先行く者

@tonamoka

何処からか聞こえてきたフルートの音に、ぼんやりと目を開ける。

白く眩しすぎる光にまた目を瞑りたくなるが、そこは無い気力を振り絞りこらえる。

もう何度も開けることがないだろう瞼は、もう何度目かの最後のあがきに成功する。


染みの形状すら記憶するほど見慣れた天井から視線を移すと、窓の向こうに楽器を携えた人たちが集まっている姿が見える。

ある者はトランペットを持ち、ある者はドラムを抱え、皆一様に黒い楽団服をその身に、真剣に睨むようにその音を聞いていた。


彼らの視線の先には、青みがかった短髪の少女が年季の入ったフルートを奏でている。

その姿はカラスの群れを先導しようと躍起になっているハチドリのように異様で、どうしようもなく独りだった。

不安げに眉根を寄せた表情どおり、フルートの音は焦るようでどこか余所余所しい。


聞こえてくるメロディは死者たちに手向ける葬送曲の、そして行進曲の前奏でもあった。



幼いころに見た死者の行進はそれはもう華やかだった。

白骨が花吹雪を舞い散らせ、霊魂が所かまわず煌めき、青褪めた死体が踊り狂いながら死者の国を目指す光景は、今でも鮮明に刻まれている。


年に一度、その年に亡くなった者たちが列をなして、死者の国へと旅立つ。

私のお祖母ちゃんのお祖母ちゃんの、そのまたお祖母ちゃんの頃よりももっと昔からある古い古い催事。


死者たちを先導するのは生者の楽団で、死者の国との境目である河までその行進は続く。

河を渡り対岸のさらに向こうへ消える死者の行列が見えなくなるまで、この楽団は音を止めない。


淡くなる霊魂の明滅、揺らめく死者たちの陰影が河向こうの丘に飲み込まれていく。

後奏に響くフルートの音とともに辺りが静まり返り、何事もなかったかのように各々家路につく。

朝日が昇る頃合いに鐘の音が鳴り響き、これを以て死者の行進が終わりを迎える。


最後の最後まで死者たちを見送ることができる楽団員たちは尊敬と憧れの的だった。


その中の独奏者ともなれば努力だけでは届かない、類まれな才能が必要だと言われている。

あの青髪の少女にはそれがあるのだ。

しかし…



曲の途中でフルートの音が止まる。

苦々しい大人たちに睨まれる少女は俯いていて、ここからではその表情を窺うことができない。

だけどきっとあの子は、この世に生まれたあの日あの時のように、自身では制御できない感情を爆発させたくて、その瞳に涙を浮かべているのだろう。

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