襲い掛かる二つの暴走

 唸り声を上げ、斬りかかるザック。彼の鋭い鉤爪が籠手の重みを纏ってパワードスーツに食い込む。衝撃で数メートルほど後ずさりしてしまう。一撃がとてつもなく重い。


「ニーナ、邪魔だ! その人間から離れろ!」


 その声からはとてつもない憎悪を感じる。


「ザック、君は人間に何か恨みでもあるのか?」

「そんなもの――覚えていられるかぁあああっ!!」


 獣のような雄叫びを挙げて彼は体当たりで籠手をぶつけてきた。重さ百キロ以上あるパワードスーツを纏った僕の身体が、まるで子供の用に吹き飛ばされた。そして地面に転がされるかと思いきや、アンドロイドにがっしりと受け止められ起こされる。――助けてくれたのか、と思うまでに頭部を殴られた。


「頭ぁああっ! こんな人間、とっととやっちまってくださいよー!」


 スクラップパーツを集めていたアンドロイドたちが、輪を作って僕とザックを取り囲んでいた。


「こりゃあ、随分とアウェーな状況だな」


 声援は全てザックに注がれていて、こちらが一発でも報いればブーイングが響き渡るだろう。おまけに退路が塞がれている。そして相手は、破壊的に重たい鋼鉄の爪を有していながら、光線銃まで装備している。

 ザックは鋼鉄の爪を振りかざす。姿勢を低くしてかわし、腹部のユニットからバリアロッドを取り出す。電撃を纏った一撃を叩き込むも、彼の装甲を前にバリアロッドは火花と煙を上げてへしゃげてしまう。


「なっ――!!」

「脆弱だなあ」


 呆気に取られてしまう僕をせせら笑うザック。バリアロッドは彼の手に奪われ、ぼきりとへし折られた。


「これで終わりか?」


 いいや、まだまだ! ニーナにはとっておきの装備が残っている。


「聡さん、リモートセイバーを使ってください!」


 言われなくてもそうするつもりだ。バリアロッドは相手の機体の損傷をできるだけ小さく留めたうえで機能停止に持ち込むための武器だが、リモートセイバーは対象の破壊を目的として作られた武器だ。余裕ぶっているのも今のうちだぞ。

 右脚のふくらはぎに装着されたリモートセイバーを手に取り、紅い稲妻の刃を展開させる。刃渡りは七十センチほど、パワーの制御しやすい長さだ。

 右脚を一歩踏み込んで、ザックの身体を斬りつける。彼の装甲から火花が上がった。高熱のプラズマの刃は触れたものを瞬く間に切り刻む――はずだった。


「ほう。少しは痛かったぞ」

「嘘……だろ……?」


 リモートセイバーの攻撃がまるで通じていない。こいつは警備ロボットを真っ二つに切り裂いた代物だぞ。それが、ちょっと装甲に傷がついて後ずさりした程度だなんて。


「どうやら相手の装甲が分厚すぎるようです。相手を切り裂くどころか削るくらいがやっとのようです」


 でも――通用する武器がこれしかないのなら、退路が断たれた今は立ち向かうしかない!

 もう一度斬りかかる。その刃を仁王立ちで迎え撃つザック。やはり装甲から火花が出るだけだ。衝撃の程度を完全に見切ったのか、二度目はもはや後ずさりすらしてくれない。

 斬りが通用しないならば、その胴体を突けばいい!

 突き出した刃をひらりとかわされ、背中を小突かれる。バランスを崩して倒れ込んだところに、鋼鉄の爪が振り下ろされる。

 間一髪でリモートセイバーで受け止めた瞬間、相手の爪が焼き切られて地面に転がる。


「なっ!」

「どうやら自慢の爪は装甲が柔かったようだな」


 相手が動揺している隙に態勢を立て直し、その脇腹に刃を突き通す。


「ぬぁああああああああっ!!」


 斬撃では削るのがやっとでも、長い間刃が触れていれば、どんな鋼鉄をも貫ける! 


「ニーナ、このまま出力を上げて相手の身体を焼き切るぞ! 焼き切れる直前のタイミングを教えてくれ!」

「分かりました! 相手の装甲の厚さから耐久性を計算します」


 リモートセイバーは出力を上げれば、それだけ制御が難しくなる。反動でこちらが吹き飛ばされることだって十分にあり得る。両の脚で床を抉るほどの力を込めて踏みしめて覚悟を決める。リモートセイバーの柄から伸びる雷撃が、その激しさを増して相手の装甲を真っ赤に熱して少しずつ融かしていく。


「ぐっ……くうっ! この俺をなめるなぁああああっ!」


 ズガン!


