招集、緊急会議!!
緊急会議まで少し空き時間があった。その間に駆けつけた警察とともに、親父の亡骸ともう一度対面した。
左胸、急所を確実に撃ち抜かれ、赤黒い血がシャツを染めていた。程なくして、死亡確認も取られ、親父の遺体はひとまず警察の元で預かられることとなった。ニーナの言ったとおり、親父は死んでいる。でも、ニーナの言ったもう一つの情報が正しいなら……。
「ニーナ、親父の人格のバックアップデータがあるというのは本当か」
二十五階、会議室前の廊下から街を見下ろしながら背中越しにニーナに話しかける。
「はい、あなたのお父さん、石黒隆一さんの人格データは、この建屋にある隠し部屋で厳重に管理されています。もし、自分に何かがあったときに会社の技術、そして何よりもあなたに社長を継がせるために」
「けっ、データだけになっても、僕に会社を継がせる気か」
ちょっとくらいは、孝行息子になってやろうと思ったのに……。
「たとえ人格データがなくても、遺言状には、あなたに社長を継がせるという旨が書かれていると思います」
「しつこい親父だ。まだ大学院を出て数年しか経っていない、ほとんどガキみたいな僕に……。僕は、そんな器じゃない」
「ですが、若くして技術顧問にまでなった、あなただからこそ、社長を継がせたかったんだと思います。そこは、お父さんが正しいと思います」
「ニーナも親父の肩を持つのか!」
どいつもこいつも、僕に社長の座を押しつけて! だいたい、この会社が何をしたのか分かっているのか! すべてのアンドロイドが期限付きで使い捨てられる世界を作ったんだぞ!
こみ上げる怒りに任せ、廊下に取り付けられた手すりを握りしめる。
「どうして、親父の肩を持つ。親父が、あんな法律を作らなかったら、僕はニーナと離れなくて済んだ!」
「あなたのお父さんは、確かにいい人間ではないかもしれません。でも、悪い人間でもないのです」
なんだよ、また曖昧な言葉ばかり言いやがって……
やさぐれたため息をつくと、廊下を走る電動車椅子のモーター音が。僕に近づいていくその度に、少しずつ速度を上げていく。
「聡、聡! 大丈夫かよ!」
暑苦しい声で僕の名前を呼ぶ、
「ありがとう。僕は大丈夫だ。元気そうで何よりだよ、亮介」
亮介はにっこりと人懐っこい笑みを浮かべる。
「それにしても、まだ車椅子を愛用しているのか。金を貯めれば、機械の力を使って歩くことも容易いのに」
「警察官が自分のことだけにお金を使うのは、あまり好きじゃない」
亮介は、三年前の事故で、下半身不随となってから隊員の派遣と指揮を任される今の立場に就いた。一歩間違えれば殉職していたところを生き延びても、市民の安全のために戦っている。そんな彼には頭が上がらない。
アンドロイドおよびシステムの悪用によって起こる犯罪の撲滅に従事する、機械犯罪課本部に身を置く彼なら、今回の捜査に最大限の協力をしてくれるはずだ。それに、彼とは中学からの付き合いだから、信頼できる。
「種島重工の社長ももうすぐ来られるそうだ」
「会議は時間通りに行えそうだな」
「ところで、聡――お前、その白いスーツケースは何だ?」
亮介が物珍しそうな顔で、スーツケースに変形したニーナを眺めている。さて、どういう説明をしようかと思い悩んだところで――
「利根川さん、お久しぶりです。ニーナです。覚えてますか?」
急にニーナがスーツケースの姿のままで自己紹介する物だから、亮介は目を見開いた。それが可笑しくて、ぷっと噴き出してしまう。
「スーツケースからニーナ声がしたぞ。というか、ニーナは九年前に失踪したって」
「いろいろあって、戻ってきたんだよ。詳しいことは後で話す」
