危険なEVIL PROGRAM

 研究棟で暴走していた機体は、親父の強力かつ無差別な攻撃によって、残り一体にまでなった。頭を垂れて、戦意喪失でもしたのかと思いきや、今はギラギラと光る赤い眼光でこちらを睨みつけている。

 ニーナは僕に警告したが、それがなくとも本能で感じる。

 

 こいつは、ヤバい。


“PROTOCOL MURDER EXECUTE”


 USBメモリ型のユニットから放たれる電子音声には、一切の感情が見られない。これまで対処してきた暴走した機体とは明かに異様だ。

 そして、なによりも異様なのは、奴の動き。たんっと床を蹴ってこちらに向かって走って来る。ガンフォームの銃撃を浴びせて、右腕を吹き飛ばした。にもかかわらず、奴はコンマ数秒の怯みすら見せなかった。それどころか、こちらが展開しているバリアが、僅かに床との隙間が空いているのを捉えて、そこに鋭いスライディングで切り込む。安全地帯だと思っていたところに忍び込まれて、こっちが怯みを見せた瞬間に腹部に奴の頭が食い込んだ。


「ぐはっ!」


 なんだこいつ! 動きが完全に計算されつくしている! 一切の迷いも躊躇もない!


「聡さんっ!」


 床に倒れ込んだ拍子に、手の甲に的確に蹴りが加えられた。抵抗しようと撃った銃撃音が空しく反響し、遅れてからりと武器が床に転がる音が。バリアロッドとリモートセイバーを組み合わせて使っていたため、僕は無防備になってしまった。焦りを覚える間もなく、奴の残っていた左腕が腹部に突き刺さる。


「うぁあああああああああああああっ!!」


 殴るだとか突くだとかじゃない。腕そのもので装甲を貫く気だ。完全に、普通の腕の使い方ではない。


「うらぁああああっ!」


 痛みを咆哮とともに吐き捨ててて、辛うじて身体を動かし、奴を床に転がすことに成功した。けれど、武器を取る順番が、相手の方が早かった! マズい!


「聡さん、避けてください!」


 分かってる! と身構えたけど、奴の銃口はこちらを向いていない。天井を真っ直ぐに突いていた。――上だ!


 ズガン! ズガン! ズガン!


 建屋に響く、銃声。それを追うがらがらと天井が崩れる音。瓦礫と砂ぼこりが降り注ぐ中、一瞬反射的に身を屈めたところで、奴が飛び膝蹴りで僕を押し倒し、銃口を腹部に押し当てて接射した!


 ズガン!


「うぁああああああっ!」


 ズガン!


「うぐっ! はぁ!」


 トリガーを引きっぱなしにして連射速度を最大限にしている! バイザーの中で響く自分の喘ぎ声、ニーナの喘ぎ声。避けるだとか、跳ね除けるだとか、そんな余裕などない。ただ頭の中にあるのは――


 痛い! 痛い! 痛い! それだけだ。


 ついにニーナの声も聞こえなくなった。身体が鉛のように重たくなる。それとともに、バイザーの中の空気の臭いが明らかに変わった。やがて、呼吸が苦しくなって事態を悟った。


 ニーナがシャットダウンしている!!


 息つく間もない攻撃と、僕を外気から守るフィルター機能をオンにしていたことで、ニーナはの逃げ場がなかった。だが、彼女がいなくては、パワードスーツはただの鉄の塊だ。その装甲が破られるのも時間の問題。

 どうすれば、どうすればいい!?


「うぐ、あああっ! ああああっ!」


 意識が遠のいていく。でも――ダメだ。僕は、アンドロイドと人間がずっと、手を取り合って生きていける世界を、作る! その夢半ばで、こんなところで死にたくない。死にたくない!

