タイダロイド、発進!!

 光沢のあるアイボリーカラーの鎧。

 腹部にあるバリアロッドを格納しているバックル型のユニット。

 右脚のふくらはぎには、リモートセイバーもちゃんとついている。


 ニーナの後続機にも、パワードスーツに変形する機能がしっかりと搭載されていた。だが、問題はそれをバグが使用しているということだ。


「最高に気分がいいよ、この形態は。力が溢れてくる……」


 ふざけるな、こっちの気分は最悪だ。


「気を付けてください。相手は私の後続機で最新モデル。警告します。まともに戦って勝ち目はありません」


 ニーナがあからさまに断定してくる。けれど、怖気づいてなんかいられない。僕には見えている。相手の機体のバイザーの奥で、あのスーツ姿の女の子が泣いている。戦うしかない。戦って救い出すしかない。


 来る……!!


 だんっと床を蹴り、跳びあがった奴の機体。拳を振りかざし、殴りかかる。間一髪のところでかわせたが、床を打つ拳の衝撃は建屋を大きく揺さぶる。ぐらぐらと揺れる視界の中で、奴の鋭い蹴りが腹部に喰いこんで来た。


「ぐふっ!」


 ごろごろと転がり、背後のタンクで背中を打つ。


「聡さんっ! 危険です! 逃げてください! 相手のスペックは大きくこちらを上回っています!」


 泣き叫ぶようなニーナの声が木霊する。けれど、そんな指示には従えそうにない。拳を握りしめて立ち上がる。


「ニーナ、奴の変形を解除する方も同じか」

「はい。それはそうですが――」

「音声認識による解除機能を切ってくれ!」


 ニーナは何かを言いたげだったが、それも振り切った。数パーセントでも助けられる見込みがあるなら善は急げだ。


「聞こえるか! パワードスーツは音声認識で着脱できる! キャスト・オフと叫べ!」


 僕の呼びかけの数秒後、相手のバイザーの中から、捕らわれている彼女の声がした。


「キャスト・オフ!」


 もう一度。


「キャスト・オフ!!」


 しかし、相手の機体は呆然と立ち尽くしたままで、何も変化がない。そして、三回目の彼女の声は、奴の高笑いでかき消された。


「石黒聡くん、君は筋金入りのアホだな。音声認識による着脱機能は最初から切ってあるに決まっているだろう」


 やはり……か。でも、可能性の一つが潰れただけだ!


「ニーナ、他に相手のパワードスーツを引き剥がす方法は?」

「限界まで機体にダメージを与え、強制解除に持ち込むしか――」


 やり合うしかないということか。バリアロッドのグリップを握りしめる。バリバリとした雷撃音が建屋の中を反響する。そこに同じ音がもう一つ重なった。相手も同じ武器を構えている。


「無茶です! 相手のバリアロッドのスペックの方が格段に上です」


 それは見ればわかる。僕の右手に光るものと、奴の右手で光るもの。一目で出力の差が分かるほど、奴のものは眩しく光り輝いている。けれど、目の前で苦しむ人を見捨てるなんて今の僕にはできない。今の僕には、それをできる力があるはずだ!

 振りかぶった一撃が、相手のバリアロッドで受け止められる。それとともに凄まじい衝撃波が発生し、のけ反ってしまった。バランスを崩したところに一打、また一打と殴られる。その度に身体じゅうを電流が走る。筋肉が、硬直する!


「聡さん! 聡さん! これ以上の戦闘は危険です! 退避して――」


 硬直が解けるとともに、全身の力が抜けて床に倒れ込んだ。バリアロッドがからりと床に転げ落ちた。ニーナが泣き腫らした声になっているが、それでも、逃げるなんてできるかよ。


「石黒聡くん、君は目的を見誤ってるんじゃないか。生き残るために手に入れた力をして、自ら死地に向かっている。殺されたいってんなら、ボクらには本望だけどね」


 拳を握り締める。


「殺されたいだと、そんなわけ、あるか」


 がくがくと震える膝を押さえて辛うじて立ち上がる。


「僕は……、戦う術を手に入れたから、使いたいように使っているだけだ! 自分に力があるのに、それを目の前の人を助けることに使わないで逃げるなんて、僕はしたくない!」


 立ち上がる力がある。ならば――

 僕は拳を構えて、床を蹴った。だが、その拳は届くことはなかった。代わりに、腹部に鋭い衝撃が。奴のバリアロッドが僕の腹に突き刺さっていた。


「思い上がるなよ。機械の力を借りて、人間が増長するなんて、ボクらが最も見たくない光景だ!」


 バグは唸りを上げて、バリアロッドをさらに深くに喰い込ませた。


「ぐあああああっ!!」


 バイザーに映っている相手のステータスを知らせるウィンドウたちが真っ赤に染まる。“EMERGENCY”、“WARNING”といった物騒な表示で埋め尽くされる。


「聡さん! 聡さんっ!!」


 ニーナの悲鳴が、僕の名前を呼んでいる。それに重なるようにして、相手の機体に取り込まれている女性も、「もういいですから!!」なんて泣き叫んでいる。

 けれど、僕はそんなもの全部跳ね除けて、力を振り絞り、奴のバリアロッドをがっしりと掴んでやった。

 喰らいついてやる! この身体が持つ限り!

 一瞬の相手の動揺を僕は見逃さなかった。そのままぐいぐいとバリアロッドを手繰り寄せて、奴の身体を引き寄せて、頭突きをかました。

 画面表示で真っ赤に染まっていたバイザーが割れて、破片がメットの中に入ってきた。頬に鋭い痛みが走る。何か所か破片が刺さって血が出ているのだろう。でも、構うものか。この一瞬の隙を逃すわけにはいかないんだ!


