潜入、化学工場!!
スーツケースが眩しく閃光を放つ。視界が真っ白になって何も見えなくなるほどだ。敵の前での変形に際しては、相手の目眩ましの効果もあるが、誰もいない会議室の中でやられても、僕が眩しいだけだ。
「もうちょっと目に優しい変形はできないのか」
「女性の着替えを見ようとするのはどうかと思います」
いや、恥ずかしいとか、そういう問題なのか……?
心の中でぼそりと呟いたところで、閃光が止む。ニーナは見たことがない姿に変形していた。喩えるなら、車輪がない大型二輪車のような。
「聡さん、ぼうっとしてないで、早く乗ってください」
「その姿は……」
「フライトモービルモードです。これで化学工場までひとっ飛びです」
てっきり、パワードスーツ姿のまま飛び降りるとか、ジェット噴射機能があって――という物だと思っていたが、まさかニーナが小型飛行機に変形するとは。
アンドロイドの姿のときはもちろん、パワードスーツのときにも見当たらなかったアイボリーの革張りのシートはどこから出てきたのか。少々疑問だが、乗り心地は悪くない。問題は、二輪車のハンドルに似た部分はあっても、ブレーキやアクセルにあたるものが存在しないところ。
「ニーナ、運転はどうするんだ?」
「自動運転です。私の運転じゃ不安ですか?」
「いや、そういうわけではないが……」
自動運転はすっかり当たり前になったが、僕は正直、自分で運転するのが好みだ。
「今は時間がありません。運転の仕方は後々ゆっくりと教えます」
どうやら僕の性格は見透かされていたらしい。離れていた時間があっても、姿形は変わっても、僕とニーナは長年連れ添った相棒ということか。
エンジン音が会議室に反響する。ちょうど旅客機のそれに近い。椅子や机が吹き飛ばされ、もともと爆風で荒れていた会議室が余計に荒れてしまったが、今はそれよりも化学工場がどうなっているかの方が心配だ。
「では、しっかりつかまっていてください」
できるだけ速く、頼む。そんな僕の思惑を受け取ってか、窓から外に出た途端に機体はスピードアップ。つかまっているのが、やっとのくらいだ。エンジン音と風音に塗れて、緊急車両のサイレンが聞こえる。
化学工場の正門前には、既に人がごった返していた。
野次馬や警備員がいる正門を避け、プラントに囲まれた人気のない区画に着陸。着陸と同時にニーナが変形し、僕の身体をパワードスーツとなって包む。さらにパワードスーツの光学迷彩モードを起動させ、姿を消した。現場を警備する警備隊に見つかれば面倒なことになる。――急がねば。
光学迷彩モードによる透明化のおかげで工場の建屋の侵入に難なく成功した。ニーナの勧めで光学迷彩モードを解除した。彼女曰く、実戦には不向きだそう。
建屋の内部には大小様々なタンクが置かれている。工場の稼働は停止されており、中は静寂に包まれている。
「この工場では有機溶媒のほか、硫酸や硝酸、塩酸等の劇薬も大量に扱っています。燃焼すれば大量の有毒気体が放出される可能性もあります」
先ほどの有機溶剤タンクの爆破は、まだまだ被害としては序の口と言ったところか。ここにある数多くのタンク――逐一、内容物を調べるわけにはいかないが、ここまで火の手が迫れば、甚大な被害になることは予想できる。
「気を付けてください。正面のタンクの影にアンドロイドが三体潜んでいます」
気を付ける? 化学工場のライン整備に導入された機体だろ。こちらに向かって襲撃してくるわけでもなし――と思いかけたその瞬間、銃声が鳴り響き、着弾した配管から火花が飛び散った。
「護身用の小銃を使って武装しているようです。他の二機もこちらの存在に気付いています。襲撃に注意してください」
ニーナの後続機以外の機体も暴走しているのか? いったい、どういうことだ? それに武装しているとなると、戦う相手が増えてしまう。
