タイムリミット・デスマッチ

「ACCEL PROGRAMの加速機能ですが、あと三十秒が限界です」


 茉莉から唐突に宣告されたタイムリミット。それを超えて加速機能を使い続ければ身体に重篤な障害が残る可能性もある、と。


「ACCEL PROGRAMはF1マシンをも凌駕するほどの加速能力を持つが、身体にかかる負荷もF1マシン並みだ」


 そのダメージはパワードスーツ脱着後に一気に襲って来るだろう、と邦山さんが付け加えた。今からそれを考えると身震いがするが、そんなものに怖気づいている暇などない。


“残り時間 27秒”


 ニーナが残り時間をバイザー内側のディスプレイに提示した。否が応にでも焦り始める。なんとしてでも時間内に相手の動きを止めなければ! 

 ――と思うだけならば簡単だった。奴は光線銃を乱射。銃撃はてんでばらばらな方向で僕の足元を右に外れたり、左に外れたりしている。

 ただでさえ、弾速が遅い上に狙いがこれでは、近づくのは容易い。奴の急所はもうとっくに作ってある。分厚い装甲をリモートセイバーの熱で溶かした個所目掛け、拳を突き出そうとしたところで相手は僅かに身体をずらした。僕の拳はまだ分厚い装甲が残る部分に突き刺さり、反動が右肩を襲う。右腕をがしりと掴まれて跳ね除けられる。されるがままになった上半身に容赦なく光線銃が撃ち込まれ、一発、二発と着弾する。


「さっきの戦いで得物を失ったのが大きいな。いくら動くが速くとも近接戦法だけでは誘い込まれた途端にピンチに陥る」


 こいつ……、EVIL PROGRAMを作動させても自我を失っていないのか!? いや、機体がEVIL PROGRAMで動いていても本体は別の場所から遠隔操作しているだけだから影響がないのか。


“残り時間 20秒”


 刻一刻と過ぎる時間。奴の言う通り、接近戦に持ち込まれたら一気に不利になってしまう。しかし、ダメージを与えるには接近しなければいけない。どうすればいい!?

それを完全に把握しているのか、奴は突き飛ばしが主な攻撃方法になる左腕を断固として使おうとしない。

 焦燥の中で被弾が続き、ついに膝をついてしまった。


“残り時間 15秒”


 それでも、奴の脚に喰らいつく。振りほどかれる。そしてまた、撃たれる。


「聡さん! このままではタイムリミットが! それに耐久の限界値も迫っています!」


 ニーナの声もひどく焦っていた。邦山さんのメンテナンスでパワードスーツの耐久性は飛躍的に向上した。以前と同じ性能だったならば、とっくに機能停止していたとしてもおかしくない。だがそれも限界らしい。

 くそう! せめて何か武器でもあれば!!


 武器――と、心の中で呟いた瞬間に思い当たるものがあった。


「ニーナ、いいか。これから僕が何をしても、僕のことを信じていてくれ!」

「はい!」


 ニーナの返事と息を合わせて、加速性能を活かして大きく後方に跳躍。一気に相手との距離をとる。


「怖気づいたか? 言っておくが、この身体を乗っ取った際に周りの取り巻きもハッキングしておいた。逃げようたって、そうはいかないよ」


 やはり。道理で歓声が聞こえないと思った。

 そして、もうひとつ確信していることは戦況が変わっていく中で、取り巻きも少しずつ動いていたということ。ふと見やったアンドロイドたちの足元に、目当てのものが転がっているのが目に入る。


 よし。あったぞ!


 いよいよ残り時間五秒を切った。僕は、一言だけ「ごめん」と呟いてアンドロイドのとりまきを足払い。崩れ落ちたアンドロイドの足元に落ちていたそいつを引きずり出した。


「錯乱でもしたか、石黒聡くん!」


 まだ、僕の狙いに気づいていない。

 からからと転がるそれを、フルスロットルの加速をつけて、スライディングで受け取る。降り注ぐ銃撃の雨の中を、僕の身体は胴体から火花を上げながら高速で滑り込む。


“残り時間 1……”


「ゼロ!」


 と声を出したところで、そのが相手の腹部、僕が装甲を溶かした急所と一直線上に並んだ。そこで一気に、紅いプラズマの刃を最大出力で展開。ばりばりと音を立てて伸びていく稲妻が奴の急所を貫通した。


 奴の身体はのけ反って倒れた。当然反動を受けた僕らも吹き飛ばされて取り巻きのアンドロイドを巻き添えにしてぶっ倒れた。


「あっはははは! やるじゃない……か……、石黒聡く……ん……」


 なぜだか楽しそうな奴の声が聞こえる。もしや、とどめを刺し損ねたか、と思ったが起き上がってくる気配はない。その前にこちらも、もう起き上がれそうにないが。


「バグ、お前にひとつだけ、聞きたいことがある」

「なん……だい……? 石黒聡く……ん……?」

「どうして取り巻きを使って僕を攻撃しなかった? それくらい非道なマネ、お前ならいくらでも出来たはずだ」


 僕の質問に奴はなぜかふて腐れた笑い声を返した。――心底ムカつくやつだが、ここまで来ても取り巻きのアンドロイドたちは、仁王立ちでピクリとも動かない。わざわざハッキングしておいて、僕に攻撃を加えないなんてまるで意味が分からない。


「君は言った……じゃないか。『本当に気持ちがいい戦いはフェアーじゃないと出来ない』って――」


 僕が放った言葉を覚えていたのか。いや、それだけでなく僕の言葉が、奴の矜持にまでなっているということが正直、驚きだった。

 

「また、り合おうぜ。石黒……聡……く――」


 そこで奴は息絶えた。いや、機体が機能を停止したせいで通信が途絶えただけか。ザックに戻ることなく機能停止になったのは悲しいが、奴がハッキングしたおかげで取り巻きのアンドロイドもフリーズ状態に陥ってくれたのは不幸中の幸いだ。取り巻きが動いていたら、きっとややこしいことになっていたに違いない。


「聡さん! とりあえず今のうちにこの場所から脱出しましょう」


 ニーナはパワードスーツからフライトモービルモードに変形。放り出された僕は、ぼろぼろの身体を引きずりながら、辛うじて座席部分にしがみつく。


「しっかりつかまっていてくださいね!」


 フライトモービルが浮き上がる。ジェットエンジンから噴射される風に、フリーズ状態から解放されたアンドロイドが何体か気づき始める。そいつらが動き出す前に、とフライトモービルは猛スピードで建屋の搬入口から脱出。色づき始める夜明けの空へと飛び出した。


「ニーナ、僕を信じていてくれてありがとうな」


 あの作戦は奴が一瞬疑ったように、戦意喪失したと見られてもおかしくない挙動だったと思う。それでもニーナが一切取り乱さずに、僕を信じて静観してくれたことが嬉しかった。


「いいえ、当然のことをしただけです」


 でも――


「私がもっと強かったら、聡さんは、あんな苦戦を強いられなかったはず。もっと強くならなくては――」


 彼女がすぐに自分の無力さを責めてしまうことが悲しかった。まるで僕の声なんて彼女には届いていないかのようだった。

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