 よろめいた相手の肩を掴み、体重をかけて壁に押さえつける。

 そこで相手も僕の肩を掴んできた。

 くるりと身体を回転させられて、今度はこっちが壁に押さえつけられる。頬を一発、二発と殴られ、胸部を蹴飛ばされた。


 僕の身体は壁を突き破って、建屋の外へと飛び出した。

 ごろり、ごろりと転がる僕の身体。バイザーの損傷はさらにひどくなり、破片に混じってアスファルトのかけらや砂埃まで入ってくる。


「ちょうどいい。外でなら援軍も呼べるし、願ったりかなったりだ」


 援軍……? まさかと思った時にはもう遅かった。

 ザッ、ザッ、と統率の取れた足音たちが四方八方から聞こえる。

 この工場で稼働していた何百体ものアンドロイドたちが、僕の周りを取り囲んでいた。そして、各機が搭載された護身用小銃を腕の部分から取り出し、構える。


 僕に銃口を向ける有象無象のアンドロイドの軍隊。こうも、絶望的な光景が拝めるとはな……。妙な笑いがこみ上げてきやがった。


「機械に反抗され、絶望するその眼……最高だよ。それもボクらが殺したかった、憎い相手の……」


 無様な僕の姿にバグは酔いしれていた。

 やがて、奴の高笑いとともに、けたたましい銃声が。護身用小銃の威力はパワードスーツの装甲の上からでは豆鉄砲程度。でもそれもシールドがきっちりと機能していればの話。機体の損傷が激しい上に、この数からの銃撃を喰らえば、長くはもたない。

 ここで、終わりなのか……。パワードスーツからバチバチと火花が上がる。もう逃げろなんて言うことも諦めたニーナは、苦しそうに喘いでいる。


 もう、限界が近いのか……。


「撃ち方、やめ!」


 突如として銃撃が止んだ。ただ呻くのみになった僕の所へ奴が歩み寄って来る。そして、ふくらはぎの部分に取り付けられたリモートセイバーのスイッチを押す。ばりばりと電撃の音が鳴り響き、リモートセイバーの柄から赤い稲妻の刃が伸びてアスファルトを焼き切っている。熱の刃を引きずりながら、奴は僕の眼前まで近づいてきた。


 けど、僕はもう荒い息を漏らすことしかできない。


「やっぱり憎い奴のとどめは直接下したくてねえ。君も最高の死の瞬間を味わえることを心の底から喜ぶと良い。ボクらも、こんな気持ちがいいのは初めてだよ。ボクらにこの感覚を教えてくれたことだけは感謝しよう」


 こっちは、最高なんてとんでもない。最低の気分だ。


「――聡さん。私はあなたに一分一秒でも永く生きて欲しい、そう思っています。だから、相手のキックが当たる直前にあなたをスーツの外へと放り出し、私が身代わりになります」


 捨て身で僕を守るということか。もはや、これまでなのか。絶望のせいか、急に日が翳ってきたように感じる。


 バババババババ――


 いや、これは……。プロペラの音?


「ニーナ、そんな必要はないかもしれない」


 えっ、とニーナの驚く声。それと同時に、バグは地面を蹴って跳躍。ふくらはぎから伸びるリモートセイバーで、強力なキックを放つ――その手前で、銃弾の雨を浴びせられ、撃ち落された。

 来た! 来てくれた!

 巨大なヘリコプターの影で、視界は薄暗い。けれど、心は光を取り戻しつつあった。今なら立てる。笑える。


 ゆっくりと立ち上がり、状況を飲み込めないでいる奴を見下ろしてやった。


「気持ちがいいって? 人質まで取った上に、多勢で無勢に襲い掛かっておいて、ふざけるな。本当に気持ちがいい戦いは、フェアーじゃないとできないんだよ」

「フェアー?」

「こっちにも援軍が来たということさ」


 これできっと勝てる。にやりと笑って空を仰ぎ見る。すると、巨大なヘリコプターはなんと上空で変形を開始したのだ。機体から腕が伸び、脚が伸び、巨大な戦闘ロボットとなって大地へと降り立つ。

 凄まじい振動でバランスを崩す。でも倒れない。こっちにも援軍が来た。その事実が、僕の身体を支えているから。


 ただ、疑問はある。

 そう、この援軍がいったい誰なのかということだ。


「助けに来たぞ!」


 巨大ロボットの胴体となったヘリコプターのコックピットから、聞き覚えのある粘りのある野太い声。――まさかっ!?


「種島社長っ!?」


 声の主に気づいたはいいが、肝心のコックピットは空で中には誰も搭乗していない。


「あれ?」

「自動操縦モードで変形戦闘兵器タイダロイドを派遣した。いいから早く乗り込め!」


 コックピットの部分からタラップが伸びてきた。促されるままにパワードスーツを身に纏ったまま乗り込む。コックピット内で、パワードスーツを脱着。ニーナはスーツケースの形態となった。


「ニーナ、サポートを頼む」

「分かりました。けれど約束してください。もうあんな無茶はしないでください。戦いが終わったら、キツいお灸をすえますから」


 なぜか戦いが終わった後の生存率が下がった気がするが、この戦いの勝率はぐんと上がったに違いない! 期待と覚悟を胸に、僕は操縦桿を握りしめた。


「タイダロイド、発進!!」

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