2話 過去を抱えて生きている


結局、提出最終日になって、誠と同じ地元の大学を書いた。やりたいことがないならどこに行っても同じじゃないか。

いい大学に行っておけば、あとあと後悔しない、なんてのは嘘だ。

どっちにせよ、なんにせよ、人は後悔せずにいられない生き物だから。


***


「どうして? みんなが選んでるから、みんながしてるからしなくちゃいけない、なんてことないでしょ」


端的に言えば七海は自由人だった。

型にはめようとする教育制度の中で、彼女だけが自由に生きているように見えた。

間違いだと思うことを、そのまま言ってのける。そんな強さが彼女にはあった。

七海の意見に賛同する人も少なくなかった。

彼女はある種の人を惹きつける力を持っていたのだと思う。

そして俺は、そんな彼女の姿に惹かれていた。


***


人には適正がある。

向き、不向きがある。

つまり、やりたいことと、出来ることは違うという当たり前の話だ。

一度だけ、俺も七海みたいに思いのまま発言したことがある。


違う、そうじゃない、それはおかしい、間違ってる。


俺は向かないんだと思った。俺は七海みたいにはなれない。そのことを七海に話したら彼女は慰めるどころか、盛大に笑い飛ばした。


「そりゃそーだよ、だって弘樹は私じゃないじゃん!なんで、私みたいになろうとしてるわけ、おかし〜」

「そんな言い方しなくても……」

「あ、ごめんごめん。違うの、弘樹は最初から弘樹なんだから、わざわざ私を目指す必要ないじゃんって話」


七海が見ている世界と俺が見えている世界はだいぶ違うように思えた。俺は多分、七海から多くの考え方、生き方を学んでいたのだ。


***


「生きるのってなんでこんなに難しいんだろうね、私わからなくなっちゃった」


一度だけ、彼女が口にした弱音だった。

生きることに一切の迷いもない奴だと思っていたから、少し意外だった。


「明日死んでもいいように生きるんじゃなかったの?」

「うん、そうなんだけど。でも、……」

「でも?」

「うんん、なんでもない。落ち込んでばっかりじゃ、何にも変わらないもんね。それこそつまらない人生になっちゃう」


彼女は強いというより、のだと思った。


***


「あのね、私、弘樹が好き!」

「えっ?」

「自分に嘘はつかない。弘樹が好き。だから……」


俺たちが付き合い始めて三ヶ月後、彼女はあっけなく逝った。


人は無条件に生きることを受け入れて、死ぬことを恐れて、別れを嘆いて、そしていつか忘れていく。

そこに疑問を感じるのは俺だけなのだろうか?


俺は七海の葬式に行った。

みんな泣いていた。悲しんでいた。


分からなかった。

俺は泣けなかった。

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