決戦を前に

 サーバールームから脱出し、研究棟の搬入口に向かう。そこには既に亮介がぼろぼろになったニーナを抱えて待機していた。電話で情報は知っていたけれど、改めて目の当たりにするとショックで足が止まってしまう。

 けれど、拳を握りしめ、ぐっとこらえて亮介のもとまで歩み寄る。


「すまない、聡。ニーナを守ることができなかった」

 

 と詫びる亮介。聞けば、ニーナは、まともに喰らえば致命傷となる攻撃から

 少し遅れて邦山さんが、アンドロイドを搬送する台車を押しながら駆け付け亮介をかばい、大破したということらしい。


「ニーナは、攻撃を受ける直前でパワードスーツ形態を強制解除し、俺を外に放り出した。自分を犠牲に俺を守ったんだ」


 前に化学工場でバグと戦ったときに、いざという時に装着者の命を守る最後の手段として、ニーナから聞かされたものだ。僕ではなく、亮介に対して使うことになってしまったか。

 僕と邦山さん、亮介も手伝って三人でニーナのを台車に乗せる。人間として考えればまだまだ重たいが、パーツを大きく欠いて、かなり軽くなってしまった。機体は大きく負傷し、右腕と左脚は捥げ、胸部には大きな穴が開いて配線が剥き出しになっている。髪の毛を模したパーツも全て抜け落ち、何とも見すぼらしい姿にはなってしまったが、僕と再会した時と同じくアンドロイドの形態だ。

 あのとき、もうアンドロイドの姿には戻れないと言っていたのに。この姿を僕に見られたくなかったのか。


「ニーナは、暴走したアンドロイドにやられたのか?」

「いや――、黒いサソリ型のロボットにやられた」


 黒いサソリ。今までの機械犯罪課の報告からは上がってこなかった、新しい形態のロボットだ。強靭なはさみと、長い尻尾の先に鋭利な突起を持つ。光学迷彩機能と機体の扁平さを活かし、影から気づかれることなく飛びかかる。そして、その毒針を模した突起物を他のアンドロイドにぶっ刺し、操ってしまうのだという。

 そのサソリ型のロボットが、バグと関連があるのかどうかは分からないが、とにかく気を付けてくれと忠告された。


 搬入口から研究棟に入り、ニーナを作業台に横たえる。

 三日以内に、ニーナを治さなければ。必要なパーツは、心苦しいが、回収したアンドロイドたちから集めるより他はない。


「邦山さん、そして亮介、ニーナを修復するためのパーツを集めるのを手伝ってくれますか?」


 パーツは大量に必要。それも、規格が違うものを使ってしまえば、正常に作動しなくなってしまう。人手はなるべく多い方がいい。

 出勤してきている作業員も導入して、電波暗室を埋め尽くすアンドロイドからパーツを集めることにした。


「三日以内にニーナを直さなければ――」


 ぼそりと呟いた言葉に、亮介が反応する。彼はおそらく、僕に戦ってほしくないはずだ。けれど、バグから直接決闘を申し込まれたのでは、行かなくてはならない。これは、僕とバグの二人の問題だ。


