


「茉莉。いいか、帰ったら説教してやるからな」

「今、言いましたね」


 怖気づかれるかと思ったら、まるでその言葉を期待していたかのような返事をされて少し戸惑う。


「なんだよ」

「帰って来てくれるって言うことですよね。言ったからには約束ですよ。ちゃんと生きて帰って来て、面と向かって叱ってくださいね」


 やられた。言質を取られた。

 ――言われなくても、死んで帰るつもりなどさらさらない。

 彼女の言葉で、心のどこかにあった恐れが吹き飛んだ。「もちろんだ」と威勢よく返す。


「おいおいおい、決戦前に惚気か?」


 と亮介がからかってきたが、やめてほしい。茉莉こいつはそういうことを言うと調子に乗って彼女面するから。案の定、きゃっきゃと沸き立つ茉莉を軽くあしらっているところで、車内に無線が入る。


“国際ネットワークセンターの北東、アンドロイドが現れました。それも強化機体です!”


 ついに、来たか。

 その合図とともに、レーダーの画面におびただしい数の赤い点が映し出される。どういうことだ? とっくに囲まれてたっていうのか?


「やはり、そう来たか。四方を森に囲まれた立地を生かして、光学迷彩機能とレーダーの攪乱で身を潜めていやがった。それを解いたということは――」


 その言葉の続きは、戦況を読み切れないでいる僕でも理解できた。


 一斉攻撃開始だ。


 ズガガガガ! ズドドドド!


 あちこちから轟き始めた銃声に呼ばれるようにして、僕と亮介は装甲車から飛び降りる。

 着地の衝撃でバランスを崩したところを亮介に支えられる。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ」


 命がかかっているだけあって、亮介の語気が強い。

 でもこの死地から生きて帰ると約束した以上、そんなことに敏感になってては始まらない。


「行くぞ、聡!!」

「ああ!」


 既に目の前には、応戦する部隊の向こう側に、強化機体の装甲で膨れ上がった上半身が見えている。その数は、目に入るだけでも三十体は下らない。

 こんな大規模な強化装備の用意を奴らはいったいどこで……?

 でも、今はそんなことを気にしたり、怖気づいたりしているときじゃない!


 恐れない。絶対、絶対に生きて帰る。


 その誓いを込めて、強化スーツのヘルメットを装着する。二人の声が重なった。


「「パワーメット、オン!!」」


 バイザーが下ろされ、視界に座標空間を表す、黄緑色の升目が重なる。視線を向けた相手までの距離が自動計算され、バイザー内側のディスプレイに表示される。少し勝手は違うが、ニーナの戦闘ナビゲートシステムと仕様は近い。


 これなら戦えるかもしれない。


 一瞬沸き起こった自信を着火剤に、アスファルトを抉るほどのパワーを脚に込めて、迫りくる強化機体の図体に向かって走り込み、肘鉄砲を喰らわせた。強化機体の弱点は上半身が装甲で膨れ上がったアンバランスさ。そこを突いて、上半身に打撃を与えれば容易に崩せる。

 しかし、倒したわけではない。

 だから、起き上がるまでに比較的装甲の薄い右手に集中砲火を浴びせて、光線銃を奪う。

 そして、起き上がろうとするところを、強化スーツによる雷撃を纏った強力な蹴りで時間稼ぎしつつ、群がる他の機体に両手に携えた二丁の重機で砲撃を浴びせる。

 光線銃によるプラズマ砲を受けた機体は大きくよろける。機械犯罪課から支給された装備よりも、相手から奪った光線銃の方が強力らしい。

 よろけた機体を上空から稲妻を纏った巨大な槍が貫く。


「少しは、戦い方が様になってきたな」


 亮介が、アスファルトの地面を抉って着地。その背後で上がる爆炎は、他の機体をも巻き込む。他の隊員の活躍もあって強化機体の数は減りはしたものの、未だに進撃は治まる気配はない。

 むしろ、こちらが防衛している箇所以外からも、侵攻が始まっており、僕らを囲む包囲網は着々と径を狭めていっているようだった。


 けれど、攻撃の手を休めてはならない。


「その戦法、もらった」


 亮介が先ほど大破させた機体から光線銃を奪い、群がる機体に銃撃を浴びせる。機関銃と光線銃を携えた、僕と亮介。互いに背中を預け、三百六十度、あらゆる方向から迫りくる敵を蹴散らす。

 少しずつ、疲労も感じ始めたが、同時に手応えも感じ始めた。そのとき――


“国際センター上空に、異常な動きを示す飛行物体が接近中! ――軍用の小型戦闘機です!”


 その瞬間、空から火の雨が降り注いだ。

 戦闘機は、国際センター上空を旋回しながら、隊員が固まっているところめがけて機関銃をぶっ放す。一回、二回と旋回を繰り返すたびに、地面に転がり苦悶の叫びを挙げる隊員の数が増えて行く。


「ううっ!」


 そしてついに亮介も被弾した!


