灼熱、業火の中の戦い!!

 社長室のある事務棟の二十七階から研究棟の屋上へと飛び降りた。

 この数日の間、開発チームのエンジニアたちには、化学工場から回収された機体の解析作業にあたってもらっていた。が、ハッキングや暴走の手がかり掴めないまま、また暴走するとは……。

 研究棟は所々から煙が立ち昇っている。中で火の手が上がっているらしい。

 屋上のドアが開いて、中から従業員が二人出て来た。膝はがくがくと震えており、息も荒い。命からがら逃げてきたのだろう。社服から種島重機化学工業から出向社員ということが分かる。


「化学工場から回収された機体のうち、電源部ヒューズが焼けていない機体、数にして十三体が暴走しています。資材に火をつけてまわっていて、中は地獄です!」


 機械犯罪課にはすでに連絡済みであり、隊員が駆け付け次第、研究棟に突入し救出作業を開始してくれる。しかし、それを待っている理由などない!

 二人にはこの場所で隊員の到着を待つよう連絡し、建屋の中に潜入する。屋上へと続く階段は、既に煙が充満しており、白く霞んでいる。

 ――焦げ臭い。と思ったのも一瞬で、バイザーの中は新鮮な空気に入れ替わった。


「対火災用フィルター機能をオンにしました。さらに、超音波レーダーを機能させます」


 ほとんど真っ白けの視界だったのが、青白い光のドットで壁や天井、床が表示されるようになった。


「普段の視界からは格段に劣りますが、歩行には十分な情報を確保できているといいのですが……」


 充分だ、ありがとう。とバイザーの中で返事をして、階段を駆け下りる。が、視界に青白いドットで描かれた人間が浮かび上がる。


「聡さん、敵です!」


 不意を突かれて、階段に倒れ込み、そのままずるずると踊り場まで滑り落ちる。そこで相手は、跳び上がり拳を振り下ろす。間一髪でかわして、相手が怯んだ隙に胴体に蹴りを入れつつ体勢を立て直す。


「すみません、報告が遅れたせいで相手に先手を取られました。敵と認識した個体を赤いドットで示すように調整します」


 赤いドットで描かれた奴の掌が何かを掴んでいる。長さ一・五メートルほどの棒。おそらくは近くの配管部品を捥ぎ取ったものだろう。それを突き出してきたところを、がっしりと掴んでそのまま走り込み、奴を壁に押さえつける。が、長物を持った相手が有利なのは覆せず、てこの原理を利用して押し倒される。踊り場の際から足を踏み外し、階下へと転げ落ちる。

 

「ってて……」


 すかさず相手はアンドロイド機体の標準装備である護身用小銃で射撃してきた。装甲の上からだと威力は豆鉄砲程度とはいえ、人を守るための機能で攻撃されるのは複雑な気分だ。


「種島社長の要請があったにしろ、武装したのは間違いだったかな」

「どうでしょう? 私はそのおかげで聡さんの力になることができています」


 それはそうだ。けれど、アンドロイド全ての機体に警備目的で武装させた結果、それが悪用されているのは事実だ。

 心の中で吐き捨てながら、バリアロッドを起動させた。暴走した機体は、電源ヒューズが切られていない。バグが遠隔操作できる隙があったわけだ。


「確実に強制シャットダウンしてやる!」


 小銃の射撃をバリアで受け止めながら、バリアの壁を纏って体当たりをぶちかまし、胴体にバリアロッドを突き立てる。そのままグリップを捻り、大電流を機体に流し込む。奴は崩れ落ちた。シャットダウン完了だ。