「――そうか」


 亮介は少しだけ考え込んでから、右腕に装着されたブレスレット型のデバイスを僕に渡した。


「これは――?」

「機械犯罪課の隊員に種島重機から支給されている特殊スーツだ。もし仮に、ニーナの改修が間に合わなければ、使ってくれていい。僅かな戦力にはなる」


 もちろん、ニーナには劣るがな、と付け足された。

 この装備を使うような事態は、なるだけ避けたいが、それでも亮介の言葉は心強かった。


     ***


 不眠不休の作業が続いた。その日はパーツを探す作業で終わり、その翌日は、集めたパーツをニーナの機体に組み込む作業に費やした。

 バグとの決戦を翌日に控えた日、何とかニーナは五体満足の見た目を取り戻すことができたが、起動することが出来ないままだった。

 日が傾いて、もう地平線に沈もうかという時間になっても事態は進展せず、苛立ちが募っていた。


「くそっ! もう明日には、出撃しなければならないのに!」


 デスクを腹いせにどんっと叩いた衝撃で、眠気覚ましのコーヒーが盛大に溢れかえった。


「聡、今日は休め」

「そんなこと言ったって、ニーナが目覚めないままじゃ」

「ニーナが目覚めなかったときの戦う手段は、亮介に渡されただろう。それよりも、聡が壊れたら、それこそ代替は利かないんだぞ」


 すみません――と弱弱しい返事を邦山さんに返す。つい焦りが勝って、取り乱してしまった。


「少し、頭を冷やせ」


 邦山さんから研究棟の外に出るよう促された。作業場から一度離れて、頭の整理をしてこい、と。邦山さんの言いたいことは分かるし、僕にも落ち度があるから納得してしまう。

 ひとまず、休憩所で一息つくことにしたが――こうやって、何もできない時間が過ぎるだけで、耐えられないくらいの無力感が襲って来る。


 もし、このまま、ニーナが直らないままだったら……


 そんな、どうしようもない想像をして、青い吐息を吐いたところで、スマートフォンに着信が入った。


 電話をかけてきたのは、茉莉だった。昨日も、一昨日もだった。夕食どきくらいになると、彼女は会社の正門セキュリティゲートの前に現れる。


「あ、石黒先生!」


 僕がセキュリティゲートの向かいに現れた途端、彼女は細い腕を思いっきり伸ばして手を振る。左手にはいつも通り、彼女の父親が経営している喫茶店で余った食材を使った弁当が提げられていた。


「あー、これでやっと、今日の石黒先生を補給できる!」

「妙な言い回しはやめろ」


 こっちは刻一刻と厳しい状況になりつつあるっていうのに。呑気な彼女の声を聞くと、どうも調子が狂う。

 

「いいじゃないですかー。研究棟が直ってから、大学の研究室にはとんと顔を出ささなくなって……。寂しいんですから。だ、だから、その――」

「会社の中に入るのは、駄目だぞ」


 弁当を受け取りながら、彼女の言葉の続きを読みとってみせる。がっくしといった具合に彼女は頭を垂れた。考えていることも、リアクションも分かりやすい。


「別に、意地悪で言っているわけじゃないんだ。分かってくれ」

「分かってますよ。機密とか、そういうことでしょ? そこまで世間知らずじゃないです。でも今まで、石黒先生は近くにいる人だと思っていたのに。それが急に離れちゃって。ニーナが壊れちゃって、先生だってつらいのに、私には何もできない。それくらい、距離の遠い人だったんだって」


 彼女なりに僕を気遣ってくれているのは分かるけれど、会社の機密だってある。それに、あまり彼女から恩をもらうのは、少し、後ろめたい。


「気持ちは嬉しいけど、こうやって差し入れを持って来てくれるだけで、茉莉は充分、力になってくれているから。だから、もうこれ以上は、関わらない方がいいと思う」


 僕は、明日には戦地に赴いて、もう二度と帰って来ないかもしれない。そう考えると途端に、彼女の気持ちが受け止めきれないくらいに、大きなものに感じてしまうから。


「充分かどうかは、私に決めさせてください」

「茉莉、僕は明日にはバグとの決闘に向かわないといけない。人類と機械の存亡を賭けた戦いだ。もしかしたら、僕は帰って来れないかもしれない。だから、あまり君を巻き込みたくない」


 彼女のことを守りたいからといえば、聞こえはいいかもしれない。でも正直なところ、彼女が僕に抱いているその感情が、少し怖かった。だから、彼女と目を合わせられず、俯いてしまう。


「それが嫌だって言ったら、どうしますか?」

「え……?」

「私がどれだけ頑張っても石黒先生の役には立てないかもしれません。それで私が不甲斐ない想いをするのが嫌だっていう、石黒先生の気持ちも分かります。でも、それよりも……、もっとお手伝いできたのにだとか、ちょっと言われたくらいで怖気づくんじゃなかったとか。そんな後悔を引きずって生きていくのが、嫌なんです」


 俯いた僕の顔を覗き込むようにして、彼女が見つめてくる。その瞳はガーネットのように、鋭い光を放っていた。じくり、と僕の胸を刺すような。


「だから止めたって無駄です。私は、私の気が済むまで、石黒先生をサポートします。たとえどんな手段を使ってでも」


 眼を細めて悪戯っぽい笑みを作ってから、彼女は僕に背を向け、歩き出した。どんな手段を使ってでもって、いったい何をする気だ? 遠ざかっていく背中を呼び止めようとしたけれど、「内緒に決まってるじゃないですか」と背中越しにはぐらかされた。

 彼女と話すと、騒がしいけれど、辛気臭い感情が何もかも吹っ飛ぶ。

 まったく、調子の狂うやつだ。――けれど、どこまでもまっすぐで、逞しいとも思えた。

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