アンドロイドの百鬼夜行

 親父の人格データを搭載した小型飛行ロボットは、僕を窮地から助けだして暫くして。機能を停止した。バッテリーが切れたらしい。小型ロボットを鷲掴みにしてもとのシークレットルームの台座に鎮座させる。機体にあしらわれたLED照明がオレンジ色に点灯した。


「まったく、人の親を数日電池切れにしておくとは――」

「親父、聞きたいことがあるんだ」

「自分の都合で親父を充電するな」


 まだ十分な電力がないらしく、ホログラムは出力せずに音声だけの会話をしている。生身のロボットと親子喧嘩をするのは中々妙な感覚だ。


「して、聞きたいことというのは何だ?」

「うちの研究所で暴走した機体から、こいつを回収した」


 ビニル袋に包まれたUSBメモリを見るや否や、機体がびくりと震えた。


「親父はこれを、負の遺産と呼んだ。一体何なんだ。これは?」

「言ったはずだ! お前が知る必要はない!」


 と親父は言っているが、既に少しだけ知っている。邦山さんと協力してデータを解析したからだ。


「残念だけど、少しだけ調べさせてもらっている。こいつの構成成分は、人類への敵対精神。対照を如何に効率よく死に至らせるかをリアルタイムで算出するアルゴリズム。そして、自己防衛機能を破壊し、対象の破壊のためなら機体のダメージを厭わなくするプログラム――」


 要するに、どれだけ抵抗されようと確実に相手を仕留めようとするという物騒極まりないものだ。

 親父は動揺こそ見せていたものの、真実を語ろうとはしなかった。解析により、プログラムの内容は大方判明した。けれど、僕が知りたかったのは、その開発にまで至った意図の方だ。親父が話してくれないとなると、それにたどり着く手がかりとなりそうなものは、あのときに見た幻覚ぐらいか。


「まあいい。話してくれないなら、こちらで聞いて回るだけだ。まずは、捜査に協力してもらっている機械犯罪課と出資者でもある種島社長に――」


 種島社長。その名前を挙げたときに、がたりと親父が動いたのを、僕は見逃さなかった。


「種島社長に聞けば分かるんだな?」


 親父が黙りこくった。――図星ということか。

 しばしの沈黙の後、親父はふて腐れ気味に言った。「お前はそれを知って、どうするんだ?」と。

 知りたいに決まっているだろ。あの化学工場から持ち帰った大量のアンドロイド。その機体に組み込まれた、アンドロイドの心臓とも言うべき、人工思考デバイスKAIBAの端末をくまなく調べたが、何の異常も見つからなかった。手がかりが何もつかめず、苛立っていたところに挿し込んだ機体を暴走させるUSBメモリなるものが現れた。これまでとは打って変わってアナログなハッキング手法だが、それによってハッキングされた機体は、ハブの機能を果たし、周囲の機械やシステムを遠隔で乗っ取ることができることまで判明している。――これは、現時点で掴み取ったこれ以上ない手掛かりなんだ。


「お前はそれで、人類に反抗する機械に勝てると思っているのか。思い上がるな。人類が生き残るたった一つの術を教えてやろう。――このAIC株式会社の最高機密であり、人工知能をも凌駕する、人工思考デバイスKAIBAの大元を破壊するのだ」


 親父が言っていることは、「機械が思考回路を持つまでに至った文明を廃棄する」ということを、より具体的に言ったに過ぎない。

 いや、それよりも……。人工思考デバイスKAIBAは、この会社を、大学の小さな研究室で始まったベンチャー企業から、あらゆる機械製品やソフトウェアの世界トップシェアを誇る大企業にまで発展させたもの。もはやこの会社の存在意義そのものと言ってもいい。


 それを、捨てろ、だと?


