乱舞、リモートセイバー!!

 光り輝くニーナの機体。稲光が彼女から発せられて、突風が吹き荒れる。それが僕の背後に群がる警備ロボットの群れを吹き飛ばしたのか、金属が転がる音が響きわたった。同時に、光に目が眩んでしまう。

 身体のあちこちに冷たい金属がまとわりつく。身体が重くなっていく。耳元ではけたたましい機械音と電子音が木霊する。


 いったい、何が起こっている? いったい、僕はどうなるんだ?


 そんな動揺に塗れた十数秒の後。


「装着完了しました」


 ニーナの声がした。


「え、ニーナ?」

「ここからは私、ニーナはリアルタイム戦闘ナビゲートシステムとしてあなたをサポートいたします。装着動作間の閃光の効果が間もなく切れます。すべての警備ロボットの視覚機能が回復します。動揺している暇はありません」


 振り返り、僕を狙う警備ロボットの群れを確認する。それと同時にパワードスーツのバイザー部分に警備ロボットの詳細データが表示される。


 高さ百五十センチ、重さ九十六キログラム。

 小回りが利いて、段差にも強い小型キャタピラの上に三六〇度全方位射撃を可能とする回転砲台がついた、いわばオフィスを守る小さな戦車。AIC株式会社ではなく、種島たねじま重機工業株式会社の製品。


 ――なんて情報を読んでいる間に、胸部に銃撃を受ける。

 パワードスーツが守ってくれるとはいえ、衝撃は凄まじく、内臓を掴んで揺さぶられているかのような振動、着弾箇所に走る鋭い痛み。思わず膝をついてしまう。

 なんとか立ち上がるも一発、また一発と被弾してしまう。


「うぐぁ!」


 呻き声を漏らし、のけ反って倒れる。社長おやじの机に身体がめり込んだ。


「相手のデータを一言一句読んでいる暇はありません。こちらで可能な限り対象の情報はスキャンして提示いたします。しかし、情報の選択は自分で行ってください」

「手厳しいな」

「銃弾の軌道をシミュレートし、表示いたします。避けてください。今のあなたは百メートルを一・六秒で走ることができます」


 彼女の言葉を信じ、地面を蹴る。自分に向かって伸びる軌道の束をかわし、そのコンマ数秒後銃弾は軌道をなぞって机に着弾。僕の身体は火花を噴いて跳んだ。数十メートル先の壁に激突しそうになるも、直前で踵を返し、社長室の中をぐるりと走って回る。

 警備ロボットは何体か相撃ちになり、三十二体が十三体にまで数を減らした。


「このまま相撃ちだけを狙うのは時間の浪費です。こちらも反撃に出ましょう」


 走行中に彼女からナビが入った。そうは言われても、このパワードスーツの走力以外のスペックを聞いていない。だいいち、僕は格闘技の類いを何も知らない。


「直接攻撃も十分な威力ですが、とっておきの装備があります。右脚のふくらはぎの位置にあるスイッチを押してください」


 言われるがまま押すと、ふくらはぎの装甲から手元に向かって、刀の柄のような形状をした機械が飛んできた。


「リモートセイバーです。持ち手にあるスイッチを押せば、電磁波による気体の加熱によってプラズマを発生させ、刃渡り零・七メートルから五メートルの剣を作り出します。その刃に触れた物はどんなものであろうと一瞬で切断します」


 戦闘経験は皆無だが、桁違いな武器を手に入れたならば……話は別だ!

 ぐるりと社長室の中を回っていたところから、軌道を変える。中心で砲身を回転させながら射撃していた警備ロボットに向けて斬りかかる。

 

 リモートセイバーのスイッチを押す。

 燃えさかる炎のように光るだいだいの刃。

 振りかぶった瞬間、一機、また一機と警備ロボットの機体が真っ二つに切り裂かれる。

 背後を撃たれた。――けれど、もう装甲の上からの被弾には慣れてきた。むしろ、軌道から相手の位置を逆算できる。


「柱時計の影か」


 こちらの動きを追って連続射撃を繰り出すも、この走力があれば攪乱かくらんは容易。相手の背後を取り、切り刻む。

 残り、五体。こちらが柱時計の影に隠れた一体を攻撃している間に、僕を狙って部屋の中心に集合していた。


「相手が一カ所に集まっています。チャンスです。リモートセイバーをふくらはぎに装着し直してください。跳躍し、リモートセイバーの熱線を使ったキックでトドメです」


 これまでの立ち回りでこのパワードスーツの尋常ならざる動きには慣れた。今なら、この性能を信じられる! 