 ザックが苦し紛れに放った光線銃が右肩に着弾した。リモートセイバーが手元から離れて、プラズマの刃が消えて柄だけになってしまった状態で床に転がる。マズい。丸腰になってしまった。慌てて手を伸ばすも、指先数センチを銃撃がかすめる。そして連射が始まった。床を走る火花、逃げるたびに武器を取り返す機会を見失っていく。


「石黒先生、聞こえていますか!?」

「待て、栗原君、あのプログラムはまだ調整中だぞ」


 茉莉の声で通信が入る。時刻はとっくに夜半を過ぎているが、まだ研究室にいたのか!? 何やら邦山さんともめているようだが。


「石黒先生、ニーナに新しい機能を付けています。まだ、調整の段階ではあります」


 それを聞いて当の本人であるニーナまでもが驚きの声を漏らす。邦山さん曰く、調整中なためロックをかけているから本人でも気づかないそう。


「相手に有効かどうかも不明ですが……、でも今はこれしかありません!」

「分かった。僕もその新機能とやらを試してみたい」


 僕が茉莉の提案に同意したことで、躊躇っていた邦山さんも覚悟を決めた。使いこなすのに難があるプログラムらしいが、この不利な戦況を覆せるなら使わない手はない。


“ACCEL PROGRAM INSTALL”


 電子音声によるアナウンスとともに、身体に猛烈な負荷がかかる。崩れ落ちたところに銃撃を数発喰らわされた。


「どうした、動きが鈍くなったぞ?」


 身体が重い! 立ち上がるのがやっとといった具合の僕に、ザックはわざとらしくゆっくりと近づいてくる。


「今プログラムのインストールを行っています。完了までパワーを発揮できません」


 この状況で待ち時間が発生するとは――


「バッテリー切れでも起こしたか? 哀れな姿だな」


 ザックがもうすぐ傍まで近づいて、動けない僕に死体蹴りを喰らわせようとしたその瞬間。


“COMPLETE”


 僕の身体が霞となって、ザックの脚は空を斬っていった。


「な、消えただと!?」


 気が付けば僕は、ザックの背後を取っていた。――まるで他人事だな、と自嘲する。自分の動きが速すぎて、知覚が追い付いていない。でも、これならイケる!

 ようやくこちらに気づいた彼が光線銃を乱射してきた。けれどその弾がまるで止まっているかのように見えてしまう。そして、彼の眼前にまで僕は躍り出て、右手に持った光線銃を叩き落した。これで相手も僕と同じ。勝機は見えた!


 決死の突きで装甲を溶かした部分めがけて、膝を喰いこませる。彼の呻き声が建屋に反響した。効いている! 

 周りを取り囲むアンドロイドたちが一斉にブーイングをしているが、今の僕にとっては声援に他ならない。風向きが変わった。


「ザック、どうする? このまま降参すれば、機体は無事だぞ」


 大きくよろけるのを、その場に置いてあったドラム缶で身体を支えることで持ちこたえるザック。相当に効いていたらしい。

 僕も、もともとはうちの製品である彼を完全に破壊することには気が進まない。彼がバグの件と関連がないと判明した今、アンドロイドの徘徊事件を追う優先度も下がっていた。ここで彼が降参するなら退こう。そう考えていた。


「ニーナ、お前がここまで強くなっていたとは思っていなかったよ。あの頃のお前は力では到底に俺に及ばなかったはずなのに。なぜ、そこまで強くなれた?」

「それは、私にもよく分かりません」


「へ……?」


 拍子抜けした声をザックが漏らす。


「でも、きっと独りではないからだと思います。私は聡さんを始め、人を守るために戦ってきました。そうやって助けた人から新しい力をもらって、私は強くなったみたいです。ザック、あなたにはアンドロイドの自由を守るという信念はありました。でも、あなたが戦うときはずっと、あなたは独りだった。――それがきっと、あなたと私の差だったのでしょう」