本当は今すぐにでも話したかった。ニーナは亮介のこともよく知っている。亮介と僕が遊んでいるところを、ひょっとしたら親父よりも目にしていたかもしれない。ニーナが戻ってきたことは、恐らく彼にとっても喜ばしいことだろうが、それよりも種島重工の社長のお出ましだ。
「午後十三時五十分、会議が始まる十分前に時間通り到着した。我が社との商談を持ちかけてくれたこと光栄に思う」
背筋を伸ばすどころか、ふんぞり返るほどに胸を張った男が、こちらに向かって歩いてくる。真っ赤なスーツに身を包んだひげ面の男、種島重工の社長である
「種島社長、これは緊急会議です。商談ではありません」
「ええ、ですが我々にとってはこれは商機です。それこそ億単位の金が動く、またとない商機」
種島は、時間と金にとにかくうるさい人だ。そしてこの国で唯一の重機製造を行う会社で、絶大な権力を持っている。だから僕が訂正しても聞き入れようとしない。あまり気持ちのいい人物ではないが、国中の警備の武装を彼が牛耳っている以上、力を借りない他はない。
渋々握手を交わした。きっと眉間に皺が寄っている僕の顔を見下ろして、種島はにんまりと嫌みたらしい笑みを浮かべた。
***
午後十四時、会議室にて緊急会議が始まった。
まずは、自分が体験した限りの情報を並べていく。アンドロイドの機械の人格を乗っ取るバグという存在。奴は、まずはニーナの後続機を乗っ取り、その後、ニーナを操って、親父を射殺。さらに、会社の警備システムを一時的に操作し、大量の警備ロボットを僕にけしかけた。
「奴の目的や正体は一切不明のまま。ただ、分かっていることは、あらゆる機械を操作する能力があること。そして、僕の命を狙っていることです。ですが、狙われているのが、僕だけとも限りません。利根川本部長、現在、僕が報告した物以外で、アンドロイドやシステム等が、操られた事件はありますか」
亮介はそのような報告はない、と答えた。どうやら、現時点で掴めている情報はこれだけらしい。
「確かに情報は少ないですが、そのバグとやらの言葉から目的や正体が分かるかもしれません。石黒さん、何か思い当たることはありますか」
亮介が言うとおり、今情報を持っているのは僕だけだ。記憶を辿って覚えている限りの奴の言葉をひねり出す。
『ボクらは、君たちが機械にないはずと願い続けてやまない意識の塊』
奴は自分のことをそう語っていた。
よくよく考えれば、違和感がある表現だ。――なぜ、一人称が複数形になっているんだ?
「それは、私が我々という言葉を使うのと同じでは、ないだろうか?」
種島が僕の抱いていた疑問に答えた。ずっとふんぞり返って、脚を組んでいたものだから、てっきり種島重工の製品が絡まない限り興味はないのだと思っていた。
「私は種島重工の会社全体の意思を代表して発言するとき、我々という言葉を用いている。だがきっと、そのバグが用いている“ボクら”という言葉はもっと高尚なものだろう」
だが、彼の口調には面倒がっている様子はなく、何かに陶酔しているかのようだった。それが、ひどく腹立たしく見えた。
「いったい、どういうことですか」
「集合的知性というものだ。そいつが言っていた、意識の塊という表現もそれでしっくり来る。組織や会社は、それが個の集合であるにもかかわらず、それも個のように振る舞うものと解釈できる。それの構成員といかなれない人類は、その具体的な姿を掴めなかった。だが、それも人工知能ならば、自らを集合的知性と自覚する存在が現れてもおかしくない。そう、考えたことはないか」
彼はあらぬ方向を見つめながら、自らの興奮を隠しきれない様子で語った。――いったい、何がそんなに面白いのか。僕には理解ができない。
「そうすると、これは機械自身の意思による犯行という可能性もありますね」
彼の様子に呆れながらも亮介は、どこか納得したようだった。いや待て、機械が意思を持って人間に反乱を起こすなんて、現実で起こりうるのか!?
