調・査・開・始

 テーブルには、ナポリタン、カルボナーラ、そしてジェノベーゼが並んだ。


「では、ごゆっくりとお楽しみください」


 抑揚のない声でウェイターのアンドロイドが言う。安価なファミリーレストランでの接客は、アンドロイドが務めていることが多い。


「茉莉、もう料理来てるぞ。食べないのか―?」


 僕と邦山さんは、もう「いただきます」を済ませてフォークでくるくるとパスタを巻き付けているというのに茉莉はスマートフォンをいじって何かを検索しているようだ。


「茉莉。ちょっと行儀が悪いぞ」


 邦山さんはすっかり茉莉の保護者といった具合だ。いや、本当の保護者は喫茶マロンにいるわけだが。


「ちょっと待ってください。もう少しでいい動画が見つかりそうなんです!」


 動画――何のこと言っているのだろう? なんて考えながらナポリタンを一口。ケチャップの味が強いトマトソースがたっぷりかかっていて、まあ安っぽいけれど安心できる味だな。二口目に向けてパスタを絡めていたところで、茉莉が大きな声を上げた。そして前のめりになって、テーブルの中心にスマートフォンを寝かせた。

 検索欄には、『アンドロイド 百鬼夜行』と打たれている。茉莉は検索結果として出て来た動画リストの五番目をタップした。

 暗視カメラで撮ったような緑色の動画、画質はお世辞にも良いものとは言えず、最初の撮影者の自撮りでさえぼやけていてはっきりとした表情が見えない。簡単な動画内容の解説の後、崖の上から見下ろしたようなカメラワークに。

 山間にある工場のような施設にぞろぞろと人影が。画質はよくないものの衣服がなく剥き出しになった素体からアンドロイドであることは分かる。アンドロイドたちは施設に出入りしては袋に何かを入れて持ち出していた。


「いったい何を……」

「スクラップパーツだ」


 茉莉が質問を言い終わるまでに答えた。周囲にロボットの腕や頭部のパーツが散乱していたからすぐに分かった。

 おそらくこの施設はスクラップパーツを回収してリサイクルする民間の溶融炉。AIC株式会社としっかりと提携を結んでいるところは別だが、多くはアンドロイドに職を奪われた者の流れ着く先だったり、たちの悪いところだと転売目的で回収していたりするところもある。そんなんだから、警備体制がずさんな所も結構ある。さしずめ、そういった場所から機体の活動に必要なスクラップパーツを回収している様子が映像に収められたということだろう。


「それでね。一番気になるのが投稿日付」


 見せてもらったものの他にも多くの動画があげられていた。その投稿日付を遡っていくとある日を境に目撃情報が急激に増えたことが分かる。――それが、僕がバグと対決をしたあの日と一致していた。茉莉はあのときバグが操っていたアンドロイドの襲撃を受けて人質にもされたから、その日のことを嫌でも覚えている。


「都市伝説的な興味で調べて見たんだけど、これってもしかしてあのアンドロイドを暴走させるバグとかいう奴と関係あるんじゃないですか」


 その可能性はある。一度洗ってみるのもいいだろう。僕が出した決断に邦山さんも頷いた。あの化学工場の襲撃事件からもう一週間経っている。その間、バグの居所は掴めていない。奴の目的は人類を支配すること。確実に何か仕掛けてくるに違いない。それまでにこちらから打てる手は打っておきたい。


 食事を済ませて邦山さんの研究室に戻ったところでビデオ通話をかける。話し相手は種島社長だ。今回の調査で一つ協力してもらいたいことがあるのと、やはりあのUSBメモリのことを聞き出したい。

 モニター前には僕と調整が終わって回復したニーナ、邦山さん、そして茉莉も向き合っている。茉莉は思いきり部外者なのだが、この場にいるので聞かれてしまうのは仕方がない。――というか目を爛々と輝かせていて、案の定興味津々といった様子。内容によっては退室してもらおう。

 しばらくしてモニターに種島社長のふてぶてしい顔が映った。上物だろう煙草をふかして悦に浸っている。


「どうした石黒君、私に聞きたいことでもあるのかね?」


 僕は懐から取り出したあのUSBメモリをモニターについたカメラに翳した。それを見るなり種島社長の顔付きが変わる。親父の場合はただ純粋に焦っていたが、種島社長は一瞬口角を緩めてから目をぱちくりとさせた。


「それはEVIL PROGRAMの端末じゃないか。どこでそれを」

「弊社の研究棟で解析していたアンドロイドが所持していたようです。こちらで少し調べさせてもらいました。これにはアンドロイドを操り、対象をいかに効率よく殺すかを優先するようリプログラミングする効果があります」


