俺がアンドロイドの救世主
「にしてもほとんど不眠不休だが、大丈夫なのか」
ニーナの通信機能を通して聞こえてくる邦山さんの声は心配そうだ。
親父の急死、化学工場でのアンドロイドの暴走、それに続いて研究棟が崩壊し、生産設備が失われたこと。事件の連続で株価が下がり続けている中、株主総会でのプレゼンの準備に追われていた。もちろんマスコミの対応もこなさなければならないし、暴走したアンドロイドの解析作業も進めている。それに加えてアンドロイドの徘徊事件の調査も掛け持ちしようとしているのだから時間がいくらあっても足りない。
「こっちの調査は機械犯罪課に任せてもいいんじゃないのか」
「真夜中の調査活動にまで要請を出すような件ではないです。まだ都市伝説の域を出てないですからね」
「そういうことじゃなくてだな――」
僕が聞き入れないと判断としたのか、邦山さんはそこで黙り込んでしまった。
種島社長に手配してもらった偵察用ドローンが徘徊するアンドロイドを複数確認した。場所はAIC株式会社本社ビルのある都心から数キロ離れた山間。やはりスクラップパーツを処理する民間の溶融炉だった。最寄りの国道からガードレールを乗り越え、ワイヤーで崖を伝いながら降りていく。
「少し身体の扱いがこなれてきましたか」
なんてニーナがからかってくる。
「無理くり時間を作ってでも筋トレをしていたからな。それより、ニーナも僕が頼りないからって、あんまり自分を犠牲にするな」
先日の種島社長との会話でのニーナの言動のことを引き合いに出してやった。
「種島社長に改良を頼み込んだことですか。AIC株式会社の生産設備が使えない今ではそうするしかないかと。現にAIC株式会社の生産設備も種島重機科学工業のものですし。それに私が今のままでは聡さんをお助けするのに充分ではないということも事実です」
思いの外、理路整然と返されてしまった。てっきり自暴自棄になったのかと思っていたのに。どうにかして思いつめているニーナを慰めたいのだが、彼女の言い分に間違いはないから言い返すことができない。
お互いに黙ったままで雑木林を歩いていく。光学迷彩機能を使って姿を隠してはいるが、足音のほうが問題だ。小枝でもぽきりと鳴らしてしまえば、相手に勘付かれる。バイザーの暗視機能で見る限り、溶融炉の周りをうろついているアンドロイド数十体は優にいる。今は気づかれないように行動したい。
木の影に身を潜めてスクラップパーツを漁るアンドロイドたちをパワードスーツの望遠機能でしばらく観察することにした。
連中はじゃらじゃらとスクラップパーツの山の中を掘り返し、型番を確認していた。自分の型番と照らし合わせているのだろう。
「なあ、これボクの機体に合うやつかなあ」
「違う違う、そいつは一世代古い。間違えたら回路に過電流が流れてショートするぞ」
会話が聞こえる。連中は一体一体個性があり、あだ名で呼び合っている者もいる。これまでの暴走したアンドロイドは皆、バグの人格を持つか、人格を持たずに物言わぬまま暴れ回るかだ。連中のように個性豊かな集団となることはまずあり得ない。
「どうやら彼らはスクラップパーツを漁っているだけで、バグとは関係がないようです。ですが、機械産業資源再利用法のサイクルを乱していることには変わりありません。バグの件とは別に優先順位を下げたうえで調査を継続します」
「そうか、ならラボに戻るのか」
「いえ、今日のうちに調べられることは、調べ尽くすつもりです」
呆れたようなため息を邦山さんが漏らした。
人間と機械の絆を断ち切る機械産業資源再利用法のことは憎いが、現行の法律である以上は彼らを野放しにしておくことはできない。
「調べるって、具体的にはどうするつもりなんだ」
「彼らに接触する」
驚愕する声が邦山さんとニーナの双方から。
「相手は人間の管理を離れた機械だ。むやみに接触するのは危険だぞ」
「大丈夫だ。こっちにはニーナがいるからな」
無茶はしないとだけ邦山さんに伝えて木の影から獣道に躍り出る。がさりがさりと枝のぶつかる音がした。それに気づいたアンドロイドが一体。こちらを振り返り、眩しく光るライトをあててくる。