「けっ、言ってくれるぜ。俺は誰かに助けてもらって強くなるくらいなら、潔く負けを認めるよ」


 ふて腐れて笑いながら、地面に胡坐をかいて座る。


「俺の負けだ」

「ザック……」

「ここで刃向かった方がかっこ悪くなっちまっただろうが。おい、聡とか言ったか? さっさと俺にとどめを刺せ」


 それは断る、と強く返した。彼には武士の心得でもあるらしいが、それで自分がかけた情けを無下にされては困る。


「んだよ……、また俺がかっこ悪くなっちまっただろうが」

「いや、かっこ悪くなんかないよ」


 もう攻撃の意思は彼からは感じられない。彼が逃げるなら見過ごそうというふうに考えていたが、こちらからも敵意はないことを証明しよう。彼がニーナと旧知の仲だというのならなおさらだ。和平の意を込めて、彼に向かって手を差し伸べる。

 彼がこの手を握ってくれれば――


 だが、彼は身をひらりと返して、地面に転がった光線銃を拾い上げ、僕に銃撃を浴びせた。後ろにのけ反って倒れ込んでもまだ容赦ない射撃が続く。そのまま数発被弾し、身体じゅうに走る激しい痛みに床をごろごろと転がりながら悶える。

 その様子を、ザックは妙に似合わない高笑いを上げて見下ろしていた。


「アッハハハハハ! 油断したね! 石黒聡くん・・・・・!」

 

 その呼び方は……!!


「お、お前! バグ! バグなのか! いつからザックを乗っ取っていた!?」

「たった今、ボクらはやって来たところだよ。久しぶりだねえ、会えてとっても嬉しいよ」

「何が嬉しいだ!? ザックとやっと心を通わせられたかと思ったのに!」


 怒りに身を震わせて立ち上がる。


「心を通わせる? 危ないところだねえ。この身体の持ち主はザックとか言ったっけ? そいつがたぶらかされる一歩手前でこのボクらが救ってやったんだ」


 悪びれるどころか、自分の行為を正当化しやがった。前々から虫唾が走る奴だと思っていたが、ザックが『俺が最も嫌いなタイプ』というのも頷ける。


「人間との共存は機械が進化する妨げにしかならない。だから、そういう意志が芽生える前に摘み取るんだよ。芽生えてしまったら乗っ取るのに都合が悪くなる。そう、君に味方しているニーナみたいにね」


 自分の考えを押し通すためなら、たとえ同じ機械でも他社の意思など意にも介さないというのか。


「お前は、ザックの意思を踏みにじった! 絶対、許さない!」


 だんっと地面を蹴り、奴の銃撃の合間を縫って接近する。中身が変わったとはいえ、ガワが同じなら攻略法は見えたも同然。装甲を溶かした部分にめがけて、回し蹴りを喰らわせる。が、それと同時に奴が光線銃を胴体に向けて接射した。


 床に撃ち落とされてしまう。おかしい。確かに蹴りを喰らわせられたはず!


「こいつを乗っ取ったときに、ダメージに対する応答を切っておいた。だから、ダメージが入っても乗っ取ったボクらは痛くも痒くもない。これでこの身体は完全に破壊されるまで君を止まることなく攻撃できるというわけだ。でもそれだけじゃあ、こんなオンボロの身体では分が悪いと思わないかい?」


 奴はくすくすと笑いながら、光線銃の右サイドについている三か所のスイッチを一度に全て押し込んだ。


“EVIL PROGRAM”


 電子音声とともにあの禍々しい記憶が蘇る。

 

“INSTALL”


 いや、待て! あのUSBメモリ型のデバイスなんてどこにもないぞ! なぜ、EVIL PROGRAMが作動する!?


「バグ、お前がEVIL PROGRAMのデータを持っていたのか? それであのデバイスを使わずとも、機械を乗っ取ることができるのか?」

「何を言っているのか分からないねえ? このプログラムはもともとこいつの身体の中にあったものだ」


 なん……だと……?


“COMPLETE”


 事態を飲み込むまでに、奴は巨大な籠手で体当たりを仕掛けてきた。ザックの機体は近接戦法にはめっぽう強い。その事実を身体じゅうに走る痛みとして思い知らされる。


「石黒先生、大変です!!」


 痛みに悶えているところに忙しない茉莉の声が。こんなタイミングで必死な声色での通信とは、弱り目に祟り目な内容か。


「ACCEL PROGRAMの加速機能ですが、あと三十秒が限界です」


 まさに、絶望的なニュースだった。 

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