驚きを隠せなかった僕を、亮介は今までみせたことのない悲しい目つきで睨みつけた。
「石黒さん、あなたの父親はいくつかの事件を知っています。アンドロイドが人間に対して攻撃的な意志を持った事件を。種島社長も周知のことです。石黒さんも、もう心に留めておかなければならないことです」
そうなのか。確かに、そう考えれば合点がいく箇所もある。バグは機械を使い捨てにする世界を憎むような発言をしていた。けれど、それって、じゃあ――
「バグは……、奴は、僕の父親が産んだような物と言うことですか」
「まだ少し、論理の飛躍はありますが、可能性としてはあります」
思わず立ち上がった僕の動揺を、亮介は落ち着いた声で諭した。機械が人間に攻撃性を示した事例があることよりも、自らがその因果に加担していたことが、僕には受け入れがたかった。
「とにかく、機械犯罪課は石黒さんを始め、市民の味方です。市民を守るための武装ならば、可能な限り種島重工社長にも協力をお願いいたします」
「私からも是非、機械犯罪対策は、我々にも重要な課題だ。今回、君に危害を加えた警備ロボットは、我々の会社の製品でもある」
けれど、それが事実ならば、受け入れなければならない。二人が協力の意を示してくれて、どうにか平静を取り戻すことができた。僕の中で、機械が持つ意思として、知っているのは今も傍にいてくれるニーナのことだけだ。それを受け入れたのなら、僕を襲ったバグが、機械の意思であっても受け入れるしかない。
「ありがとうございます。ご協力感謝いたします」
AIC株式会社、機械犯罪課本部および種島重機工業株式会社が提携を結び、バグの足取りを掴み、事件を解決することを取り決め、緊急会議は終了した。
「午後十五時。ちょうど一時間の会議でしたね」
種島がスマートウォッチに表示された時刻を読み上げたところで、街を見下ろす窓がある東の方角から轟音が。窓ガラスが会議室の中に向かって割れて、入り込んできた突風に吹き飛ばされた。
床に転がされたところから立ち上がり、粉々に砕け散った窓から外を眺める。
近くの化学工場のプラントが一部倒壊し、真っ赤な炎が上がっていた。
「うう、ぐ……」
車椅子が横転し、亮介は身動きがとれない状態だ。亮介を種島と協力して車椅子に戻した。亮介はどこかを負傷したのか、呻き声を頻りにあげていた。
「私が救急車を呼びます」
そう提案した種島社長に礼を言ったところで、ぶつり――ぶつり、とノイズが天井のスピーカーから漏れ出てきた。
“ハロー、石黒聡くん。構って欲しくって隣の化学工場を破壊しちゃったよー”
この、鼻につくような軽い口調。――まさか。
「バグ! お前か! 今度は何を乗っ取った!?」
僕の予想に向かってご名答だ、と高笑いで答えた。
“今回乗っ取らせてもらった身体は、そうだねえ。ヒントをあげよう。君とボクらが最初に出会ったときのものだよ”
「最初に出会ったときのもの……、ニーナの後続機のことを言っているのか!?」
“覚えていてくれて嬉しいよ。新しい力を手に入れた君に挑むには、どんな身体がいいか考えていてね。ボクらが行き着いた結論は、
最高だと……? 工場の稼働日に、襲撃し、多数の市民を巻き込んでおいて、何が最高だ!? こみ上げる怒りに拳を握りしめる。
“言っておくけれど、ボクらは人類を支配するつもりだよ。破壊対象が、君が先か後になるか、それだけだ。なぜならボクらは、人類なんかをとっくに超越した神にも等しい存在だからね”
バグ、お前はニーナを利用して親父を殺し、無関係な市民を巻き添えにして僕を挑発した。それに飽き足らず、人類を支配するだと?
「ふざけるな」
静かな怒りが僕の唇から漏れ出た。
「種島さん、利根川さんのことは任せました」
背中越しにそう伝えた。種島は分かったとだけ、簡単に返事をして亮介を連れて会議室を後にする。会議室に残ったのは、僕とスーツケースの姿をしたニーナだけだ。
「聡さん、私を変形させてください」
――不思議だ。ついさっきまでは、そう言われても混乱せざるを得なかったのに。今ではそれがとてつもなく頼もしく聞こえる。
「言われなくてもそうするよ」
スーツケースにLEDで縁取りされたスイッチがある。押してくれと言わんばかりに発光している。状況は望ましくない。けれど、ニーナと求め合う関係は悪くない。
“TRANSFORM”
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