 理解ができなかった。親父は、自分にこの会社の引導を渡すつもりでいる。それは生前の人格をコピーしたロボットとなった今でも変わらないはず。


「親父は、この会社がどうなってもいいのか!?」

「人類が滅亡するよりはマシだ!!」


 シークレットルームが丸ごと揺れるほどの怒号が響き渡った。――やっぱり、僕と親父はどう転がっても水と油だ。奥歯を噛みしめて、拳を握り締める。


「息子よ。やはり歯向かうか」


 「もちろんだ」と即答した。親父といくらそりが合わなくとも、この会社を継ぐ意思は固まっている。だから、この会社の何よりもの財産を無下にすることは、僕は絶対にしないつもりだ。そう、言い返した。

 

「お前のことを正式に認めたわけではないが、会社としては社長の椅子を長い間開けておくわけにはいかない」


 少しの間、唸った後に親父の口から出た言葉が、信じきれなかった。いや、口調から、いかにも不本意であることが見え見えで、そっちの意思を汲み取ってしまったと言ったところか。

 だが、親父から、自分に社長の座を譲るという言質が取れたことは確かだ。


「親父……、いや、父さん。この会社の代表取締役社長の任命、確かに承りました」


 頭を下げると同時に、「まだ形だけだ」と冷たい言葉が降りかかった。別に、そこまで念を押されなくたって、分かっている。


「株主総会が近くなってきた。会社には保たなければいけない面子というものがある。それに、お前の意志の強い瞳を見て、少しだけ楽しみになったということもある」


 僕はむしろ、次期社長を正式に任命されたことよりも、親父が自分に期待をしてくれたということの方が驚きだった。呆気にとられるタイミングがおかしくないか、と詰られた。口調が、遠い昔――幼い僕をあやしていた頃のものと少しだけ似ている気がした。


     ***


 事務棟の玄関前で、待ち合わせていた邦山さんと合流した。研究棟が使えない今では、すっかり邦山さんの研究室が勤務場所になってしまっている。


「たまには僕が運転しましょうか」


 と社交辞令に言ってみたが、邦山さんは断固としてハンドルを譲らない。いつものように意気揚々とエンジンをかけて、控えめの音量でラジオを流す。自分の車を運転するのが好きで仕方がないという僕と同じ性分なのだ。助手席に座ったところでシートの間からぬっと茉莉が顔を出してきた。


「いーしぐろせんせーい♪ ご飯なーにがいいですかー♪」


 邦山さんの研究室で作業をするようになってから、茉莉とはしょっちゅう顔を合わすようになった。彼女はスマートフォンで地図アプリを起動して、付近のレストランの情報を入念に調べている。


「あ、エスニック料理とかどうですか? 最近、ここの近くにできたんですよ! パクチー盛り放題で凄く美味しいんですよ!」

「すまん、パクチーはクセが強くてあんまり――」

「うがー! ああ、せっかく石黒先生と一緒にいられる環境を手に入れたのに! どうしてこうもすれ違いばかり……」


 やっぱり茉莉はクセが強いから、そういう食材が好きなのか、とか思ったのは内緒の話だ。それから、イタリア料理のお店とか、フランス料理だとか、インドカレー屋だとかを勧められたが、どれも気乗りがしなかった。


「あ、あそこのファミレスなんてどうだ? パスタランチが七百円だぞ」

「あ、いいですね!」

「ちょっと、パスタって、さっきイタリアン断ったじゃないですか!?」


 どうにも気乗りしない理由が分かった。値段だ。


「二百円くらいの差じゃないですか」

「その二百円がデカいんだよ」


 などと茉莉と言い合いながら、駐車場に入った。バックで駐車をしている間、会話が止んで、代わりにラジオの音声が耳に入ってきた。

 都市伝説系のラジオで、いつも邦山さんが流している海外のヒット音楽を流す番組とはだいぶ毛色が違っていた。くだらない、と何となく聞き流していたけれど、邦山さんが駐車を終えて、エンジンを止めようとしたそのとき、どうにも気になる内容が流れてきた。

 まるで幽霊騒ぎのように語られているのだが、その幽霊がアンドロイドだったという話。この手の話は聞いたことがないわけではない。機械産業資源再利用法に則れば、サポート期間が満了した機械製品は残らず回収されなければならない。しかし、それは非常に困難で、行方の知れなくなってしまった機体も数多くある。そうした機体が、何らかの形で民衆の目に留まることはあり得ない話ではない。


 だが、数十体だとか数百体だとかが隊列を成しているのが目撃されたというのは、聞いたことがなかった。


“アンドロイドの百鬼夜行”


 と、ラジオのMCは興奮気味に語っていた。

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