「ニーナ、光学迷彩機能を解除して、スーツを脱着するぞ」
「待ってください! 生身で攻撃を受けるのは危険過ぎます!」
「相手はバグじゃない。まだ話は通じる。こちらに敵意がないことを示せば情報が聞き出せるかもしれない」
人間の管理のもとで運用されている機体の情報は会社から解析することができるが、管理から外れている場合はそうは行かない。彼らとの会話が重要な手がかりとなる場合も考えられる。
パワードスーツを脱着し、ニーナはスーツケースの形態に。変形時の閃光のせいで大勢のアンドロイドたちがこちらに気づく。でも、ことを速く進める上では好都合だ。
「僕はAIC株式会社のものだ。君たちに製造時の記憶はないから、僕のことは知らないと思う。だが信じて欲しい。攻撃するつもりはない」
両手を上げて無抵抗を訴える。目の前でアンドロイドたちが、「どうする?」などとごにょごにょ耳打ちをし合っている。彼らの機体はどれもこれも劣化が激しく、髪の毛のパーツなんて抜け落ちてしまっているのがほとんどだ。装飾品でしかない上、スクラップパーツとして出回ることもないため優先して修復できるものではないのだろう。他の箇所の修復をしてその日を生きるだけで精いっぱいと言ったところか。片腕がない機体もちらほらといる。
「そっちの要求はなんだ」
こちらを警戒はしているようだが、そこまでの攻撃性は感じない。これは話を聞いてくれそうか。相当な数のアンドロイドが集まってはいるが、どことなく統率が取れている。おそらくはリーダー格の存在がいるはずだ。そいつに話を聞けば、彼らのことを効率的に知れるかもしれない。
「ああ、
人間の管理を外れたアンドロイドの暮らしぶりについて、ここのところで何か変わったことはないか調査をしたい。こちらの要求にしばらく間をおいてから首を縦に振ってくれた。
男性型のアンドロイドに手招きされて獣道を進んでいく。やがて木々の隙間からさっき望遠機能で覗いていた溶融炉の建物とその周りを囲むスクラップの山が見えてきた。さらに建物の中へと入る。大型の電気炉から発せられる熱波を感じながら奥に進んでいく。中は火災の未然防止システムが常に稼働しているだけで、人気は感じられない。
「頭に会いたいって奴がいたんで、連れてきましたぜ」
暗闇に佇む一体のアンドロイドがこちらを振り向く。頭部にはバイザーが上げられた状態でついている。パワードスーツ形態のニーナについているものと形がよく似ている。顔面は塗装が剥がれきって、くすんだ銀色一色。左の眼は眼球を模したパーツが壊れていて、右眼だけがある状態。少々グロテスクな劣化具合だ。
「あ、あなたは――」
ニーナが驚きの声を上げる。
「その声はニーナか、懐かしいな」
あの
「君はニーナのことを知っているのか?」
「ああ、俺の昔の女だ」
「違います。虚偽の情報を吹き込まないでください」
「相変わらず、お前は連れねえなぁ」
人相からは想像もつかないフランクな口調に少々面喰う。彼の名はザック。ニーナが失踪していた期間中、行動を共にしていたそうだ。
「でも、あなたは三年前に行方をくらました。どこで何をしていたのです?」
「そのことはみんなにも言われるよ。けどすまねえ。俺は、そこら辺の記憶は抜き取られたのさ」
「抜き取られた。誰かに記憶を改ざんされたのか?」
「そういうことだろうな。もちろん誰にそれをされたのは分からないがな」
彼が言っていることが本当だとしたら、人工思考デバイスKAIBAの構造に精通した技術者の仕業であることは間違いない。KAIBAは恐ろしく精密な機械だ。常人が趣味で触って良いようなものではない。
彼が情報源となる可能性は薄れたかもしれない。それでも聞き出してみるしかない。
「アンドロイドがバグと名乗る存在によりハッキングされ、暴走する事件が発生した。僕はそのバグの行方を捜査している。君は何か似たような事例を見たことがあったりするか?」
あるいは、少しでも思い当たることなら何でも――と続けた。彼はしばらく間を置いてから、首を横に振った。