「大丈夫か!」

「馬鹿野郎! 来るなっ!!」


 駆け寄ろうとしたところで怒鳴られ、怯んだところに風を斬る轟音。音が聞こえてくる方を見やれば、攻撃を仕掛けてきていた戦闘機が真っ直ぐにこちらに向かって――


「退避しろ! 突っ込んでくるぞぉおおおっ!!」


 がりがりと地面を抉り、国際ネットワークセンターの壁面に戦闘機の機首が突き刺さる。と同時に火の手が上がり、ジェット燃料に引火。凄まじい爆風で隊員は散り散りなり、僕と亮介も引き剥がされた。


「うぁああああああっ!」


 熱風と衝撃波で吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がる僕の身体。


「石黒先生! 石黒先生!」


 僕の身を案じる茉莉の騒がしい声が、バイザーの中で木霊する。

 なんとか立ち上がったけれども、相当な衝撃で膝はがくがくだ。おまけに、爆発の際の粉塵のせいで、視界が至極悪い。


 その霞の中から、鋭い爪が振り下ろされる。

 強化スーツは引き裂かれ、その下の衣服が露出してしまった。とそこで腹部に衝撃が走り、僕は崩れ落ちた。装甲が弱くなったところに、もろに攻撃を受けてしまった。衝撃で上がってきた胃酸のせいで酸っぱい味と臭いがする。


 やがて霞が晴れて、相手の機体が現れる。

 強化機体だが、その隻眼の頭部には見覚えがあった。


「ザック……」


 その名前を呟いた瞬間に、もう一度鋭い蹴りを入れられた。


「うえふっ、えほ、えっほ!」


 口の中で鉄臭い味がした。胃酸だけでなく、血まで吐いてしまったらしい。


「ザック、誰だい? それは? ああ、この身体のもともとの持ち主のことか。残念だったねえ。もう彼の自我は、ボクらに統合された」


 聞こえてきたのは、紛れもなくバグの声。ニーナの後続機を使ってくるかと思っていたが、ザックの身体を使って現れやがったか。


「自分はアンドロイドの意思だとか言っておきながら、乗っ取って好き放題にするところ、ザックは大嫌いだと言っていたぞ」

「どうでもいいね。どうせ、全ての機械はボクらに統合される。そのうちに君の大切なニーナも。で、どうしてそんな弱っちい装備で戦っているんだい? ニーナも連れてきてよ。これはボクらが人類に力を示すための聖戦だ。――君が手を抜くことは許されない」


「ニーナは破壊された。今も改修中だ」

「ちっ、あいつが余計なことをするから!」


 それを知って奴は、僕のことを嘲笑うわけでも、労うわけでもなく、憤怒した。また奴の口から出た“あいつ”という謎の存在。――いったい、誰のことなんだ?


「おかげで決闘がとんでもなく味気ないものになりそうだ」


 奴が光線銃を僕の身体に向けた。その銃口にエネルギーが集められ、プラズマの火球が大きく成長していく。

 動くことが出来れば、避けられる。


 が、戦闘機の爆発。強化スーツの破損の上、激しい攻撃を喰らった身体は悲鳴を上げていた。


 動け、動け――っ!


 精神を鼓舞するも、力なく震えるのが精一杯の身体。

 悔しい、悔しい。ここで僕は息絶えるのか!? 人間とアンドロイドが争ったまま、僕の夢は敵わないままに、ここで死ぬというのか! 冗談じゃない!

 動け! お願いだ! 動いてくれ!


 叫ぶ、けれど、声にすらならず。


“FULL CHARGE!!”


 非情にも、僕にとどめを刺す手筈が整ってしまった。


「さようなら、石黒聡くん。残念だったよ、全力の君と戦えなくて」


 僕は、自らの最後を受け入れる覚悟を決め、そっと目を閉じた。



 ――ふと、冷たい鉄の感触が、背中と膝の裏に。僕の身体はふわりと宙に浮いた。誰かが、僕の身体を抱えて跳んだみたいだった。

 遠くの方で、僕の命を奪うはずだった爆発音が響く。 


「誰だ、邪魔をしたのは!? 死にかけのそいつを助けて何になる?」

「――それが私の使命ですから」


 その声は――!!

 思わず目を開けたところに飛び込んできたのは、僕の顔を慈愛に満ちた眼差しで覗き込む女性型アンドロイド。頭髪を模した部品は全て抜け落ち、以前に僕の前に現れた時よりも、みすぼらしくなってしまったけれど――


「大丈夫ですか。石黒聡さん。分かります? 私のこと。こんな禿げ頭になってしまったの。知られたくなかったんですけど」

「ニーナ」


 ニーナは帰ってきた。それを理解し始めると同時に、胸の奥底から、力が湧いてくる。それが、ぼろぼろになってしまった僕の身体を強く支えてくれる。ニーナの腕から降ろされても、一人で立てるくらいに。


「やっと帰ってきたのか、ニーナ」

「ごめんなさい、聡さん。本当はもっと早く目覚められたのですが、私、逃げていました。利根川さんのところに行ったときと、九年前に姿を消したときと同じ。あなたに捨てられることが怖くて……。でも、茉莉さんが言ってくれたんです」


『石黒先生のこと、信じてあげてください』


 その一言で、ニーナはここに戻ってきたのだと。

 これでよりいっそう、茉莉あいつのこと叱れなくなったな。


「聡さん、私、もう迷いません。だから一緒に戦いましょう」


 ふて腐れた笑いがこみ上げてきたところで、ニーナの手が差し出される。それを掴んでぎゅっと握手。――冷たくて、温かい。


「まさか、ニーナが戻って来るとはねえ」

「バグ、お前だって願ったり叶ったりなんじゃないのか? 全力の僕と戦えて」


 僕の挑発の意を込めた質問に、奴は高笑いを上げ、大きく頷いた。

 まったくだ、と。


「ニーナ、もう一度、僕のパートナーとして戦ってくれるか?」

「もちろんです。そのために戻ってきました」


 互いに大きく頷いたところで、ニーナは屈みこんで、パワードスーツに変形するためのスイッチがある頭部を僕に差し出す。

 

“TRANSFORM”


 スイッチに触れると、電子音声が鳴り響き、ニーナの身体は眩い閃光に包まれた。その光の中に、僕の身体は溶けていく。

 もう一度、僕とニーナは一つになることができた。


 ニーナ、やっぱり君こそが、僕のパートナーだ。

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