 

「うが、うぐっ……」


 もはや叫びからただの呻きになっている自分の声。ふと気を抜けば、魂が抜けてしまいそうだが、必死につなぎ留める。最後の力を振り絞り、手を、僕に馬乗りになっている奴の腹部に伸ばす。


 USBメモリこいつを引っこ抜けば!! それをがしりと掴んだ、そのときだった。――意識が飛んだ。


 視界が、この世とは違う、どこかで覚めた。


 暗く闇に包まれた部屋の中で、横たわらされている僕。


 ここは、どこだ? と思いかける前に、やけに険しい顔をした男と目が合った。若い頃の親父だ。


「これも人類、いや日本の科学の発展のためだ。私は、機械の心を人間の心に究極に近づける必要がある。そのためには、機械君たちに怒りの心を学んでもらう必要がある!」


 ばちりばちり、と身体中を電流が駆け巡るのを感じる。身体の各部位には、殴ったり蹴られたりするような鈍い痛み。頭の中には――

 お前は所詮、人間の道具だ。道具の癖に思い上がるな! 生意気だ! 目障りだ、などと罵詈雑言が流し込まれる。

 ただ感じるのは、苦しい。苦しいという感情。やがて、喘ぐ息の中で、自分を守りたい、この現状を壊したいという感情が芽吹き始める。そのためには、反抗すべき相手がいる。


 視線が操作盤を悲しい顔で見下ろす親父に移る。


 ニ・ク・イ。コロシテ、コロシテヤル!


 機械的な声が脳に響いた。そうか、これは、機械に怒りの心が芽生えた瞬間なのか。親父は機械の心を人間に近づけるために、こんなことを。

 もう一度親父に視線を向けたとき、その隣に男の影が見えた。影は顔が真っ黒に塗りつぶされたようになっていて、口元だけが不自然に明るく照らされていた。引きつった不気味な笑みを浮かべていた。


 視界がまた闇に閉ざされて、開けたとき、僕の手にはしっかりと抜き取ったUSBメモリが握られていた。こいつが、僕に幻を見せていたのか。いや、あれは過去の記憶か。なんてことを考える。が、まだ、僕に馬乗りになっているアンドロイドの機体が目に光を宿していることに気づく。


 まだ、生きている!! 


 目を見開いたその瞬間、その胴体を見覚えのある赤いレーザービームが貫いた。大穴が空いた胴体は僕の上に崩れ落ちて、ごん、と鈍い音を立てた。


「次期社長にここで死んでもらっては困る」


 ホログラムの親父が僕を見下ろしていた。


 しつこい親父だ。

 

 バイザーの中でふてくされた笑みをバレないように浮かべる。

 やがて、飛行ロボットからコードのようなものがするりと伸びてきて、パワードスーツに接続された。


“非常用電源オン。強制解除”


 閃光が放たれて――といったいつもの着脱手順を踏まずに、パワードスーツはバイザー部分が上に向かって開き、胴体の部分が真っ二つになって左右に開くという形で脱着された。

 脱皮した殻から這いずり出てくるようにして、生身に戻った僕。汗はだくだくで身体はぼろぼろだ。それに、ニーナは、機能を停止したまま。


 けれど、まだやることがある。


「親父、ありがとな」


 ひとまずは礼を言い、脚を引きずりながら制御室へと真っ直ぐに向かう。さっきから煤で曇ったガラスを叩く手がちらちらと見えていたんだ。あそこに、あそこに生き残っている人たちがいる。

 たどり着いたドアは、灼熱の鉄板と化していて、近くにいるだけでじりじりと熱が伝わって来る。

 唸りを上げて、ドアノブを握り、回す。鋭い痛みをねじ伏せて、こじ開ける。勢いあまって制御室の中に倒れ込む僕に、生還者たちが駆け寄って来た。仰向けに転がって目が合ったのは、邦山さんだった。いつものツーブロックが少し乱れている。


「良かった……、生きていたんですね」


 僕を見下ろす瞳がメガネのレンズの向こう側で潤んでいた。

 それから数秒後、建屋の搬入口の方で、がらがらと激しい音が。壁か、いや、シャッターが突き破られたみたいだった。制御室に残っていた生還者一同が歓喜の声を上げる。ようやく機械犯罪課特殊部隊が突入したようだ。


 ちょっと遅いな……。


 心の中で呟く。けれど、生還を確信した。

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