親・父・復・活
これを読むころには私はもうこの世にいないだろう。
なんてテンプレートな書き出しで始まっているかと思いきや、封筒を開けるとカモフラージュの紙に一枚のカードキーが包まれてあるだけだった。
「これが……、遺言状……?」
掌の力が抜けて、封筒と中の紙を落としてしまった。誰もいなくなった社長室のど真ん中で深呼吸で精神統一をしてまで開けたのに、拍子抜けだ。
「あれ……?」
床に落とした衝撃で、紙とカードキーをくっつけていた接着が取れてしまった。かなり雑な貼り付け方をしていたのか。そして、カード一枚で隠せるくらいの短文がそこに綴られていた。
“息子よ。これを社長室のカードキーリーダーに使え。私自身が遺言状だ”
私自身が遺言状。とんでもないパワーワードだが、言わんとしていることは分かる。親父は自分のバックアップデータをして僕に遺志を伝える気でいる。動画や音声の遺言状も当たり前になってきたが、ついには人格データがそうなったか。
スーツケースを引っ張って、いったん社長室の外に出る。社長室の扉は楠が打ち付けられていて、木の温もりを感じさせるが、カードキー認証システムと人感センサーはきっちりと搭載されてある。
リーダーの読み込み部にカードキーを挿し込む。
“ファースト認証完了。セカンド、生体認証に移ります”
機械音声が鳴り、リーダの下部が開いてタッチパッドが現れた。
“静脈認証を行います。右手の掌を翳してください”
右手に続き、左手の静脈認証まで求められた。かなり厳重なセキュリティだ。
“セカンド認証完了。あなたは、石黒隆一様の息子。石黒聡様ですね。あなたをシークレットルームへご案内します。扉が開きましたら、十秒以内に中に入ってください。十秒後、ドアは自動的に閉まり、認証は最初からやり直しとなります。なお、中に入ることができるのは人間ひとりだけです”
「聡さん、私は中に入って良いのでしょうか」
「大丈夫だろ。スーツケースは荷物だし」
「今、私のこと荷物と言いましたか」
「いや、そういう意味じゃないから」
なんて言い争いをしている間に十、九、八……なんてカウントダウンが進行している。
「とにかく中に入るぞ」
社長室のドアの奥には、全く見覚えのない景色が広がっていた。床の大理石のタイルは白と黒のチェス盤を模したものではなく、黒一色に。シャンデリアがつけられていた天井には、今は青白い光を放つLED照明が。それも照明能力が弱く、部屋の中は薄暗く不気味だ。
部屋が丸ごと、入れ替わっている――
呆然と立ち尽くしている間に、三、二……とカウントダウンが終わってしまう。慌てて中に入った。間一髪でスーツケースがドアに挟まってしまうところだった。
室内灯が点いて部屋の内装が露わになった。壁も床も黒一色で、中央に台座が置いてあるだけの簡素な部屋。
カツン、カツン――と僕の固い足音が反響する。台座には、小型の球形の機械が置いてある。球面には電源スイッチが。見たところ、小型ロボットか……?
「聡さん、もしかしてこれが石黒隆一様の分身なのでは?」
「えっ!?」
ニーナが言った言葉にまさか――と思いかけたが、ここに来た経緯を踏むと、そうとしか考えられない。意を決して、そのスイッチを押し込む。青白いLEDライトのリング照明。既視感のある演出だ。球体の左右からプロペラを搭載した羽が飛び出して、球体は空中へと舞い上がった。
そして、底に取り付けられたレンズから、空間投影により、中年の男性の姿を映し出す。
「お父……さん……?」
紛れもなく、僕の父親。石黒隆一の姿だ。ただ、若いころの姿だ。僕がまだ子供のときの親父。おそらく四十代手前ぐらいの姿ではないだろうか。
「久しぶりだな、息子よ」
ホログラムの親父がにっこりと笑う。親父の柔らかい笑顔を見るなんて、随分と久しいように感じる。なにせ、口論ばかりしていたからな。
「大きくなったな。とはいっても、私はお前を見下ろしているが。視覚認証は、このホログラムを投影している飛行ユニットが行っているからな。随分と妙な感覚だ。このホログラムはお前に表情や身振り手振りを見せるだけのダミーに過ぎない」
苦笑いをしながら、ホログラムの腕を僕の胴体に貫通させる。無論、腕は身体に触れることができず、歪に曲がった腕が僕の服に投影されているだけだ。
「さて、私が起動したということは。まずはお前に(故)石黒隆一の意志を伝えなければならない。次期AIC株式会社の社長は――」
ごくり、と唾を飲み込む。いよいよだ。
「今のお前では相応しくない」
え……。思わず、口がぽかんと開いてしまった。
なぜ……? 親父は、あんなに僕に社長の座を継がせることに躍起になっていたはずなのに!
「どうして!?」
「私は、石黒隆一の心情データを死の直前までダウンロードしている。それに私の使命は石黒隆一の遺志を完遂させること。だが、そのやり方は、私次第。誰にも邪魔はさせない。――お前は、みんなが大切にしているアンドロイドと一緒にいつまでも暮らせる世界を作ると言った」
なぜ、僕の決意をまだ言ってもいないのに、知っているんだ?
「当惑しているな。お前の全ての行動は監視されている。石黒隆一が死ぬまでは、彼の頭部に埋め込まれたマイクロチップと同期し、今は、ニーナのデータとも同期している」
ぞわり、と背中を虫が這った。
「ニーナ、知っていたか?」
「いいえ、おそらく私自身に、それを認識しないようにプログラムが組み込まれていたものかと」
「そう。機械が持つ思考回路は、人間がプログラムをすることでコントロールできる。そうやって、機械の心をわざと不完全にすることで、人類への脅威となる未来を避けてきた。だが、それが機能しなくなり、バグという望まれざる存在が生まれた。人間が構築したシステムが、支配領域を超えたのだ。こうなっては現存するアンドロイドたちは、不良品と呼ばざるを得ない」
現存するアンドロイド、全てが不良品だと?
だったら不良品とみなされた機体は、どうなるんだ!? 怒りに任せてはなった言葉をホログラムの親父は叩き落した。
「当然だ。全て、廃棄する。機械が思考回路を持つまでに至った文明もろとも。――さもなくば、人類は滅亡する。自らが生み出した文明によって」
「解析中のアンドロイドたちの一部がが突然再起動し、暴走しています! 社内にまだ残っている方は、急いで避難してください!」
化学工場から回収したアンドロイドたちが暴れだした、とのこと。
「これから身をもって知ることになる。お前が描く理想は、未来永劫叶うことのない甘い幻想だ」
ホログラムの親父は、不敵に笑う。僕を社長に相応しくないと言っておきながら、社員の命の危機を僕を嘲笑うために利用した! ――それが、とんでもなく腹が立った。
「なんで……、笑っているんだ!! 社員の心配が何よりも先じゃないのか!? ニーナ、助けに行くぞ!」
「はい!!」
言い返したところで、相手は一向に動じない。説得しているヒマなど今はない。
ニーナをパワードスーツに変形させて、身に纏う。閃光が止んだところで、目を細めて険しい顔をする親父とバイザー越しに目が合った。睨みつけてやる。
「親父、僕は証明してみせる! 人間とアンドロイドは、機械は、手を取り合って生きていける。僕とニーナが、そうであるように」
「眩しい奴だ」
そう吐き捨てた親父に背を向け、僕は走る。
――作業室では、邦山さんを筆頭に解析チームのメンバーの他、数十人の整備士たちが作業にあたっていたはずだ。
邦山さん……、みんな、今すぐ助けに行く!
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