「これでヒューズは焼き切った。ヒューズを交換しない限り、再起動できない」


 残る機体も全てヒューズを焼き切ってしまおう。ソースコードは外部電源さえ繋げば、解析できるからな。


「聡さん、冷静になってください。気が立つのは分かります」


 僕の息が荒立っているのが、戦闘による疲れだけではないと悟ったらしい。


「アンドロイドの武装は、標準装備なので使い手を選ぶことができません。それを誰かを傷つけるために使うか。誰かを守るために使うか」

「僕は、人間を襲うアンドロイドを作った覚えはない!」

「聡さん……」


 少し言葉が強かったかもしれない。けれど、嘘は言っていない。僕の本心だ。――だから、ニーナが黙りこくっていても何も声をかけられなかった。

 足早に階段を駆け下り、一階までたどり着く。階段下に置いていた資材が燃え盛っていた。熱い。パワードスーツの中でじっとりと汗をかき、衣服が湿っていく。


 通常の火事ならば、防火シャッターが下りているはずなのに、下りていない。どうやら暴走したアンドロイドが防災システムを落としている模様。暴走しているくせに、知恵は立つというのが、いかにもあいつが操っているなという印象で腹立たしい。

 ラボの中は業火に包まれていて、まさに阿鼻叫喚だった。資材の燃えた熱のせいで、引火点の高い潤滑油さえも燃料と化している。スプリンクラーも作動せずに燃え放題というわけか。まだ中にいるはずの邦山さんの安否が危ぶまれる。


 階段は煙突状態で視界がひどく悪かったが、開けた空間に出たおかげで幾分かはよく見えるようになっている。燃え盛る炎を踏みしめながら、アンドロイドたちが闊歩している。生産設備の影から出方を伺いつつ、歩みを進める。

 相変わらず、ニーナの声がない。

 相手が背後から迫っているのか――と頻りに振り返ってしまう。僕は知らず知らずのうちにニーナに背中を預けていたのか。注意が散漫していたせいで、足元の一斗缶を蹴ってしまう。


 ごん――と音が建屋の中に反響した。

 まずい! 気づかれた! と心の中で呟いた瞬間に背中を襲う激しい衝撃。投げつけられた消火器とともに床に転がる。立ち上がるも、既に前後と右を固められていた。残る左側は壁だ。バリアロッドは一方向にしかカバーできない。複数の方向からの同時攻撃には不利だ。

 だが、相手の武装では所詮、装甲を破れないはず。まずはバリアを展開させながら、壁を蹴って右側を固めていた機体に向かって突撃。前後を固めていた二体は、僕の背後に回る形になった。背後から来る銃撃を、ぐるりと転がりながら避ける。


「聡さん! バトルロッドとリモートセイバーを組み合わせてください! 強力な電磁砲を放つガンフォームに切り替えられます!」


 ここでようやくニーナのアナウンスが入った。


「もう、声が聞こえないかと思ったよ」


 バリアロッドのグリップ側面にリモートセイバーのプラズマの刃が出る部分を繋ぎ、ライフル型の武器を完成させる。


「私は聡さんをお守りするのが使命ですから」

「さっきは悪かった。そうだよな、もう事実は変えられないもんな。それに、ニーナは少なくとも僕を守ることができるということに幸せを感じている。――だったら、僕もそれに応えるしかない」


 リモートセイバーの刃を出すためのスイッチが今は、銃の引き金というわけだ。

 放たれた青白いエネルギー弾は、着弾するや否や機体にばちばちと電流を発生させる。まずは一体、シャットダウン完了したが、まだ後二体――じゃない、壁を蹴って建屋の中心部に入ったおかげでこちらに気づいた機体が数を増している。


 くそう! と吐き捨てたその瞬間、銃撃の雨が容赦なく浴びせられた。バリアロッドのグリップ部分を捻る。これでバリアを展開させながら射撃が行える。


「うぉおおおおおお!!」


 豆鉄砲とはいえ、四方八方から射撃されれば、装甲にダメージが入る。背中に感じる激しい痛みを咆哮で押し殺しながら、一体、二体――と前方の敵だけでも片づけていく。

 そして、踵を返し、後方の射撃に移ろうとした。


「聡さん、危ないです! 逃げてください!」


 足元で燃え盛る炎に向かって、ガスボンベが転がされていたのだ。ニーナの叫びで何とか察知できた。爆発する前で、跳躍するも爆風で吹き飛ばされた身体が敵アンドロイドのうちの一体の足元に運悪く転がっていく。 