「俺は何も知らない。暴走するってのは、人間の言うことを聞き入れなくなるということか? 結構なことだ。俺たちには自由が必要だ」
「いや、バグに操られたアンドロイドは君たちのように個性を持っていない。皆が皆、バグと同化し、個性を無くしてしまう」
途端に彼が口を歪める。
「それは俺が最も嫌いなタイプだな。俺が掲げるアンドロイドの自由とは、それぞれの個性を尊重した先にある。そんな奴は俺たちを支配するいけ好かない人間どもと同じだ」
人間を“機械を支配するいけ好かない存在”としているところには異論があるが、ザックがバグを嫌う理由には納得できる。バグはあたかも人類に反抗することこそがアンドロイドの意思であると説いているが、実態は洗脳して操っているに過ぎない。ザックが機械の個性を尊重することを信念としているなら、それとは真逆の存在だ。
「だからニーナ、お前もそんな人間のところにいないで、こっちに来ると良い」
「お断りします。私は聡さんに仕えることに悦びを感じています。そもそも私が聡さんのもとを離れたのは、聡さんといつまでも一緒に暮らすことが許されないという現実から目を背けたかったから。最初から人間を毛嫌いしているあなたとは相容れません」
「人間はお前を支配し、あろうことか使い捨てるような存在だぞ」
「聡さんはその現状を変えようとしています。聡さんは、人間とアンドロイドがいつまでも一緒に暮らせる世界が作ると言ってくれました。私は聡さんを信じています」
ザックの勧誘をニーナは毅然とした態度で突っぱねる。その言葉が頼もしくもあるが、少し照れ臭くもある。
揺れ動く気配すらないニーナにザックは苛立ちを見せるどころか、鼻で笑って憐れむような視線を向けた。
「それは、終わりのない人間の支配を意味する。俺たちが自由でいられるのは俺たちが商品性がないスクラップの寄せ集めだからだ。聡と言ったか、お前も綺麗事は言っても、人間が作った秩序を侵し続ける俺たちに寛容な態度をとってくれるわけではないだろう?」
「それはそうだ。僕にもAIC株式会社の人間として果たさなければいけない務めがある。だがそれは君に敵意を向けることではない。こちらで身柄を預かり、メンテナンスを続けることで長期運用な機体にすることもできる。ただし、その代わりに社会奉仕活動にあたって――」
ズガン!
こちらが言い終わるまでに、ザックが右脚のホルダーから抜いた光線銃をぶっ放した。着弾点は僕の右足のつま先から僅か数センチほど離れた個所。床が抉れて煙が上がっている。
「俺はなあ、人間のそういうところが大嫌いなんだよ!! 理想論で塗りたくっても、俺たちを支配したいだけに変わりはない! アンドロイドを救済できるのは俺だけだ」
ザックはバイザーを下ろし、光線銃の右サイドについている三か所のスイッチを順に押していく。
“ONE, TWO, THREE”
子気味の良いカウントアップ。そして銃口で真っ直ぐに天を突き、引き金を引く。
“ARMOR MODE”
閃光が放たれて目が眩む。ニーナが変形するときに放たれるものと全く同じだ。真っ白に塗り潰された視界の中で、がしゃがしゃと重たい金属音が鳴り響く。
再び視界が戻ったころには、彼の姿はすっかり様変わりしていた。
全身が分厚い装甲で覆われ、大きく膨れ上がっていた。特に左腕には、巨大な籠手が装着され、その先には鋭い鉤爪が伸びている。
「失せろ、人間」
その長い鉤爪を振りかぶり、ザックが切りかかる。その刃先が身体に触れようかというところで、再び閃光。身体に纏わりつく冷たい金属――けれど、今はそれが不思議と温かく感じる。僕の身体を覆ってくれる機械は、誰よりも僕を強く信じてくれる存在だから。
ザックの鉤爪はパワードスーツに変形したニーナによって、がっしりと受け取められた。
「ニーナ、人間から離れろ! 俺が殺したいのは人間だけだ!」
「いいえ。聡さんには傷一つ付けさせません!」
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