親・友・復・活

 目が覚めるとともに身体じゅうを激痛が襲う。呻き声をあげながら瞼を開くと、茉莉が鼻頭がくっつきそうになるくらいの距離から僕の顔を覗き込んでいた。


「お、おわぁ。いてて――」


 びっくりして上体を起こしかけたところでとてつもない痛みが電気ショックのように走り、悶える。


「ああ、もう。石黒先生、大人しく寝ていてください。命からがらの生還だったんですから」


 茉莉曰くあの戦闘でニーナをフライトモービルモードに変形させたときにACCEL PROGRAMは解除されたが、許容時間を僅かにオーバーしていたらしい。結果、僕の身体には筋肉痛なんて言葉が可愛く思えるくらいのダメージが残った。でも、それでも休んでいるわけにはいかない。株主総会が数日後まで差し迫っている。


「そうそう休んでなどいられるか」


 気合いで起き上がろうとしたところを激痛が襲い、僕をベッドにはりつけにしようとするが何とか持ちこたえる。辺りを見渡したところで、ここは邦山さんの研究室かなんて心の中で呟くほど帰還してからの記憶があやふやだ。こんな状態で身体を引きずりながら立ち上がろうとする人間は正気ではないと思う。


「ああもう、石黒先生! 駄目だってば」


 茉莉が口調を荒くするのも理解できる。けれど、ベッドの上で休むような精神状態じゃないというのが僕の言い訳だ。

 生まれたての小鹿のような足取りでコンピュータのモニタ前に座って仕事に手を付け始める僕の背中に、茉莉が小さくため息を放った気がした。

 AIC株式会社本社事務棟に残っている解析チームから報告が何件か届いていた。本社事務棟の地下に、人工思考デバイスKAIBAの全てが詰まったマザーコンピュータがある。そこにはKAIBAを使用している全てのアンドロイドやシステムのバックアップが存在している。ハッキングを受けて暴走した個体だけに絞っても、気が遠くなりそうなほどの膨大なデータ量で解析チームはいくら人手があっても足りない状況。そんな中、報告の文面で目立つものは『異常個所なし』、『進展なし』。読めば読むほど焦りばかりが募る。

 度重なるアンドロイドのハッキング。バグの居場所は未だに突き止められず、ハッキングされた個体の解析からも何ら情報は得られないまま。やっと掴んだ手がかりかと思ったEVIL PROGRAMでさえ、バグ本人から見当違いだと嘲笑された!


「くそ! どうすればいい!」


 勢い余って乱暴な独り言が出てしまった。それにいちいち体の痛みが追い打ちをかけてくるのがなんとも虚しい。


「だーから言ったんですよ。休んでてくださいって!」


 戻ってきた茉莉からは頑張りすぎて身を滅ぼすタイプだと言われた。言い返せないでいる僕の前に得体の知れない液体・・がなみなみと注がれたジョッキが、どんっと置かれた。


「これでも飲んで元気出してください」


 その液体は白く濁っていた。牛乳なら遠慮せずに飲んだのだが、鼻を刺すような臭いがそれを躊躇させる。


「茉莉……こいつはなんだ?」

「私が愛情込めて作った特製健康ドリンクです」

「材料を聞いている」

「玉ねぎとニンニクとショウガと卵黄をミキサーにかけて――」

「その材料をドリンクにするなぁあっ!」


 せめて炒め物とかにでもしてくれたら食べられるものだったろうに、何故全てを生で摩り下ろすんだ!? 必死で抵抗するも、茉莉はしつこく飲用を勧めてくる。


「いいから飲んでください。私の愛情を受け取ってください」

「いやそれただの劇物だから」

「鼻がムズムズしたり目がシバシバするけれど劇物ではないです」

「それはもはや劇物だよ!」


 なんて言い争いをしているところに邦山さんがため息をつきながら入ってきた。茉莉は邦山さんの顔を見るなり、いきなり血相を変える。


「茉莉、学会発表の用意はどうした?」

「す、すみませんー!!」


 両手を上げて茉莉は逃げていった。邦山さんはニーナの調整中に一息入れるついでに看病を口実にサボっていた茉莉に発破をかけにきたらしい。

 この時期は機械工学系を問わず色々な学会が開催される時期、所謂学会シーズンだ。学生時代のことを思い出して少し懐かしい気持ちになる。まあ、企業の研究者として今でも学会には頻繁に顔を出すが、大学の研究室で学会という言葉を聞くのはまた特別な意味合いだ。


「そういえば茉莉の研究テーマって何なんだ?」


 気になったので聞いてみた。


「人工思考デバイスが犯すミスを研究している。地味な研究テーマだろ? まあ、自分が茉莉に勧めたものなんだけどな」


 邦山さんは自嘲した。人工思考デバイスが犯したミスを、現場まで出向いてフィールドワークで調査し、それをデバイスの観点から照らし合わせるという内容だそう。それだけ聞いていれば、うちの会社のクレーム対応と変わりないように思える。でも邦山さん曰くそこからの論旨展開が茉莉の研究の真骨頂だそう。


「栗原君はそのミスを、機械の立場から論じている。企業ならばそのミスは否定的に扱われ、改善されてしかるべきだが、うちの研究室にはそういう機械の人間臭い挙動の先に新たな文化が創造されるという信念がある」


 そんな大学でしかできない物の見方に惹かれて邦山さんは、この研究室で研究をすることにしたのだと。


「面白い考え方だと思います」

「そうか。良かったら栗原君の研究内容の面倒も見てやってくれ。彼女は恥ずかしがるかもしれんがな」


 正直、あの茉莉が熱心に研究をしている姿なんて想像もつかないが、いつも騒々しくておっちょこちょいで。でも――、溶融炉の建屋で戦っていたときに通信から聞こえた彼女の声は、ちょっとだけ頼もしく聞こえたな……。

 なんて思い返していたところに、ビデオ通話が入る。かけてきたのは、利根川亮介とねがわ りょうすけ。連絡がついたのは、二週間ぶりぐらいだろうか。そういえば亮介は、種島重機工業の医療機器事業の開発品モニターとして契約を結んでいた。あれから予後はどうなったのだろうか。


 そんな心配を払拭するがごとく、彼はモニターの向こうで自らの両脚で立っていた。三年前の事故で下半身不随となって以来、ずっと車椅子で生活していた彼が、健常者と変わらない足取りで歩いている。調子に乗って片足立ちやジャンプまでしてみせる。


「やあ、聡。調子はどうだい? 俺はこのとおり元気だぞ!」

「ぷぷ、何だよ。そのノリは」


 亮介ってこんなテンションの高い奴だったかな。でも、ようやく自分の脚で歩けるようになったのだから、嬉しくて仕方がないのだろう。本人もまずは開発中の製品が問題なく動いていることを示すために、わざとふざけてみせたのだそう。

 長ズボンの裾をめくりあげて機械の骨格を僕に見せる。ただこれは、使われなくなって衰弱した両脚を補強するもので、実際に脳信号を変換して脚を動かしてくれているデバイスは身体の中に埋め込まれているのだそう。


「まあ、身体の具合は大丈夫ってのを見せつけたかっただけだ。今日連絡をしたのは、ちゃんと機械犯罪課の仕事としての内容だ。聡、昨夜ザックと名乗るアンドロイドと交戦しただろ。そのことについて、共有しておきたいことがある」

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