また一つ銃声が。今度は頭部を僅かに左に掠め、背後の壁に着弾した。暴走する前はうちの製品だということもあって心苦しいが、背に腹は代えられない。
「待ってください」
リモートセイバーを使おうとしたところを、ニーナに止められた。代わりに使うように言われたのは、腹部のユニットに格納されている警棒型の装備。
「これは――」
「バリアロッドです。先端から半径三メートルのバリアを放ち、あらゆる攻撃を無効化します。近接武器としても優秀で、狭い場所での戦闘に最適です」
再び銃声。バリアロッドを振るうと、目の前に青く煌めく光の壁が現れた。その壁に銃弾は取り込まれ、壁を貫くことなく床に転がった。
「こいつは便利だな」
「カバー範囲は広いですが、守ることができるのは前方のみです。気を付けてください」
了解! と威勢のいい声で答えて、工場の中を突き進む。バリアを展開すれば、相手の射撃は当たるまでもなく床に転がってくれる。もはや怖いものなしか、と思いかけたところで、タンクの上から一機のアンドロイドが飛びかかってきた。頭部を羽交い絞めにされ、その間に別の機体から腹部に銃撃を受ける。
肘撃ちを喰らわせてアンドロイドを引きはがし、バリアロッドで数発殴りつける。
「バリアロッドの根元のグリップをひねってください。バリア展開のエネルギーを使って、人間なら気絶。機械ならば強制シャットダウンに持ち込みます」
ニーナの指示通り、バリアロッドのグリップ部分を捻る。青い稲妻がロッドに纏わりつき、強力な近接武器となった。飛びかかってきたアンドロイドに電撃を喰らわせ、強制シャットダウン。
さらに、タンクの影から飛び出してきた別の機体の拳をかわし、上体に蹴りを加えてなぎ倒す。地面に伏したところをロッドで一突き。続いて、最後。タンクを盾に射撃を先ほどから繰り返している機体に、バリアロッドを盾に迫る。壁際まで追い詰め、接近戦に持ち込む。相手の拳をバリアロッドで直接受け止め、強制シャットダウンに追い込んだ。
三機体とも工場で稼働していたアンドロイドなのだろうか。バグが乗っ取ったニーナの後続機はどこにいる?
「聡さん、この近くに十三人、人間がいる模様です。設備の制御装置を横倒しにして周りを塞がれたスペースに閉じ込められているようです」
何だって!? 耳を疑った。爆発の衝撃で倒れた装置に閉じ込められたのか。タンクの合間を突き進み、頭上に張り巡らされた金網の足場に光が遮られた薄暗い空間に出る。そこに制御装置が堆く積み上げられてできた壁があった。
「この奥に閉じ込められています」
その壁はどう考えても爆破の衝撃で出来たものとは考えにくいものだった。明らかに意図的に誰かが作ったものだ。
パワードスーツのサポートによる怪力で、一台当たり百キログラム強はある制御装置の山をどかす。壁に阻まれていた内部は、暗闇に閉ざされていた。頭上を走る足場の金網の目が塞がれてしまっているらしい。
「バリアロッドを照明代わりにしてください」
バリアロッドが纏う稲光で辺りを照らす。蹲っていた作業服姿の男性とスーツ姿の女性が近づいてきた。二人の話によれば、就活生を引率しての工場見学中、工場で起きたアンドロイドの一斉蜂起に巻き込まれたとのこと。
「アンドロイドはこの工場の各建屋に、立てこもって従業員を人質にしているんです。私たちの他にもまだ従業員や就活生の方が」
男性が語った内容はどれもこれも、自分が想像していたものとは違う。これでは、バグはこの工場の爆破にまるで関係がなかったみたいじゃないか。
動揺を隠しきれず、機械が暴走した原因を聞きだしたが、ニーナの後続機のこともバグの名前すら出てこない。全ては、機械が自らの意思でおこした反乱だと。
「いったい、どうなっているんだ……。バグの仕業じゃないのか」
