虚無人生

十 九十九(つなし つくも)

1話 不安を抱えて生きている


俺たちは常に多かれ少なかれ不安を抱えて暮らしている。

高校生とはそういうものだ。

例えば、来週のテストどうしようとか、次の部活の大会で最高のパフォーマンスができるかなとか、このまま何もせずに大人になるのかなとか、自分は何の為に生きてるんだろうかとか。


自分はいつ死んでしまうんだろうか、とか。


***


「明日には死んでるかもしれないんだからさ、いつ死んでもいいように生きなきゃ」


いつも七海ななみが太陽のような笑顔で口にしていた言葉だ。そして最後に必ずこう言うのだ。


「じゃないと人生つまんないじゃん」


俺がその言葉の意味を理解したのは、七海がいなくなってからのことだった。

七海は最期にどんなことを思ったのだろうか。その疑問が俺の脳髄にこびり付いてから、俺は随分と臆病になった。


***


「志望校の用紙提出、今週末までだからな。ちゃんと考えて提出しろよ。お前たちの人生を左右する選択だぞ」


先生の台詞は十分理解している。人生の選択って表現もあながち大げさではない。

クラスの奴らはもう志望校が決まってて、その気のやつらは受験勉強にシフトしてるような奴だっていて…….。

俺の用紙は相変わらず白紙のままだった。


「おい、弘樹ひろき。お前はどこにしたんだ」


名前を呼ばれて顔を上げると、まことが俺の席の横に突っ立っていた。


「まだ、決めてないよ。そんな簡単に決めれるもんでもないだろ。将来の夢とかなりたいものとか、ないんだからさ」

「相変わらず優柔不断だよな、弘樹は」

「そういう誠はどうなのさ?」

「俺か、俺はここだぜ!」


誠はなぜか自信満々と言った様子で、俺の前に志望校記入用紙を叩きつけてきた。

地元の偏差値のあまり高くない大学の名前が、第一志望の所にデカデカと記入されている。


「どうせこんなもんだろうと思ったよ」

「なっ! お前、どういうことだよ?」

「じゃあ何、よっぽど大事な理由がこの大学にはあるわけ?」

「ち、近いからだよ、偏差値も高くねぇから俺でも行けるだろうし……」

「だよな」


そういうものなのだ。俺もさっさと割り切ってしまえばいいのだろう。自分の学力で行ける大学に行って、就職して、働いて金を稼いで、平穏に暮らしいけばいい話なのだ。

それで死ぬときが来たら死ぬのだ。

そうだ、死ぬ時なんていつでもいい。

俺はいつ死んでもいいように生きてる。

夢も目標もないから、いつ死んでも後悔しないし、悲しくならない。


違う、彼女が言ってた言葉はこんな意味じゃなくて。



「なぁ、弘樹」


誠が急に落ち着いた様子で俺を見つめてくる。


「な、なんだよ」

「いつまでも引きずってるのは良くないと思うんだ。七海も、きっとさ」

「っ、そんなんじゃ! そんなんじゃない」


咄嗟に出た言葉は自分でも消化しきれないような、泥くさい言い訳だった。

すると誠は勢いよく机を叩いた。いまにも俺に襲い掛かろうとするような剣幕でまくしたてる。


「じゃあなんなんだよ!いつまでも変な意地を通して、志望校一つ決められてないじゃんかよ!この世界に自分は関係ないです、みたいな顔してさぁ!七海が本当にそんなこと望んでると思ってるのかよ!?」

「誠……」


急な誠の大声にクラスの奴らがこちらに視線を向けてくる。それに誠も気づいたようで、


「ごめん、言い過ぎたよ。もう、行くから」

「うん、大丈夫だから。志望校もちゃんと決める」


俺がそう言うと、誠はきまりの悪いような顔で「ああ」と答えて去っていった。


***


大丈夫じゃないのは自分が一番わかっていた。

こんな時七海なら何て言うのだろうか?


「ちゃんと考えなきゃ、人生もったいないよ?」


「自分が後悔しない選択をしなきゃ!」


「私は自分の選んだ道を信じるの!弘樹は?」


ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだ。

どれも違う。

わからなくなる。


なぁ、七海。どこにいったんだよ。

なぁ、教えてくれよ。俺はどうすればいい?










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