「うがっ」


 鋭いを蹴りを入れられて、首根っこを掴まれて持ち上げられた。


「聡さんっ!」


 敵アンドロイドが小銃を左胸に突きつける。接射の威力は装甲を貫通するだろう。もはや万事休すか、と思いかけたそのとき。

 真っ赤なレーザービームが敵アンドロイドの胸を貫いた。レーザービームの先端は僕の足元から数十センチ離れた個所を焦がしている。


「次期社長に手を出してもらっちゃ困るなあ」


 親父の声……。なぜ、親父がここにいる!?


「親父っ! シークレットルームのセキュリティをどうやって突破した!?」


 僕があの部屋を出た後、確かに中に親父のコピーロボットは取り残されていたはずなのに。


「笑止。私が私の部屋から出られないわけがないだろう? 一度起動させたら最後だ、私は止まらない」


 ホログラムの親父が手を翳す。すると、その頭上を飛行しているロボットから再び赤いレーザービームが放たれて、一体、また一体とアンドロイドの身体を貫いていく。


「待ってくれ、暴走しているとはいえ、まだ解析が終わっていない我が社の製品だ!」


 掴みかかろうとするも、ホログラムなのですり抜けられる。バランスを崩してよろめいた僕を親父は嘲笑した。


「自分の命を狙った不良品をかばうのか。やはりお前は甘ちゃんだ。言っただろう? 機械が思考回路を持つまでに至った文明は、廃棄する必要があると」


 ならば――と頭上を飛行するロボットめがけて跳躍し、掴みかかる。


「何をする!?」

「本気で、言っているのか!? 本気でアンドロイドを全て廃棄する気でいるのか!?」

「私の邪魔を、するなぁああああっ!」


 ロボットが電気ショックを放ち、僕の手を跳ね除けた。乱れていたホログラムの映像も戻り、憤怒した親父が僕を見下ろしている。


「お前は、事の重大さを理解していない!」


 ホログラムの映像から唾が飛びかかるかと思うほどの気迫で怒鳴りつけた後、親父はあろうことか、解剖台に寝かされている暴走していない機体まで破壊し始めた。


「親父、やめてくれ! 機体を解析すれば何か分かるかも知れないんだ!」

「お前の努力は徒労に終わる!」


 僕を睨みつける親父。数秒の間、睨み合いが続いた。戦いの最中に訪れた奇妙な静寂だった。


“EVIL PROGRAM”


 突如として電子音性が静寂を打ち破る。ホログラムの親父の顔色が青くなった。


「まさか、あれは……。馬鹿な。あのプログラムは歴史から抹消したはず!」


 うな垂れて立ち尽くしていたアンドロイドが一個体。電子音性はそれが持っていたUSBメモリを模したユニットから放たれていた。

 腹部のバックル型のユニットにUSBメモリが挿し込まれる。


“INSTALL”


 アンドロイドの首がしゃんと伸び、目がぎらりと赤く発光した。


“COMPLETE”


「親父、あれはいったい、なんだ!?」

「お前は知らなくていい。あれは私たちの研究の負の遺産だ。抹消せねばならない!」


 飛行ロボットから放たれる赤いレーザービーム。それがアンドロイドの身体を貫くことはなかった。目にもとまらぬ速さでその機体は、飛行ロボットを跳躍して掴み取り、床に叩きつけた。ホログラムの映像は途切れ、親父の声も無くなった。


 感じる。こいつは、今までの敵とは違う。明らかに――


「聡さん、あの機体から凄まじい殺意を感じます。気を付けてください」


 ヤバい。

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