やっぱり親父は敵だった!?

「聡、昨夜ザックと名乗るアンドロイドと交戦しただろ。そのことについて、共有しておきたいことがある」


 ごほん、と咳払いをして、亮介は神妙な顔つきになった。さっきまで回復した身体の様子を見せつけていたときとはまるで別人だ。


「これから言うことは、機械犯罪課が秘密にしてきた事実だ。口外は慎むように」


 ごくりと唾を飲み込む。


「ザックは人工思考デバイスKAIBAの開発段階において使用された実験体のひとつだ。人工思考デバイスに感情を植え付けるためにアンドロイドを使った事件がお行われたことは、AIC株式会社の人間ならだれでも知っていることだ。だが、その実態がアンドロイドに対する残虐非道な拷問だったということを知るのは少ない」


 確かに大学の学科でも、親父直々の研修でも人工思考デバイスを開発するために具体的にどんな実験がされたかまでは教えてくれなかった。僕が会社に入ったころにはとっくにKAIBAのマザーコンピュータは駆動していて、アンドロイドの思考データを集積していた。

 けど――僕はあのEVIL PROGRAMに触れた時、その実験の様子を幻覚として見せられた。あれはEVIL PROGRAMに刻まれたアンドロイドの苦しみの記憶だった。


「中でも最も残酷だったのが、軍事用思考デバイスの原型となったEVIL PROGRAMの開発実験。ザックはそれに使用された。聡が対峙したのは、EVIL PROGRAMそのものと言っていい」


 もともとザックの中にEVIL PROGRAMのデータが入っていたということか。あのとき、バグの言った通りだ。だからザックは人間に対する強い敵意を持っていたのか。


「聡、お前の父親の石黒隆一はその研究の主導者だった」


 それはそうだろう。人工思考デバイスKAIBAを完成させ、運用まで持ち込んだのは親父の最大の偉業だ。


「アンドロイドに特殊な回路を組み込み高圧電流を機体に流して、後負荷の計算処理を走らせた。当然機体は瞬く間に悲鳴を上げて、回路は焼け焦げた。だが、プロトタイプのKAIBAのソースコードだけは実験の中で更新され続け、アンドロイドが自分を守ろうとする思考とそれに準じる人間に対する敵意が蓄積された。この残虐極まりない実験にお前の父親は一切の躊躇すら見せず、嬉々として挑んだ。出資者であり、技術協力者でもある種島社長の反対も振り切って、だ」


 亮介の眉間に皺が寄る。表情が険しくなる。彼とは子供のときからの付き合いだが、ここまで怒りを露わにしたのを見たことはない。


「聡、俺の言いたいことが分かるか?」


 モニターの向こう側から鷹のように鋭い瞳で僕の眼を睨む。初めて亮介のことを怖い、と感じた。


「お前の父親は、アンドロイドに人間に対する敵意を刷り込ませた張本人だ。お前が人間とアンドロイドが手を取り合って生きていく未来を望むなら、必ず対立する」


 地を這うような低い声がスピーカーから響く。

 親父は敵。――確かに、親父は機械産業資源再利用法を作り、人間とアンドロイドの共存を阻んできた。本社研究棟でアンドロイドが暴走したときだとか、僕と意見の食い違いで敵対することは、いくつもあった。でも――


「亮介、僕は親父がそこまで悪い人間には思えない」


 亮介の眉間にまた一つ、深い皺が入った。


「どうしてそう思う?」


 どうしてそう思う、って自分の親を悪人と思いたくないのは当然の感情だろ。それに――


「親父は、僕を社長として認めてくれた」


 お前を社長として認める、と直接言われたわけではない。まだ、形だけだ、とも言われた。けど――


『それに、お前の意志の強い瞳を見て、少しだけ楽しみになったということもある』


 そう言った親父の顔は、優しかった。まだ幼かったころの僕をあやしていたときのように。

 それにEVIL PROGRAMに見せられたあの記憶の中で、アンドロイドの実験に臨む親父は、苦虫をかみ潰したような表情をしていた。とても、「嬉々として」などとは形容できない。

 それを亮介にも言ったが、聞く耳を持とうとしなかった。


「それはお前が見た幻覚の話だろ」


 事実だから何も反論できない。


「聡、そんな幻覚なんぞにうつつを抜かしているな場合ではないんだ。これ以上のアンドロイドの暴走が起きれば、人工思考デバイスKAIBAを用いたアンドロイドが人間の支配領域を超えてしまったという事実に皆が気付き始める。そうすれば、お前の父親が犯した罪が白日の下に晒される。その前に早急に行動せねばならない」


 亮介の口調には焦りが見える。だが僕は、彼が感じている焦りにどうにも共感できないでいた。


「行動とは……?」


 だから間の抜けた声で問い返してしまった。すると亮介は、それが腹立たしいと言わんばかりの鋭い目つきを僕に向けた。


「AIC株式会社の製品であるアンドロイドのリコールだ。今や全ての機体がバグのハッキングの標的といっても過言ではない。一機でも多く回収し、安全な場所に保管しろ。後れを取ればそれだけ、会社の信用も製品も失うことになるぞ」


 そうは言っても、全国で稼働しているアンドロイドの機体だけでも途方もない数の上、人間のコントロール下を外れて徘徊している機体まであるんだぞ。それに、収益を生む見込みのない仕事を、経営が傾くばかりの今の状態で増やすのは――

 と頭の中で考えたが、全て言い訳だと気づいてしまった。奴の居所も、ハッキング手段もつかめないまま、いつ暴走させられるか分からない機体を運用させ続けるのはリスクが大き過ぎる。ここは一度退くべきなのかもしれない。


「俺からは忠告はしたぞ。賢明な判断を頼む」


 そこで亮介からのビデオ通話は終了した。

 その瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。いや、もとより、昨夜の死闘のせいで疲れ果てていただけか。

 椅子から崩れ落ちそうになるところを、邦山さんに支えられる。


「大丈夫か」

「ありがとうございます……、邦山さん。やっぱり、ここまで深刻になっていたって今更気づいてしまって、ちょっとショック受けてしまって」


 せっかく人間と一緒に歩んできたアンドロイドたちを、強制的にリコールすることも悲しい。意見が合わずぶつかってばかりいるとはいえ、親父のことをあそこまで言われることも悲しい、と少し弱音を吐いた。


「聡、利根川君の様子に何か違和感は感じなかったのか?」


 邦山さんに言われて、もう一度さっきのビデオ通話での彼の様子を振り返る。違和感がなかったかといえば、嘘になる。亮介とは何度か喋ったことがある程度の邦山さんが違和感を感じたのだから、もっと昔からの付き合いの僕が感じていないはずがない。

 亮介が親父に対して、露骨な敵意を見せたことも。

 それを押し通すために、僕の意見を尽く否定したことも、何もかもが初めてのことだった。


「あれは……、僕の知らない亮介だった」

 

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