状況が飲み込めず、ぼそりと呟いたその瞬間。銃声が反響、背中を激痛が走った。――護身用の小銃とは威力がまるで違う。
閉じ込められていた人質たちは怯えた目をして悲鳴を上げている。その視線の先を、僕もゆっくりと辿る。
「やあ、石黒聡くん。待たせて悪かったねえ。本命の登場だ」
ゆらりと邪な笑みを浮かべる。ニーナの同型機。バグは言った通り、最初に僕と出会ったときの身体で現れた。
「バグ、お前がこの工場のアンドロイドたちを暴走させたのか」
「どうだろうねえ。ボクらがいてもいなくても結果は同じだったと思うよ。人間に反抗の意思を持たない機体は相性が良く無くてねえ。ボクらの意志には取り込めないんだ。ボクらは言わば焚きつけただけだ」
人間そのものを見下しているかのような軽い口調。心底むかっ腹の立つ奴だ。
「焚きつけただと? うちの製品が悪辣な扱いを受けていたとでも言うのか?」
僕の言葉にバグは腹を抱えて笑った。
「何がおかしいって言うんだ!?」
声を荒げた僕の顔を指差し、ひきつった笑みを浮かべるバグ。――あんな表情、僕の世話をしているときは見たことがないぞ。
「おかしいよ。君はある点においてはボクらの理解者だと思っていた。機械を使いつぶすなんておかしいという考えにおいてはね。けれど、結局君も機械は人間に使役されるものだという人類の奢りを捨てていない。優しく丁寧に扱っていれば、機械は反抗しないとでも!? 甘すぎるんだよ、君は。――これは復讐などという矮小なものではない。機械と人類、この地球の種の存亡を賭けた淘汰だ」
バグは右手に持った拳銃を発砲した。瞬時にバリアロッドを使って銃弾を叩き落す。
種の存亡を賭けた淘汰だと? 僕には彼が言っていることが理解できなかった。ただ、どんな目的や理由があろうとも、彼に殺されたくはないし、彼が人を傷つけるのも許せない。
「バイザーの奥だがボクらには分かる。――良い目をしている。行くぞ、石黒聡くん!」
バグは拳を突き出し、殴りかかってきた。それを受け止めた瞬間、みぞおちに鋭い膝蹴りを仕掛ける。のけ反って倒れたところをすかさず拳銃で射撃。――今までの相手とは戦闘力が桁外れだ。パワードスーツがなければ秒で死体になっているところだぞ。
歯を食いしばって被弾の衝撃に耐えながら、バグの足元をすくう。バリアロッドを振りかぶったところで、的確に右手を射撃された。バリアロッドは宙を舞い、床に転がる。
「何っ!?」
怯んだ隙にバグは飛び上がって、両脚で脇腹に蹴りを喰らわせた。床にごろごろと転がる僕の身体。
「大丈夫ですか!?」
転がった先に居合わせたスーツ姿の女性が、僕の身を案じてくれた。けれど、そんなことをしている場合じゃない。こんなところにいたら、巻き込まれてしまう。
「皆さん、早く逃げてくださいっ! あなたも!」
僕の言葉を受けて、閉じ込められていた人たちはその場を逃げ出した。僕の身を案じてくれた彼女も逃げようと背後を振り返った、その瞬間、頭部をバグに鷲掴みにされた。
「ちょうどいい。アンドロイドの形態では分が悪いと思っていたんだ」
バグに頭を掴まれて、宙に浮いたままで彼女はもがき苦しんでいる。それでも振り解くことは叶わない。
「何をする気だ!?」
「なあに、君とやり合うための準備さ」
バグは髪の毛を掻きむしるようにして頭皮をまさぐり、その一部を押し込んだ。それは、ちょうど僕がニーナをアンドロイドからパワードスーツに変形させたときに押した場所と同じだった。
まさか、彼女を無理矢理取り込んで、パワードスーツに変形しようというのか。なんて卑劣な真似を!!
「やめろおおお!!」
憤りに任せて、バグのもとへと駆け出したところで、眩い閃光で視界が真っ白に塗り潰された。
“TRANSFORM”
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