 リモートセイバーをふくらはぎに装着。そして、床を蹴ると、自分の身体は軽々と宙に舞い、七メートルほどの高さの天井に頭をぶつけそうになる。ぶつかる直前で、天井に手をついて、その反動で、残り五体の警備ロボットに向かって、右脚を伸ばす。


 天井を貫く銃弾の合間を縫って、僕の脚が一体の警備ロボットに触れた途端、周りに固まっていた四体を巻き込んで爆炎が上がった。炎をすり抜けて、着地する間際、勢い余って転倒し床を転がる。


「いてっ!」

「まだ戦闘には慣れが必要ですね。今後の戦いに備えて、身体を鍛えてください。あと柔軟もしっかりしてください。身体の動きが固すぎます」

「ニーナ、パワードスーツになってから、冷たくない?」

「すみません。戦闘ナビゲートシステムはもともと軍事用に開発されておりますので、あまり優しい言葉はかけられません」

「そうか……」


 バイザーの内側で苦笑いを浮かべると同時に、スプリンクラーから雨が降り注いだ。警備ロボットは殲滅した。だが、社内放送システムをハッキングした奴にはまだ一手すら報いていない。


「バグ! まだいるんだろ! 出てこい! 僕の父さんを殺した、お前を許さない!」


 スプリンクラーの雨が降りしきる中、俺の声だけが空しく反響した。――また、逃げやがったか!


「くそうっ!」

「あ、あの……。すみません、お父さんを手にかけたのは私です」

「ニーナは悪くない!」


 バイザーの内側で唾が飛ぶくらいに叫んだ。全部、奴のせいなんだから、悪いわけがあるか!


「確かに私はバグに操られていました。ですが、石黒隆一さんのアンドロイドに対する扱いを良くないと思っているところはあります。――そこをバグにつけ込まれたのです」

「関係ないよ」


 ぼそりと呟いた僕の声に、彼女は「え……」と声を漏らした。それを聞いただけで泣気が拝めに浮かぶような声だ。


「ニーナは、僕を助けてくれた。一緒に戦ってくれた。それだけで、命の恩人だ。僕は、それだけでいい」


 ありがとうございます。と、彼女の声が返ってきた。まだ涙声ではあるけれど、少しだけ安堵が混じっていた。


 スプリンクラーの雨が降りしきる社長室から出ると、パワードスーツを脱着するよう勧められた。脱着は音声認識で行うようで、「キャスト・オフ」と唱えればいいらしい。


「キャスト・オフ」


 バイザーが眩しく発光し、思わず目をつむる。身体にまとわりついていた装甲が剥がれていく。パワードスーツのスペックは人間離れしているものの、やはり生身の柔軟な可動性には敵わない。

 あーあ、スッキリした。と肩を回したその瞬間、くらりと目眩がして床に倒れてしまった。


「すみません、言い忘れておりました。パワードスーツには装着者の肉体の疲労を抑える効果がありますが、着脱した瞬間に一気に疲労が装着者を襲います」

「早く言ってくれ……、というかなんだ、その姿は?」


 ニーナの声を発しているのは、パワードスーツの形状でも、元のアンドロイドの形状でもない。国内旅行の荷物を入れておくような小型のスーツケースのような形状をしていた。


「スーツケースです」

「いや、それは見れば分かる」

「携帯しやすいようにパワードスーツはこのキャリーモードに変形できます。いつでもどこでも持ち歩けます」


 へえ、なかなか便利なんだな。

 立ち上がって、そのスーツケースの取っ手を引こうとしたが、何故かびくともしない。


「え、おもた……」

「女性に重たいとか失礼だと思います。アンドロイドからパワードスーツに変形し、スーツケースに変形しても重さは変わりません。百十五キログラムです」

「いや、重たすぎるから!」

「仕方ありません。ホイールをモーター駆動させます」


 しぶしぶモーターを駆動させてくれたニーナのおかげで、なんとか引っ張って持って行けるようになった。


「これからどうされるのですか?」

「社長室の現場は警察と消防隊に任せて、先に緊急会議を招集する。うちの製品だけじゃない。どんな機械が狙われているか分からない。機械犯罪課本部の利根川とねがわと、警備に銃器を手配している種島重工の社長に協力を仰ぐ。――お父さんを殺した奴をなんとしてでも捕まえるために!」

「あの……、言おうかどうか迷っていたのですが、お父さんはまだ死んでいません」


 え! と大きな声が出てしまった。いや、確かに親父が殺されるのをこの目で見たぞ。まさか、一命を取り留めていたのか!? 


「いえ、正確には肉体は生命活動を停止しています。――ですが、まだ人格のバックアップデータがあります」

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