 その他、ハブとして機能し周囲の機器を遠隔でハッキングできること。遠隔によるハッキングは一時的なもので、アクセス履歴が跡形もなく消されることと合わせて、このUSBメモリがバグの使っているハッキング手段だと睨んでいるところまで種島社長に共有した。


「随分と掴めてきているんじゃないか」


 と不敵に笑いながら煙草の先の灰を潰す。出資者として彼は心強いことこの上ないのだが、どうにも表情の意図が読めない。もしかしたら見た目と態度で損をしているタイプなのではないだろうか。


「あれは人工思考デバイスKAIBAの原型となったものだ」


 取り留めもないことをぼんやりと考えていたところに飛び込んできた言葉に驚いた。――信じがたかった。KAIBAはアンドロイドの思考回路。ニーナが持つ心もKAIBAの機能が進化したものだと考えている。その原型が、あの禍々しい殺意の固まりだなんて。


「開発初期のKAIBAにはロボット工学三原則の名残がある。石黒君もそれは知っているだろう?」


 ロボット工学三原則――人間への安全性、命令への服従、そして自己防衛を目的とする三つの原則。SF作家アイザック・アシモフが自身の作中で用いたもので、後にロボット工学そのものにも影響を与えた。開発初期のKAIBAは、ロボット工学三原則に倣った二つの思考を最小単位としていた。人間を守ろうとする思考と自分を守ろうとする思考。その二つを状況に応じてコントロールすることによってあらゆる判断を下す。それが進化し、今のアンドロイドの思考回路を作り上げている。


「KAIBAを軍事機器に転用するには、より強力なデバイスに進化させる必要があった。そこで着目したのが怒りの感情。機械が一番最初に獲得した人間らしい感情が怒りだったというわけだ」


 そして出来たのがあのUSBメモリ。EVIL PROGRAM。今でも軍事機器におけるKAIBAの一部として機能しているということだそう。


「もちろんEVIL PROGRAMそのものは、あまりにも攻撃性が高く危険なものだった。故に人の手に触れないように我が社で厳重な管理のもと保管していたはず」


 だが現状として、それは流出して今ここにある。種島重機工業で管理していたものならば、その経路も彼の気になるところだろう。交渉を持ち出すならば、今を置いて他はない。

 今、居場所をくらましているバグに対して先手を打ちたい。そこでちょうどタイミングを合わせて目撃情報が多発しているアンドロイドの徘徊事件を調査する。


「そのために偵察用のドローンを派遣していただきたいと考えています。狙いは民間の溶融炉。とくに山間に存在するもの。こちらから人間の管理を離れたアンドロイドに接触を図ればバグも姿を現すかもしれません」


 種島社長は顎髭を撫でながらしばらく唸ったものの、こちらの要請を承諾してくれた。三十体の偵察用ドローンを派遣し、山間に点在する溶融炉を偵察し、データを集めてくれるそう。非常に心強い限りだ。

 ありがとうございます、と頭を下げてビデオ通話による交渉もこれで終わりかと思ったところに足元から声がした。


「種島社長、私からも一つお願いがあります」


 なんとニーナから彼に頼みごとがあるというのだ。


「ほう。確かパワードスーツに変形する石黒君の相棒だったかね。タイダロイドのコックピット内のやり取りを見ていたからね。妙なスーツケースだが驚きはしない。して、君からは私に何のお願いがあるのかな?」


「お願いします。私を強化してください」


 必死な口調だった。


「EVIL PROGRAMをまえに刃が立ちませんでした。あろうことか、聡さんを差し置いて機能停止になり、ただの鉄くずに……。私、何も役に立てませんでした。本当だったら、私がどうなろうとも聡さんをお守りしなければならないのに! あんな不甲斐ない状況には二度となりたくないんです! だから、お願いします!」


 やがて泣き腫らしたような声になる。そんなに悔しかったのか……。でも、僕はニーナが何も役に立てなかったなんてちっとも思っていない。


「ニーナはよくやって――」

「よくなんかないです! これからもっと戦いが激しくなったり。またEVIL PROGRAMを使った襲撃を受けるかもしれません」


 僕のフォローを跳ね除けてニーナは種島社長に懇願した。僕のためにこんなに必死になってくれているのに、何故だろう。彼女がどこか遠くに行ってしまったかのようで、悲しかった。


「いいだろう。EVIL PROGRAMに対抗できるとっておきの装備を用意してやる」

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